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READING LIFE

『記憶する技術』伊藤真著《READING LIFE》


記憶する技術

 生きるために記憶し、生きるために忘却する。

 

 言うまでもなく、この本は、記憶するための技術について書かれているものです。著者の伊藤真さんは伊藤塾の塾長で、法律系の専門学校を運営しておられます。司法試験、司法書士試験、行政書士試験、公務員試験など、法律系の国家資格を志したことがある方なら、おそらく、伊藤さんの法律についての参考書を何冊か持っていることだろうと思います。短期間において、いかに記憶するかについて、前半部分は述べられています。

 けれども、この本の核心はここではありません。

 あたかも、『天空の城ラピュタ』の価値が、表の宮殿にあったのではなく、その下の球体の中に隠されていたように、この本の「コア」となる部分は、終盤部分にこそあります。

 記憶する技術に関して、述べられた後に、伊藤さんはこう論旨を展開します。

人は、過去のさまざまな記憶の集積物として生きている。そこから何を学び取るかでその人の現在および未来が決定されるといっていい。
過去の記憶からマイナスの要素しかアウトプットできない人は、今もマイナスの生き方をしているだろう。反対に過去の嫌な記憶をプラスに変換して、学びに変えれば、前向きにプラスに生きられる。
過去に起きたことは変えられないが、過去の意味は変えられる。(本文p139)

 我々は普段、自分がどういうふうに成り立っているか、ということに関して、存外、無関心なものです。自分がどういう人間かということを話すときに、引き出されるのは、たしかに「記憶」です。小さいときはこういう子供で、小学校に入ってはこういう児童で、中学高校ではこんな学生だった、と全て、「記憶」によって組み立てられます。

 まさに、「人はさまざまな記憶の集積物として生きている」のだと思います。

 また、その記憶のかたまりとして成り立っている人間は、その記憶のひとつひとつをどう捉えるかによって、人生が大きく変わると伊藤さんは述べます。

 前向きに人生を捉えるひとのことを、あるいは「プラス思考」とひと言でかたづけてしまってもいいのかも知れませんが、この本を読めば、「プラス思考」が如何なるものなのか、論理的に説明がつきます。

 すなわち、「記憶をプラスにアウトプット」して人生に役立てることができる人のことを「プラス思考」と言う。この論旨は、あまりに心に馴染むために、ともすれば、自分自身も知っていたような気になりますが、僕は案外新しい考え方なのではないかと思います。

 逆に、「記憶をマイナスにアウトプット」する人は、「幸福」という指標において、本当に損をすることになります。

 それについて、この本では、ふたりの実在する女性を例に語っているので、そこは是非、実際に読んで確認していただきたいと思います。

 伊藤さんは、更に「記憶」の核心に迫ります。自分のネガティブな性格をどう変えていったのか、について、自身の体験をご家族のことなども告白しておられます。これまでの伊藤さんの本になかったことで、とても引き込まれました。

私が過去の嫌な記憶にひきずられていたころの自分をふり返ると、何でも自分で引き受けようとしていたように思う。物事が自分の思うように動かなかったときや誰かが失敗したときも、それはあたかも自分の努力が足りなかったからだ、と思い込んでいた。責任はすべて自分にあると思っていたのだ。しかし、そうだろうか。(本文p154)

 もしかして、そう思うのは、「自分に万能の力があると思い上がっているのと同じ」なのではないかと、伊藤さんは気付きます。そして、もっと大切なことに気付くのです。

 人は、自分の力だけで生きているわけではない、と。

 そして、記憶するとの同じくらいに、「忘却」することが重要だと説きます。

極論かもしれないが、私はこのように考えている。
アルバムには、小さいころの写真が貼ってある。幼い頃の記憶は自分にはない。だから写真に残ったものを、人は本当の記憶として思い込む。
記憶には残っていないのに、家族で海に行った写真を手がかりにして、自分が楽しかった夏の想い出や記憶を創作することだってあるかもしれない。だから、写真はいい写真だけを残すようにする。そうすれば、過去に哀しい記憶があったとしても、いい写真の記憶で上書きされて行く。(本文p169)

 この記述に、何か、救われるような想いをするのは、きっと僕だけではないだろうと思います。

 そうです、この本のクライマックス部分には、今までの自分の人生を肯定してくれるような言葉に満ちています。

 「そうか、いいんだ。これまでこう生きてきて、良かったんだ」

 そういう明るい気持ちがじわじわと心の底から湧き上がってきます。視界が、晴れていくように感じられます。

 記憶は変えられる。未来の自分も変えられる。

 心から、そう信じられるようになります。

 じつは、この本、「おわりに」も本当にいい。お母様のことを書いているのですが、読んでいて、なぜか涙がこみ上げてくるように思えました。

 この素晴らしいラストは、ぜひ、実際に本を読んでご自身で味わってみて下さい。

 改めて冷静に考えてみても、この本を買わない理由が見当たりません。

*ぜひ、お近くの書店でお買い求めください。

  


2012-04-15 | Posted in READING LIFE

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