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チーム天狼院

外国人300人の前でPerfumeを踊ってみた話《海鈴のアイデアクリップ》


アメリカに行くとき、「留学中にしかできないことをするぞ!」と決めた。自分との決まりごとは、いろんなところで勇気を分けてくれた。いつもよりちょっと勇敢な自分になれた。今でも、あれは大きな一歩だったと振りかえることがある。

それがまさか、あんなことになるなんて。
あんなとんでもない発表会になるとは、想像もしていなかった。

 

それは留学先での、はじめての大きな挑戦だった。
大学キャンパス内を歩きながら、私は壁に貼ってある、とある貼り紙を見つけた。
――ダンスアロイ。
半期に一度おこなわれる最大のダンス発表会だ。生徒なら誰でも、好きなダンスチームに所属できる。
そのなかでも振り付け師という役職がある。要はチームのリーダーだ。立候補すれば誰でもなることができる。好きな曲を選べるし、どんな振り付けにしたっていいという権限をもつ。ただし、リーダーは、チームに所属してくれた人たちを率いて、自ら振り付けを教えなければならない。

「ダンスアロイ、めちゃくちゃ楽しいから参加したほうがいいよ!」
と、一個上の先輩に聞いていた。ダンスアロイに参加するには、まずチーム決めのミーティングに行かなければならないらしい。

 

大学におり立ってしばらくは息つく間もなく、留学生ミーティングやら書類の提出やら授業の選択やらに追われていた。そういった事務作業がちょこっとずつスケジュールに入っていて、キャンパス内を何度も行ったり来たりした。留学生歓迎会のようなイベントもあり、カタコトの英語でなんとか笑顔をつくって切り抜けた。私の振る舞いはが明らかに「よそ者」そのものだったと思う。夜になるころには、ひさびさに体の芯から疲れていた。今日はもう寝てしまおう。一人で早いところ布団に入った。

すると、もう夜も遅いというのに、窓の外からなにやら聞こえてくる。体を震わせる低い音。耳をつんざく電子音。
寮の部屋の窓からは、キャンパスの中央にある芝生のフィールドが見える。スピーカーから流れているのは、クラブミュージックだった。リズムに体をあずけながら、たくさんの人がわけのわからない超速スピード、かつハイテンションの英語で、はしゃぎあっていた。ドリンクを片手に持ち、肩を組んだりしてなんだかミョーに近い距離だ。

そういえば、今日はダンスパーティがあるっていう貼り紙がされていたのを思い出す。
貼り紙があるということは、つまり学校公式の行事ということだ。縦ノリの良さの違いを、まざまざと見せつけられてしまった。

「留学でしかできないことをしよう」そう決めたはずだった。それなのに、しょっぱなからイベントに参加できずに部屋で眠りにつこうとしていた自分が、すごくみじめに思えた。いきなり孤独を突きつけられた。誰かと話してこの気持ちをまぎらわせたかった。けど、留学にきたばかりの私の周りには、心から信頼できる友達もいない。親もいない。考えれば考えるほど孤独を意識してしまう。わたし、ここでちゃんとやっていけるのだろうか・・・。

 

いつの間にか眠りについていて、気づいたときには朝になっていた。

わざわざ日本からトランクに詰めて持ってきていたPerfumeのCDとDVDが目に入る。

自分から動かなければ、何も始まらない。

私が大好きな3人娘は、そう歌っていたじゃないか。

窓から差し込む光に目をこすりながら、私は決意した。
ダンスアロイの振り付け師に立候補すると。

 

ミーティングに行くと、ブロンドでショートヘア、気の強そうな美人さんが高らかに声をあげる。どうやら、このダンスアロイ全体の長らしい。

「まず、振り付け師に立候補する人は、自分のチームでどんなダンスをするのかアピールしてください!」

「留学中にしかできないこと」・・・留学に来てはじめて、心がざわざわした。本当にやるのか、私。
一人ずつ手を上げて、呼ばれた人から前に出て自分のチームのアピールポイントを話していく。このときの私は、他の人の言葉なんてぜんぜん耳に入ってこなかった。
どこかのチームに所属して振り付けを教わるだけの受け身なダンスよりも、どうせだったら自分でチームを率いて、好きなダンスをやってみたい! でも、まだアメリカに来たばかり。けっして流暢とはいえないこの英語力で、ほんとうにリーダーなんてできるだろうか。
ぐずぐず決断できないうちに、もうすぐ立候補は締め切られてしまいそうだった。
「留学中にしかできないこと」をやる。決めたんだ!

あふれそうな不安をぐぐっとこらえて、私はきちんとまっすぐ手を上げた。
目線が一気に私のもとに集まる。うっ。みんな、眼光が強い・・・。これは、自分に自信を持っている人の目だ。前に立つと、なんだか一人ひとりの目が私をジャッジしているような気がした。すごい威圧感。押しつぶされそう。
曲は、何にするかもう決めていた。これだけは自信をもって教えられる。しかも外国でなら、珍しくてうけるかもしれないダンスだ。

「ええと、私のチームでは、日本のダンスアーティスト『Perfume』の曲を踊ります。彼女たちのダンスはとてもキャッチーで、独特なものです。一緒にやってみたいという人は、このあと私のところまで来てください」

言えた・・・。途中、つまったりもしてしまったけど、なんとかアピールできた。
すべてのリーダーの立候補が終わると、好きなチームに参加表明をする時間になった。みんなそれぞれ場所を移動して、リーダーのところに名前を書きに向かう。私のところにも、日本語の授業を取っている学生が来てくれた。仲間ができた。よかった! ちゃんとアピールは届いていたみたい! これからどうぞよろしくね、と初回のレッスン日を伝え、別れる。
しかし、はじめこそなんとか上手くいったものの、ほんとうに半期後に発表会を迎えられるのだろうか? 練習は週に一回、ぜんぶで12回ほど。そのあいだ中間発表もあるうえ、本番前には余裕を持って完成させておかなければならない。実質の練習回数はもっと少なくなる。10回で、1曲まるまる、しかもフォーメーションも覚えるとなると・・・これは、一筋縄ではいかないかもしれない。

そんな予感は、みごと的中することになる。

 

私が選んだ曲は『Spring of Life』。
まさにPerfume! といったノリのよいアップテンポな曲で、しかもキャッチー。サビの盆踊りみたいに手をひらひらさせる振り付けが特徴的で、印象にも残りやすい。

何より、歌詞が、当時の私の気持ちにピッタリだったのだ。

さっそくレッスンを始めてみると、第一の大きな障害が、言語だった。

まず、「足を前に一歩出す」の言い方が分からないところからのスタートである。

「ステップ、ていう表現、英語的に正しいよね?」

「うん、大丈夫だよ!」

と確認をする会話から始まり、サビの振り付けを英語でぜんぶ説明しようものなら、もう何がなんだか分かりません、状態。
そのうち言語ですべて説明することは不可能だと悟り、「Like this, like this…」と動きをたよりに説明しなければならない有り様。
頭の中にイメージはあるのにすぐ言語化できない。もう、めちゃくちゃもどかしかった。言葉が出てこない間、チームメンバーを待たせることになる。そのあいだ、レッスンはもちろん滞ってしまう。うまく伝えられないリーダーで申し訳ないな、という気持ちは、その後もいつも私の心を支配していた。

第二に、Perfumeの曲を選んだゆえの障害だった。振り付けがとにかく細かい!

最初から分かっていたことだけれども、じっさいに踊ってみると、思った以上の細かさだった。もともと日本語でもなんて表現したらいいか分からない振り付けが多いうえに、カウントの取り方がなかなか、難しい。1カウントの中に、細かい動きが2つも3つも入っていたりするのだ。1回のレッスンで教えられる振り付けの量も、どうしても少なくなってしまう。
しかも、振り付けが細かいせいで、前回のレッスンで教えた振り付けがすぐ抜けてしまう。そういうときは、もう一度前回の振り付けをやり直す。カンペキになってから、次へ進む。しかし、振り付けの進度が思っていたよりも進まずにいた。

レッスンのある曜日は、朝からどこか緊張している。ちゃんとできるかな、今日はみんな覚えて来てくれるかな・・・。不安になっても仕方ないのだが、どうしても気になってしまう。けど、レッスンがはじまれば早いもので、1時間はあっというまに過ぎていく。もっと時間が欲しいくらいだ。
「今日がこれでおしまい! また来週~!」チームのメンバーがダンスルームから帰っていくと、どっと疲れが押し寄せる。このとき初めて、自分が思っていたより気を張っていたことに気づくのだ。

 

留学して気づいたのだが、外国の人たちは生まれながらにリズムを体で覚えている人が多い。日本にいたころは、ダンスを習っていた人もしくは特別センスがある人くらいしかカッコよく踊ることはできないと思っていたのだが、外国は次元が違った。なんかもう、全員が、音楽がかかった瞬間に「あ、踊れてる」と思える。たとえ運動神経がよくなくても、ダンスの神経は別もののようだ。このダンスアロイには、学校ほとんどの生徒が参加しているし、誰でもすぐにコツをつかみ、音楽にのってしまう。外国の根本的なダンスに対するポテンシャルの違いは、私の不安をさらに加速させた。

 

チームリーダーをやるだけでなく、私はほかのチームのダンスにも参加をしていた。
Lというとても人気のあるチームを率いている人がいて、私もLのチームにダンサーとして加わった。ヒップホップをもとにしたダンスなのだが、メンバーは30人ほどいるだろうか。Lのチームは人気すぎて、ダンスルームに収まりきらないほどだ。
なぜそんなに人気なのか。Lは、とてもダンスが上手かった。ダンスが好きな人ばかり集まっているダンスアロイの中でも、ひときわ輝いて見えるのがLだった。しかも、とても人が良く、親切で優しい。教え方も上手い。

私はすぐにLの振り付けの教え方を真似するようにした。真似することで、自然な英語を覚えようとした。そうしたら、足を出すときに「hit」を使っていたり、「曲の頭からもう一度」を「from the beginning」と言ったり。それまで知らなかった表現を頻繁につかっていることが分かってきた。
さらにLは、口で動きをすべて具体的に説明するのではなく、必要最低限の動詞だけを言い、あとは実際に動いて見せながら振り付けを教えていた。
すごい。Lの教え方は、私の教え方とぜんぜん違う。シンプルで、わかりやすく、テンポもよく、とても心地のよいレッスンだ。

私はLの言ったことをひとことも逃さないよう、耳の神経も研ぎ澄ませていた。
そしてすぐ自分のチームのレッスンに持ちかえった。
1から10までぜんぶ言葉で説明するのではなく、ポイントの動詞だけをピックアップしてテンポのよいレッスンになるようにした。チームメンバーが次なにをしたらいいか戸惑ってしまわないよう気をつけた。小手先の英語の出来ばかりにとらわれてしまわないように。チームでひとつのダンスを完成させていく、その楽しみを失わないように。
Lがいなければ、私はいつまでも「教えること」に不安をもったままでいたと思う。

***

発表会直前、私たちはステージ裏の楽屋でいてもたってもいられずにいた。化粧をいつもよりちょっと濃くして、ステージ衣装に着替える。ほかのチームのメンバーもどこか落ち着かないようで、待合室は変な高揚感につつまれていた。

「いよいよだね」

「なんかもうよく分からない気持ち」

「早く時間がきてほしいような、ほしくないような」

期待と、不安と。みんな何かを口にしていないと落ち着かないようで、中身のない会話が飛び交う。けれど、口に出していることとはうらはらに、全員の目はキラキラしていた。

「Misuzu’s Team!」

突然、名前を呼ばれる。
いよいよ出番だ。もう、腹をくくるしかない。

「行くよ!」

ライトが落とされたステージから、前のチームがはけるのがかすかに見える。入れ替わるようにしてステージに上がり、所定のポジションにつく。
暗転したホール内では、誰がどこにいるかまったくわからない。けれど、観客席に座っている人たちの息づかいに熱が入っていることは、見えなくても感じられた。

音楽がかかると同時に、ステージが一気にライトで照らされた。その瞬間、目に飛び込んできたのは、観客席にあふれんばかりの人、人、人だった。奥の方には、立ち見をしている人が見えた。300人はいるだろうか。
今まで見たことのない大勢の外国人の前に立って、私は観客一人ひとりから発せられる熱気を感じていた。もの珍しそうに見ている人もいれば、手をあげてリズムを取ってくれている人もいる。そこにいる誰しもが、私たちのパフォーマンスを歓迎してくれていた。その熱気で、私の踊りもよりヒートアップしていった。
前の席には、見知った顔がいる。こっちで仲良くなった友達たちだ。私たちが出ることを知って、わざわざ前の方の席を取って見に来てくれたのだ。
いちばんの見せどころ、サビにさしかかると、歓声が一段と大きくなった。会場のどこからか、ヒュー! という口笛の音が聞こえてくる。

まさか、こんなことになるとは。
留学をする前の私は、1ミリたりとも想像していなかった。
こんなにさまざまな人種が集まる場所で、これだけの大きな歓声をもらうなんてことは、留学に来たばかりの私からすると、とんでもないことだった。

 

ぜんぜん知らない土地で、あえて『Perfume』というジャンルを踊る。
それはアウェーと知りつつ、わざわざ敵地に乗り込んでいくようなものだった。
たしかに多くの困難があった。本当に受け入れてもらえるかいつも不安だった。
けれど、あえて「異端」というポジションにわざわざ挑戦することで、得られたことがあった。

発表会が終わったあとも、寮ですれ違う人に

「You did well!」

と何度も声をかけられた。振り付けを覚えてくれていたみたいで、盆踊りのように手をひらひらさせる振り付けのところを私に踊って見せてくれた人もいた。

 

ほかとは違う。王道ではない。だから、やらない。
日本にいたころの私は、いつも周りの目を気にしていた。どうやったら周りに受け入れてもらえるかだけ考えて、本当にやりたいことができないばかりだった。そんな自分に自信を持ちたい。そう思って留学に申しこみをしたことを思い出す。

あの光景をいちど見てしまった私の目は、変わっていた。
ステージを降りた私はもう、ほかの人と自分を比べる必要はなかった。自分が好きなものに堂々といれるようになった。

 

自分から動かなければ、何も始まらない。

その先に見えたのは、奇跡が始まる光景だった。

今でも大きな出来事に直面して、自分に本当にできるだろうかと不安になるとき。
あれだけのステージを成し遂げたんだもの、ぜったい大丈夫、と今でも私は自分に言い聞かせるのだ。

 

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