私をコミケに連れてって

第2回 3日目――熱狂の本番――《WEB READING LIFE 連載「私をコミケに連れてって」》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 
2019年12月30日。
コミックマーケットの3日目は小雨の降る曇天の中で始まった。
冬の雨は冷たいが、そんなもの会場に入ってしまえば関係ない。中はそれを吹き飛ばすくらいの熱気に溢れているのだから。
 
コミケの開場は午前10時。なのだが、その時間に行ってもすぐに入れないのが悲しいところ。だからこそ、朝早くから並んでいるわけでもあるが……
 
そう、開場直前は入場制限がかかっている。あれだけの人数がいっせいに入り口に突入すれば、たしかに混乱極まりない。
 

*開場20分前の様子。手を挙げているのはリストバンド式入場券を見せるため
 
5時台に並べたかいあって、私も第1陣に入ることができた。情報によると6時半ころに並んだ方が第2陣(10時半ころ)だったようなので、入場時間自体は大した差はないように見える。
 
が、その30分が、いや、その1分1秒が命取りになるのがコミケである。
人気のサークルには、瞬く間に列ができ、売り切れ必須の銃弾を潜り抜けた猛者だけが報酬を手にする……いや、失礼、いささか興奮していた。
とにかく人気サークルの人気は予想以上で、あっという間に長蛇の列ができていた。いわゆる「壁サークル」である。壁側の搬入口から外に向かって並ぶことができるように、人気のサークルは壁沿いにブースが設置されている。
ちなみに列が長く、通路や入り口を横切らなければならない場合、先導者に続いて手を上げながら、さながら横断歩道を渡るように進んでいく。
もっとも、そういうところはだいたい多めに部数を用意しているはずであるが、油断はできないのがコミケの恐ろしいところだ。
 
私も「これだけは」というサークルにはまっさきに並んだ。
森倉円さんのサークル「CANVAS」だ。
氏は、京都北野天満宮で行われた「KYOTO NIPPON FESTIVAL 」にも参加し、現代の“三十六画仙”として、国宝「北野天神縁起絵巻」を現代風に解釈して描いた1人でもある。
とにかく可愛らしいイラストを描く方で、そのイラスト集とカレンダー等のセットは是が非でも手に入れたいところだ。
もちろん、まっさきに行ったかいあって、大して待つこともなく、無事自分とT氏に頼まれた分を手に入れることができた。ホクホクである。
 
そこからは、目ぼしいサークルをいくつか並び、その後はぶらぶらと見て周り、興味深いものを見つける、というのが私のスタイルである。
 
会場内は比喩表現でもなく熱気に満ちており、外の寒さとの差が激しい。
少し歩き周っただけで、冷え性の私も汗をかいてきた。
 
島(ブースの集合)と島の間はある程度通路が確保されているが、場所によっては流れができており、それに逆らって進むのが難しい。というか、一方通行になっている場所が目立つように感じた。
人数の多さに加えて、東館が使えないことも影響しているのだろうか。
 
3日目のジャンルは男性向け二次創作(メインはアイドルマスターやラブライブのようだ)、オリジナル、それから学校の漫研などのサークルに評論・情報だ。この評論・情報というのがとかく面白い。ニッチな分野を詳しく分析したものや、皆が気に留めないものをその人なりに研究するなど、とても興味深い分野である。
 
そこで発見したものをいくつかご紹介しよう。
サークル「C3 Design Works」が提供するのは耳かきを特集した冊子だ。そう、あの“耳かき”である。なぜそのようなものを? とすこぶる興味をそそられる。
代表の糀町さんは、印刷のもととなるデータをつくる仕事をなさっているようだ。その仕事を長く続けていくうちに、「本をつくるときに考えておくべきこと」を考えるようになり、この冊子を刊行するに至ったという。つまり、この作品は、耳かきを追求することもさることながら、「本づくり」について考え抜いた先に結実したものであるようだ。耳かきの奥深い世界についてはもちろん、本づくりに興味がある方は、ぜひ氏の作品を手に取っていただきたい。
 

*C3 Design Worksの作品
 
同人誌などの冊子の値段はだいたい400円〜1000円台が多いわけだが、その中で「無料」を掲げるサークルがあった。サークル「ブログ同盟」が提供する『ブロガーズユニオン』である。
「無料」という言葉に弱い典型的な貧乏性のため、私は(オズオズと)そこにある5種類を全ていただくことにした。
「本当に無料でよろしいのですか?」
という質問に、
「印刷部数が少ないので、1冊分の印刷代も安い」
「それより多くのひとに読んでもらいたい」
という答えが返ってきた。
その漢気というか、真摯さというか、本当のクリエイターの魂に触れたような言葉に、私は感銘を覚える。
『ブロガーズユニオン』は「コミケに来る人に向けて書いたサブカルチャーな話が多めの作文集」(『ブロガーズユニオン24』の前書きより抜粋』)だという。
インターネット上での表現活動をしているメンバーに、書き下ろしの文章を提供してもらった冊子ということだった。
画像や映像などの視覚表現が隆盛な中、文章表現を大事にする姿勢に感動する。
 

*ブログ同盟の作品『ブロガーズユニオン』
 
そして“面食らった”のは、サークル「SILICONE FAIRY」が出している写真集だったのだが、詳細は次回に回すことにしたい。
 
コミケ開場の島と島の間は、いわゆる「横丁」を彷彿とさせる。雑多ながらも整列されていて、各々が独自の看板を掲げている。
そしてそこには人情味あふれている。赤の他人が同士となり、それぞれが想いを伝える場となっている。
確かに一定の線引きはある。しかし、クリエイター本人とその作品を手に取る人々との交流は、何物にも替えがたい。作者とファンが直接会話をしたり、作品に詰め込んだ想いを語ったり、感想を述べたり、エールを送ったり……それらの熱狂が、そのまま会場の熱狂となっているのだろう。
 
さて、T氏と共に会場を後にしたのは午後2時頃。
が、そこに至るまでが大変だった。再三述べているように、会場内は物凄い人数である。そして当然二人は別行動。従って、共に帰路につくのならば合流しなければならないのだが、これが予想以上に難しかった。
連絡を取るにしても、皆のスマートフォンが一斉に電波を取り合い、LINEをはじめとする無料通話系アプリが使えない。では電話は、と思いかけてはみたものの、これも中々通じない。つながったと思ってもすぐに切れてしまう。
T氏の方が会場の構造には詳しいので、施設内にあるコンビニエンスストアの前に待機する旨を何とか伝え、探していただけるのを待つことにした。お恥ずかしい限り。
今度複数人で来る場合は、集合時間と集合場所をあらかじめ決めておく方が良い、と、何だか昔の小学生の遠足で言われたことを思い出す次第であった。
 
何とか合流して帰る時間になっても、雲に晴れ間はなく、この日は一日中曇り空だった。
冬の寒さは当然健在であるが、コスプレエリアはその寒さを吹き飛ばすかのような方々も大勢見受けられた。
会場入り口広場、それから屋上、そしてメインである防災公園が、コスプレの披露・撮影スペースだ。
 
特に目についたのは上半身裸の男性。昨今話題の作品『鬼滅の刃』のキャラクター「嘴平伊之助」のコスプレである。筋骨隆々とした体躯のたくましい方だった。残念ながら写真は無いので、各々検索して見ていただきたい。
 
ちなみに撮影をするのにも、列ができていればちゃんと順番を待って並ばなければならない。コミケではほとんどが並ばなければ、得るものは得られない。そこに不平不満を感じないのが、参加者のマナーであり、常識なのだ。
 

*撮影させていただいた中の一人。『デビルメイクライ』のバージルのコスプレをしたYukinoさん
 
こうしてコミケ3日目を後にした。
帰りは電車である。大勢の同士と同じく、りんかい線で新宿に向かう。
駅前のコンビニは、コミケの期間は日本一忙しくなるコンビニであるらしい。さもあらん。ここでも限定グッズがあったり、旗がキャラクターを描いた限定仕様になっていたりした。
券売機を案内する看板にも、制服を着た駅員のイラストが描かれており、これもまた嬉しい仕様だ。
どこもかしこもコミケムード。うがった見方をすれば便乗商法かもしれないが、これは全体でコミケを盛り上げようとする、素敵な心意気であると感じるのである。
周囲も一体となって、このコミケを楽しむ。その心意気があるからこそ、コミケは毎回大盛況なのだろう。
 
さて、私は4日目も参加する予定である。新宿でT氏と別れ、明日に備えることとした。
明日は晴れるといいな、と呑気に思いながら就寝することになるのだが、これが通じたのかどうか、コミケ4日目は個人的な後悔から始まるのであった。
 
 
 
 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨で、国語と情報を教えている。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2020-03-09 | Posted in 私をコミケに連れてって

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