私をコミケに連れてって

第3回 4日目――晴天に死す――《WEB READING LIFE 連載「私をコミケに連れてって」》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 
いや、コミケに参加する戦士たるものそう簡単に死ねない。いささか大げさな言いようであった。
 
が、その日はさすがにまいった。
3日目は小雨も降り、早朝から並んだこともあって、寒さが実に身に染みる1日であった。
もちろん会場内は同志の熱気と人数で、精神的にも物理的にもアツイ。だが、コミケ参加者として、その汗ばむ熱気も想定内のことであり、外気の低さと相まって耐えることのできる範囲であった。
 
しかし、だ。
さすがに最高気温20度は想定外であった。
 
そう、この日、2019年12月31日、すなわち大晦日の東京の最高気温はなんと20度。あきらかに大晦日の気温ではない。
 
もちろん空は晴れ晴れとした快晴。季節外れの太陽光が容赦なく照りつけ、冬装備の私をじわじわと苦しめる。
 
私の当日の装備は、冬用の下着に冬用のシャツ、そしてセーターとダウンであった。これをもってしても、昨日の朝は寒かった。ゆえにこの、ある程度脱着可能の重装備は、然るべき装備であると自負している。
 
だが、それをもってしても、全てを軽装にした身になっても、この日の気温は私を苦しめていた。
特に厚手のダウンがすこぶる邪魔になる。カバン等は戦利品でいっぱいのため、収容できない。したがって左手で抱えるように持っていたのだが、これがあるだけで本当に行動しにくい。
前にも言ったが、私は足に少々支障があり、右手側に杖をついている。そのため、右手はほぼ使えない。
そのうえで左手まで封じられたようなものなので、移動、購入、そして撮影と、所々で不自由さを感じてしまう。
 
さすがに今回のような、1日単位での極端な気温の変化はそうそうないとは思うが、異常気象が頻繁に訪れる昨今、これらの装備も改める必要があるのかもしれない。
 
さて、先程チラッと述べたが、今回はコスプレイヤー(通称レイヤーさん)を撮ることも目的のうちに入っている。
ただ、再三述べているように、冬にあってはもはや炎天下と言ってもいいほどの暑さ。あまり無理はしないで、ゆったりと周ろうと考えた。
 
そもそもが、今回は昼頃からの参加であった。
国際展示場前駅に着いたのは、だいたい12時ちょうど。
この時間になると、会場内への出入りは自由になっている。
 
4日目のメインジャンルは「鉄道・ミリタリー」や「男性向け二次創作」などと「コスプレ」である。レイヤーさんたちが渾身の衣装を披露するのはもちろん、自らのサークルで写真集を販売するのも、だいたいがこの日である。
 
しかし、私の最初の目的はそこではない。前回にも少し触れたサークルにお伺いしたかったのだ。前日にお伺いした時は、代表の方がお留守だったため、4日目も参加と聞いて再度お伺いしようと思ったのである。
 
サークル「SILICONE FAIRY」では写真集を出している。
見目麗しい女性の写真、と思いきや、何か少し違和感がある。
実はこれ、なんと“ラブドール”の写真集なのだ。
 

 
サークル代表のsakitanさんは、この道では名を知られた方らしい。
 
これだけでも、その完成度や世界観に驚かされるのだが、それ以上に面食らったのは、もう一つの写真集である。
 

 
タイトルにもあるように、こちらはなんと“ラブドール製造工場の写真集”となっている。
普段はベールに包まれている場所だが、特別に撮影を許されたという。
 
ご本人がおっしゃるように「ディストピア感」が随所に滲み出ているが、同時に、やはりここには氏の作品への膨大な熱量も感じられる。氏のその道での知名度と、ドールたちへの真摯な向き合い方があったからこその写真集だと思う。
 
対象が対象だけに、一般には理解が得られにくいジャンルかもしれないが、ここコミケだ。全てを受容する器がある。
過激な作品ブースが軒を連ねる中にあって、こちらは特に人の美醜を如実に現した作品群となっており、作者の“愛”が一途に感じられた。
別の工場とも交渉中とのこと。次の機会も大いにがんばっていただきたい。
 
さて、ふたたびいくつかブース回っていると、人の波が一方向に向かう場所に行き当たった。実際、スタッフの方が「一方通行」である旨を知らせており、簡易的な札も立てられていた。
今回、このような一方通行の場所が多く目についた。参加者の会話の中でも、そういった感想が耳に入ってくる。
 
やはり、例年通りに東館が使えない影響でもあるのだろう。
しかも後で知ったことだが、この一方通行の方向や場所は、その時の状況を見て判断し、時々によって変更するのだそうだ。
スタッフの方の苦労は並大抵のものではないだろう。全く頭が下がる思いだ。
 
外に出ると、空気は会場内ほどの暑さではないにしても、直射日光でまた異なる暑さに見舞われる。
だが、外は外でその暑さをものともしない光景であった。
 
西館からを出ると、すぐに屋上コスプレ会場が目に入ってくる。
それぞれが思い思いのコスチュームでポーズをとっている。
もちろん、ここもいたるところで列ができている。この列も、人気レイヤーの証だ。
ここで写真を撮られる方々、通称「カメコ」さんたちは、実によく慣れている。いわゆる“訓練された”カメコさんだ。
被写体であるレイヤーさんにかける言葉、紳士的な態度、そして多くの機材を持ちながらも他人に迷惑をかけず、速やかな行動を心がける丁寧さ。全ての人が当てはまるわけではないかもしれないが、それでも皆、素晴らしい写真を残そうという想いは共通である。
 
参加者を結んでいるのは写真であり、作品への愛情だ。
持っている機材は写真関係のwebサイトでも話題になることがあるほど多彩、かつ驚愕のものもある(1億画素のカメラとか!)。
高級機材も多く見られたが、逆を言えば、そこにいるレイヤーさんたちは、それらで撮るべき価値がある方々ということだ。
 
その通り。
撮る側もそうだが撮られるレイヤーさんの意気込みもすごい。
夏は暑さ、冬は寒さに耐えながら、長時間外にいるのである。冬は防寒対策をしながら(貼るホッカイロは必需品らしい)、露出度の高い衣装に身を包み、夏は水分摂取しながらいくつもの服を着込んでいる。
 
そのような努力と根性を持つ人々を撮るのだから、カメラを持つ者も真摯な態度でいなくてはならない。いや、もちろんメチャ楽しんでいるけれど。楽しみながらもマナーを忘れない。
私も1カメコとして、十二分に気をつけなければならない。
 
とは言いつつも、私もこちらの分野では初心者。親しい先達もいないので、ついつい二の足を踏んでしまう。
漫画やアニメからそのまま出てきたような方もいたし、ネタに走りながらも高クオリティを保っている方もいた。
そんな中で、私はあたふたしながら数人の方々を撮影しただけで、どう動いて良いか途方にくれてしまった。
 
 
*撮影させていただいた数少ない中の1組。コール・オブ・デューティのコスプレをしたHummelさんとまーさん。
 
そこでまずはサークル巡回に行くことにした。
先ほども言ったように、この日はレイヤーさんたちの多くがサークルとしてブースを出している。そこを先に巡ろうと思ったのである。
 
とはいえ、これも通常のサークルの例に漏れず、人気サークルは長蛇の列ができている。
特にメディアでとりあげられているような人のブースは凄まじいものがあった。
 
私の目的の方のブースにも、やはり列ができていたが、この方だけはと思い、並んだ上で写真集を購入。サインまでいただけた。ホクホクである。
この方、ゲームの公式レイヤーとしても活躍しており、企業ブースで撮影会をされていた。ただ、そこはやはり整理券方式なので、諦めるより他になかったわけだが、こうして個人サークルとして出していただけるのは、大変ありがたい。こういった方々は他にもいる。企業の部門とは別に、個人でサークルとして出場している方も多いので、準備段階でよく調べておくと良いだろう。
 
近年「コスプレ」は世界規模で楽しまれており、特に注目されているのは、台湾や中国のレイヤーさんだ。
そしてそういった海外からのレイヤーさんも、このコミケに参加をしている。
 
私も中国からいらした方のブースに伺った。コスプレをしたご本人が受け渡しをしてくれる。その時はアニメのキャラクターであったが、出品されている写真集には、漢民族の伝統的衣装である「漢服」を纏った姿があった。美しさとともにエキゾチックさ満載だったので、こちらをいただくことにした。
日本語はまだ得意ではないようだが、「ありがとうございます、頑張ります!」と答えていただいたのは、心が洗われる心地だった。うん、可愛い。
 
海外からのお越しなので軽々とは言えないが、是非、これからも日本にいらして活躍していただきたい。
他にも台湾の方のブースにもお邪魔した。
やはり日本人とは違う顔立ちで、どちらが良いとかではなく、それぞれ違う魅力があって面白い。
 
ところで、ここで問題になってくるのが言語である。
本人に限らなくても良いが、サークル関係者に日本語が分かる人がいないといけない。運営からのスムーズな連絡のためでもあるし、トラブル回避のためでもある。昨今、言葉が通じないことによるトラブルが増えてきているらしい。
せっかく来日してくださるのだから、我々も適切な対応を心がけ、ともにコミケを盛り上げたいところである。
 
さて、夢中でブースを巡っていると1階のハンドクラフトの島に行き着いた。ここもまた新鮮で面白い。私も装飾品には詳しくないが、普段目にしないようなデザインの作品が出品されている。時間の関係で一巡りしただけだが、次回は是非ともじっくりと見てまわりたいところだ。
 
さて、そんな風に夢中になっていると、一つ致命的な失敗をおかしてしまった。
それは放送で気づくことになる。
午後3時、この時刻を以ってコスプレ会場が閉鎖するという放送である。そう、コスプレ会場はコミケ閉会の1時間前に終了してしまうのである。
つまり、私は華々しいレイヤーさんたちの写真を取り損ねたのだ。なんてこった。更衣室も限られているので、皆さん一斉に撤収していく。
ありがちではあるが、時間はしっかり確認しておきたいし、もう少し技術と情報を身につけ、レイヤーさんを写真に納めたい。
 
 
*お忙しい中で通路にいらっしゃったところをご協力いただき、撮影させていただいた。キズナアイのコスプレをした、ゆきなみさん。大変感謝!
 
気温は季節外れだが、日の短さは当然大晦日のそれ。午後3時を回った時にはすでに日は傾きかけていた。
閉会には数十分ほど時間があったが、一斉に帰る波に呑まれると大変だと思い、私も撤収することに。
 
こうして、コミケ4日目、すなわちC97全行程であり、2019年は幕を閉じた。
 
疲労でヘトヘトになりながらも、私の口元には笑みがこぼれる。
満身創痍になりながらも、後悔はなく、また行きたいと意を決する。
それがコミケというものだ。
 
だが、当然この時の私は知らない。
この後、コミケが思わぬ事態に直面することに。
 
 
 
 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨で、国語と情報を教えている。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2020-03-30 | Posted in 私をコミケに連れてって

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