チーム天狼院

「言って良かった」という言葉は思いつかないのに、「言わなきゃ良かった」という言葉はいつまでもこびりついている。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

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記事:斉藤萌里(チーム天狼院)
 
 
「ゆうこちゃんおボールは怖くないよーだ。だって弱いもん」
唖然。
ゆうこちゃんが、じゃない。
私自身が、自分の言葉に「えっ」と思わずたじろいだ。
自分の中からこれほどまでにひどい言葉が出るなんて、思いもよらなかった。
小学生だった。
 
「もえちゃん(私の名前)は、優しいね」
自分で言うのもなんだが、子供のころから、何度も何度もそう言われてきた。
できればあまり人前に立ちたくなかったし、友達と喧嘩するのは、数えるほどもなかった。
日常生活では、できるだけどんな人とも仲良くしたい。
誰にも嫌われたくない。
うざいやつ、面倒臭いやつ、話しづらいやつ、と思われたくない。
人からどう見られているのかがとことん気になるので、他人に対して決して強く当たることなく、口論になることもなく、穏やかに過ごしたいと思っていた。
物心ついた頃からそんなふうにして生きていたので、大人しい、控えめ、と言われることがほとんどで、意地悪とか性格が悪いとか、ネガティブな性格では評価されていなかった。少なくとも、自分が知る限りでは。
 
幼稚園のマラソン大会が始まる前。
皆がスタート線のぎりぎりのところに立っている。そりゃそうだ。だって、マラソンでは一番前でスタンバイしている方が有利だ。走る距離が短くなるから。
けれど、私は他の皆とは逆で、どんどん人が前を陣取ろうと押し寄せてくる度に、一歩後ろに下がっていた。「こいつ邪魔だな」と思われたくないため、遠慮してしまうのだ。それも、無意識レベルで。
「よーい、スタート!」
遠慮した分、当然のことながら私は出遅れる。順位も下がる。なのに、結局次の年も、また次の年も同じようにスタートラインから何歩も後ろに下がっていた。後ろに下がった分だけ落ちてしまった順位を考えて、後悔。そんなことを何度も繰り返していた。
 
また、学校ではなるべく自分と同じような性格の人と仲良くした。どちらかと言えばクラスメイトの中で大人しい子たちと話し、昼休みも遊んだ。放課後は、近くに住んでいたゆうこちゃんたちと公園で遊ぶ。放課後に遊ぶメンバーは教室で騒ぐクラスメイトとは違い、気のおけない友達だった。気のおけない友達だからこそ、普段教室で他人の目を気にして過ごしている時の、何倍も“自由”だった。何も気にせずにはしゃぐことができた。
それが、私にとっての日常だった。
 
放課後の友達との時間は、鬼ごっこやドッジボールをすることが多かった。狭い公園の中できゃーきゃー言いながら鬼から逃げ、ボールはどこかへ飛んでいかないように、控えめに投げる。時々誤って道路まで飛ばしてしまったボールは、皆で追いかけた。
 
「ゆうこちゃんおボールは怖くないよーだ。だって弱いもん」
 
その日もいつものように、自宅近くの公園でドッジボールをしていた。二対二での小規模な対戦だったので、ボールを投げるのが苦手な私でも十分に楽しめた。夕方から遊び始めて、夜19時前になると、親が公園まで迎えに来る。迎えに来るまで帰らない日は、当然のことながら親たちが呆れている証拠だ。
 
自分の口から、そんなにひどい言葉が漏れ出たことに、私は動揺を隠せなかった。
母親にはその場でこっぴどく叱られた。
ゆうこちゃんは、何も言わなかった。泣くことも怒ることもなく、そこにいた。まったく大人の対応だった。本当はすごく傷ついたと思う。ごめんね。自分でもなぜ、そんなことを言ってしまったのか分からない。誰かにちょっと、意地悪してみたいという子供心だろうか。実際自分だってボールを投げるのはそんなに得意じゃない。というか、ハイパー苦手だ。体力テストで投げるボールはいつも10メートル前後しか飛ばなかった。それくらい苦手だ。
 
母のお叱りの声を、当然受ける罰だと感じて、ものすごい自己嫌悪に苛まれた。
ごめんなさい。
母は私を、気立ての良い子供に育てたかったはずだった。
そんな母の気持ちを裏切ってしまったことも、申し訳ないと思って凹んだ。私が凹む権利があるのかどうか分からなかったけれど、その時はもう、自分の言葉で自分に傷ついたという事実だけが残った。
ごめんなさい。
何度も、心の中で謝って、ゆうこちゃんにも謝った。
けれど、何度謝っても、消えなかった。
ゆうこちゃんはもう許してくれただろうし、きっと今では覚えていないと思う。最近は会うこともなくなったが、もし今あの時のことを聞いても、「なんだそんなこと」って笑ってくれるか、そもそも「そんなことあったっけ?」と思い出すのに苦労するだろう。
 
なんでこんなに。
こんなに、忘れられないのだろう。
言わなきゃ良かった。
言わなければ、今こうしてあの日の出来事を思い出して、もやもやした気分になることもなかっただろう。
思えば、今まで生きてきて「言わなきゃ良かった」という言葉が、いくつもある。
 
片思いの人への告白。
振られるなら、言わなきゃ良かったと思う。
言わなければそのあと気まずくなることも、自分を惨めに思うこともなかった。
 
「〇〇ちゃん、嫌い」
気の知れた友達との喧嘩。
仲良しだからこそ許されると思ってつい口から出た言葉。
何もそこまではっきり言う必要なかったのに。これのせいで、三日間口を聞けなかった。
 
「〇〇には分からないよ」
勉強のことや人間関係で悩んでいるとき、恋人に言ってしまった言葉。
これは一番最悪だ。
自分が一番辛くて、被害者だと思っているから本当にタチが悪い。
悪いと、分かっていた。
分かっていたのに、なぜかやっぱり出てしまう。
この言葉を聞いた人は全員「あ、そう」と呆れ返る。それか、傷つく。私が、傷つける。
 
おかしい。
おかしいよ、こんなの。
なんで言ってしまうの?
心の奥では絶対に言いたくない言葉なのに。
 
後悔したところでもう遅くて。
「言わなければ良かった」言葉たちは、すでに自分の中から溢れてしまっていた。
結果、相手とすれ違ったり、傷つけてしまったり。
言った自分も、口の中で苦い味がじわりと広がってゆくようだった。嫌いな食べ物を食べたときのあの感覚。二度と食べたくないと思うほど、口の中にずうっとその味が残っている。
好きなものは食べた瞬間幸せになれるけど、食べてない瞬間に、そう何度も思い出すことはない。「おいしかったからまた食べたい」と思うけれど、また食べる機会が現れるかは分からない。
でも、嫌いなものは、もう一生食べないと思う。
克服できないぐらい嫌いだと思う食べ物。
私にとってそれは納豆だけれど(納豆好きの皆さんごめんなさい)、人によってはトマトとかメロンとか、まあ様々だろう。
小さい頃に何回か食べて、その時の嫌な味をずっと覚えている。
だから食べられないし、食べようと思えない。
後悔の味だ。
好きなものに比べると、嫌いなものの方が数が少ないからだろうか。
好きなものの味と言われればたくさんあるため、具体的に「じゃあどんな味が好きなのか」と聞かれたらとっさに答えることができない。
でも、「嫌いな味は?」と聞かれれば、私は真っ先に納豆の味を思い浮かべるのだ。
 
言わなきゃ良かった。
 
何度、そう思い出したか分からない。
思い出すことがあったか、分からない。
 
きっと、「言って良かった」という言葉よりも、「言わなきゃ良かった」という言葉の方が少ないからこそ、覚えているのだ。
あの時の苦い気持ち、後悔、自己嫌悪が、プラスの感情よりも強いから。
それは私がネガティブだから、かもしれない。
「言わなきゃ良かった」言葉だって、全部が全部マイナスに働いたわけじゃないことを、本当は知っていた。
 
片思いの人への告白。
振られて後悔したし、そのあとのなんとも言えない気まずさを考えると、やっぱり言わない方が正解だったかもしれない。
でも、そのあとの自分は、前より前進できたんじゃないだろうか。
告白して振られることも含めて、これからの人生、高く飛ぶためのジャンプ台だったんじゃなかろうか。
そこからどう前を向こうか、前向きになろうと、頑張ったんじゃないか。
恋は実らなかったけれど、伝えずに後悔するよりましだと思えたのではないか。
 
友達との喧嘩。
「〇〇ちゃん嫌い」って言ってしまってから、お互い口を聞かない時間があった。その時は悲しくて本当に後悔した。
けれど、あの言葉がなければ仲直りした後の心地よさは味わえなかった。
仲直りの後、不思議と余計仲が深まるあの感じを、私は知らなかっただろう。
 
「〇〇には分からないよ」
まだ恋愛経験も浅かった自分が相手に言ってしまった言葉。
あの時の自分は、ほんの子供だった。
それがどれだけ相手を傷つけ、呆れさせるだろうと考えもせず、「自分のことを分かってくれない」という寂しさが言わせた言葉。
しかも、一回だけじゃない。ことあるごとに何度も告げていた。
積み重なった結果、恋は破滅へと向かった。
悲しかったし、自分のせいだと分かりきっていることが、さらに自己嫌悪につながった。
でも、だからこそ今は、絶対にこの言葉は言わないと決めている。
恋人だけでなく、家族や友人にも、誰にも。
言ってしまったら関係が崩れてしまう。終わってしまう。それに何より傷つけてしまう。相手が分かってくれないんじゃなくて、自分が伝えるのを怠っていただけだ。それも感情任せに伝えるのではなく、言葉で冷静に伝える。
自分に足りなかったものが分かってからは、自分と相手が分かり合えない時必ず自分の方に非があるのだと思い込むようにしている。
そう考えるようになれたのは、「〇〇には分からない」という刃のような言葉を放ってしまった、過去の自分のおかげだった。
 
全部、繋がっていた。
「言わなきゃ良かった」言葉が、いまの自分に。未来の私に。
最初は後悔かもしれない。辛い気持ちかもしれない。自己嫌悪かもしれない。
「言って良かった」という感覚は確かに尊いけれど。
「言わなきゃ良かった」は、いまの自分の、血肉になっていた。
 
 
 
 
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2020-05-06 | Posted in チーム天狼院, チーム天狼院, 記事

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