リーディング・ハイ

【拝啓、乾ルカさま】一度でも読んでしまったら、乾先生を憎まずにはいられないわけ《リーディング・ハイ》


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いつもならさくさくとキーボードを叩けるのに、今は手が震えて記事がなかなか先に進まないのです。

 

 

乾先生、なんでこんなお話をお書きになったんですか。

どうしてこんな、残酷な話を。こんなにも苦しい気持ちになる話を。

どうして。どうしてこんな結末を用意したんですか。

 

 

この本を、ずっと誰かにおすすめしたかったんです。強烈といっても激烈といっても足りないくらいに、心に残って離れない本を読んだことは今までなかった。

 

それでも、この本を初めて読んでからもう2年くらいになりますが、他の本は紹介できても、この本に関しては、今まで一回も、話題にすることはありませんでした。

 

もう、死んでしまいたくなるからです。この物語と、関くんと健太郎と、貴希のことをちょっとでも思い出すだけで、もう立ち直れなくなってしまうからです。胸をかきむしりたくなるくらい、辛くて辛くて、しかたなくなる。

 

口頭で紹介するだけならまだしも、このように文章にして発信するにあたっては、もう一度物語を詳細まで読み込む必要がありました。それが、どうしても嫌だった。普通の精神状態じゃいられなくなるのが目に見えているからです。

 

実際、初めて読んだ時だって、私は最後の一行を見た瞬間に、蛇口を一気に開けたみたいに涙が噴き出してきて、そのまま1時間くらい泣き続けたんですよ。それから3日間くらいはずっと、電車に乗っていても授業を受けていてもアルバイトをしていても、彼らのことが頭から離れなかった。どうして彼らは、あんな結末を迎えなければならなかったのか。なぜだ、なぜだ、なぜだ……それだけのことをずっとずっと考え続けて、もう何も手につかなかったんです。だからそれ以降は、もはや腫れ物みたいな扱いをして、この本をもう一度読もうなんて恐ろしくて恐ろしくて、開けませんでした。

 

 

あの……。

今からでも遅くないと思うんです。

 

この、最後の一行、差し替えませんか。

お願いします。本当に。心底、嘆願します。

 

だってこんな、彼らをこんな目に遭わせなくたって、いいじゃないですか。彼らの行く道を、どうしてこんな形でしか、用意してやれなかったんですか。土曜日の約束は、いったいどうなっちゃうんですか。ねえ。

 

ふざけんなよ。

頼むよ、どうにかしてやってくれよ。

もう正気じゃ居られないんだって、こんな話聞かされたら。

 

 

わかっています、自分がどれだけ意味のわからないことを言ってるか、わかってます。

 

乾先生は、この一行のために、この物語を書き上げたんですもんね

この、最後の一行がなければ。

この物語は、ここまで、危ういくらいに美しくはなりませんよね。

そして私たち読者も、自分の持っているものに、気付けることはないんですよね。

 

私たちはバカだから、自分の持っている龍眼に、気付いたりはしない。今持っているものをないがいろにして、そんなことしたらうらやましくなるに決まってるのに、周りのものと比較したりとかして、もがくことを繰り返す。そうして息も絶え絶えになりながら、生きている。私たちは、というか私自身も、こんなにも簡単に、自分を否定して投げ捨てて、それよりもどこかほかの場所に真の答えが存在するかのような焦燥に駆られながら空回りをする。本当は、持っているのに。丹念に探せば、いくつもいくつも出てくるっていうのに。

 

『たとえばそれがあるだけで、持っているという事実だけで、誰に吹聴しなくても嬉しくなるような。どんなに嫌なことがあっても、それを思い出すだけで明日まで生きる元気が湧いてくるような』もの。もともと持っていたというのに。

 

 

それでも、これを書くにあたって「君の波が聞こえる」を読み返しましたけど、やっぱり乾先生を呪わずにはいられません。

 

やっぱり、きれいで、きれいで、きれいしかたがなさすぎて、胸をかきむしりたくなるようなお話でした。初めて読んだ時は、辛すぎて聞けなかった「フライデーナイトファンタジー」を聞きながら、そしてやっぱり泣きながら、今これを書いています。

 

 

 

私は、今21歳で、ようやく自分が無敵でも何でもないということに納得せざるを得なくなってきたような時期なんです。まだ田舎に引っこんでいたころは、向かうところ敵なしだと信じて疑っていなかったけど、まあちょっと地元で優秀だっただけの人間が都会に出てそのままエリート街道を行けるかといったら、そんなはずはありませんよね。

 

だから、自分に持っていないものを持っている人間ばかり目につくようになるんですよ。自分にはない得意なこととか、自分はしたことがない珍しい経験とか、自分が出したこともない大きな結果だとか、自分にはいないほどたくさんの友人とか、自分の周りはそういうものを全部獲得した恵まれた人間ばかりに見える。自分にないものばかりがくっきりと浮かび上がって見えて、自分の存在がゴミクズのように思えてくる。そして今自分にあるものじゃ不足なんだと思ってそれを否定するうちに、思い出のほうからも突き放されてしまう。

 

でも、私も関くんと同じです。客観的に見た結果の大小としては、関くんが成し遂げたことよりかは、全然大したことはないかもしれない。ひょっとしたら誰から見ても、大したことないかもしれない。

 

それでも私は、今まで生きてきた中で、小さな奇跡を何回も見てきた。

 

『こんなに最高な瞬間、二度とない。

後の人生がどんなにクソでも、このときを忘れさえしなければ、俺は生きていけると思った。

(中略)俺、馬鹿だよな。

でも、思い出せてよかった。

もう、絶対忘れない』

 

関くんが、最後の大会の失敗以来思い出そうともしなかった吹奏楽の思い出についてこう語ったみたいに、私に最高の瞬間が、全く訪れなかったわけはないんです。忘れたくない瞬間なんて、いくらでもあった。誰に何と言われようと、後生大事にして生きていきたい経験がある。大好きだった人たちとの思い出も、これからずっと大事にしていきたい人たちもいる。

 

そしてそれが、他人に語るに値するかなど関係ない。私が心底、幸せだったと思えれば、それは絶対的なものになって自分の中にずっと残る。きちんと自分の持ち物を確認して丁寧に磨くことを怠っていなければ、誰かをうらやましがって汲々とする必要なんてなかった。思い出を一つ一つ取りだして、こうやって並べてみたら展覧会が開けそうなくらいなのに。

 

 

こうやって思い出せて、私はとても幸せなんですよ。私も関くんのように、これから何があったとしても、あの時を思い出せば何とか乗り切れるかもしれないと思える。それは、乾先生の作品を読んだからであって、だから本当は、感謝しないといけないはずなのに。

 

それでもやっぱり、四龍海城という城を建てた乾先生のことが恨めしい。

 

 

こんな城、なければ、彼らは。

でも、もし本当にこの城がなければ、彼らは。

 

どうすればよかったんですか。彼らに、どうしろと言うんですか、先生。

 

しんどいよ、もうどうしてくれるんですか。

 

一度刺さってしまったトゲは、もう二度と抜けることがないような気がします。

もう後にも先にも、著者の先生をここまで恨むことはないと思います。

 

 

▼『君の波が聞こえる』乾ルカ(新潮文庫)

 

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