チーム天狼院

【クリエイター志望必見!】文豪シロウト書店員が、中島敦の「名人伝」読んでみた《女子大生書店員の文豪マスターへの道シリーズ》


名人伝

~前回のあらすじ~
文豪どうしの異能力バトルを描いたマンガ「文豪ストレイドッグス」(角川書店)にハマった女子大生書店員、小島夏海。
しかし「文豪ストレイドッグス」を読んだことをきっかけに、封印していた記憶を呼び起こしてしまう……!
そう、書店員として勤務するくせに、名作文学の一つも読んだことがなかったという事実を、目の当たりにせざるを得なかったのである!!どうしよ、原作の朝霧先生は細かい芸を仕込んでくるのに、そこでニヤリとできない!「あー、中島敦、人食い虎になるんだ(ニヤ)」とかしたい!私も文豪に詳しかったらどれだけよかったか!!
文学青年や文学女子に対する燃え上がる嫉妬心を抱えた彼女は、雪辱を誓う。
「……文豪マスターに、私はなる!!!」
プロローグ→【書店員失格】ぶっちゃけさぁ、みんな言わないだけで、実は「名作文学」ってやつ読んでないんでしょ?《女子大生書店員の文豪マスターへの道シリーズ》

 

 

……はい、どうも。

やっぱり「文豪ストレイドッグス」の主人公は中島敦くんなので、まず読むのは中島敦の作品にしようかなあと思って、「李陵・山月記」(新潮文庫)を購入いたしましたよ。

それでやっぱり表題作から読むべきかと、「李陵」のページを開きましたよ。

 

……エエ?!漢字!!漢字多いよ?!地名も人名も中国のやつじゃないの?ハードルたっけえ!っていうかもはや良く知らない形容詞が使われている!ドSか?!このイケメンドS国語教師め!!え、この調子で60ページあるの?!

ちょっ……これは……(パタン)
うん、もっと短いやつにしよう。「李陵」は後回し。

ということで、この本の中で一番短い「名人伝」を読むことにしました。これだったら10ページちょいしかないので、文体になじみがなかったり時代背景に詳しくなくてもなんとか行けそうです!!

名人伝のあらすじは、こんな感じ。

 

 

~1分でわかる「名人伝」~
・趙(中国の昔の王朝)の都、邯鄲に住む紀昌くんが、弓の名人になろうと思ったよ!
・弟子入りをして、瞬きをしない訓練をひたすら2年、小さな物を細部まで視る訓練をひたすら3年したら、師匠を超えそうになってしまったよ!
・なので山奥にいるもっとすごい師匠に弟子入りしたら、その人は弓を持たずに素手で鳥を射ることができる(?!)とんでもない奴だったよ!
・9年間この師匠の下で修業した紀昌くんは、なんだか木偶の坊のようになって、持っていった弓を持たずに山から下りてきたよ!
・そんな紀昌くんを見た元の師匠は、「これぞ名人だ」と叫んだよ!
・そして彼はその後、一度も弓を持つことなく、「射」を口にすることなく死んでしまったよ!
・彼は、死ぬ12年前に、弓を見て、「これなに?」と言ったらしいよ!

 

 

……ほへ???
すいません、まったくわかんないんですけど。
名人になったのに、弓忘れちゃったの?

漢字が多くても、予備知識がなくても意外と読みやすかったのは確かなんですけど、オチがちょっとよくわからなくて拍子抜けしてしまいました。木偶の坊みたくなった紀昌が、あるとき突然覚醒してすさまじい弓の腕を見せ始めるのかと思ったら、死んじゃったし!しかも弓がなんだかわからないって、こっちもなんだかわかんないよ!

 

なので、私は伝家の宝刀を振るうことにしました。(訳:巻末の解説を読みました)

すると解説には、「名人伝」について「芸術家の理想像を追求して、これを見事に具現化して見せたと断言できる」(「李陵・山月記」(1969年)中島敦著、新潮文庫、212ページ)と書いてあります。

 

そしてそれを読んだ私は、あるコミック作品を思い出しました。
弓を忘れることが弓の名人であるという「名人伝」と同じように、芸術家の理想像を叩き込まれまくった宮崎の女子高生と絵画教室の先生の物語です。

 

知ってる方多いんじゃないでしょうか?

2015年マンガ大賞受賞作品、「かくかくしかじか」(集英社)です。
私はあらかじめこのマンガを読んでおかなければ、「名人伝」の意味が分からないまま終わっていたでしょう!なのでこの作品を、独断と偏見により「名人伝」の参考書に推薦したいと思います。いや、もはや参考書というか、現代版「名人伝」だと思っています!

 

「かくかくしかじか」とは、マンガ家の東村アキコ先生の自伝マンガです。

東村先生の絵の師匠である日高健三先生との交流を描いているのですが、この日高先生が強烈。あまりにも強烈。絵画教室において竹刀を振り回す教師、うん、シュール。その日高先生の教えはただただ単純で、「とにかく描け、ただ描け」「描きたいものなんて探すな、目の前にあるものをただひたすら描け」と言い続けるのですね。「描け」、それだけ。でも、たったそれだけのことをずーっとやり続けた東村先生は、この作品の中でこう独白しています。

 

「でも私はあの日々のおかげで しんどくてもなんか 描ける
辛い時も 悲しい時も
風邪引いてても 熱があっても
ムカつくことがあっても イライラしてても
自分の漫画が面白くないって言われても 絵が下手だと言われても
アンケートが悪くても 単行本が売れなくても
自信があっても 東京が真っ暗になっても
いつも描いてるときは 私の頭の中で先生の声がする」(「かくかくしかじか」5巻(2014) 東村アキコ作 集英社)

 

このマンガはお客様の紹介によって手に取ったのですが、その方も「クリエイターになりたいならばこれは必見だ」とおっしゃっていたんです。
クリエイターたるものは、もはや自分の仕事が習慣と化し、癖になり、わざわざ気合を入れて「やるぞ」と掛け声をかけて取り組むのではなく、それをしないということが考えられないくらいのレベルに達するのだなあということを、私はこのマンガで勉強しました。

 

 

なので、「芸術家の理想像を具現化」と言われて、ようやく私にはピンときました。そうか、紀昌くんは、弓の修行を重ねて重ねて重ねすぎて、もう弓を使うということが当たり前になっていたのかと。もはや弓を見て「This is Yumi.」とかいちいち自分の中で説明を加える必要もないほどに、射って射って射りまくったんですね。自分の一部として取り込んでいれば、もう対象物ではないのだから名前を与えることもない。無意識のレベルで取り組める人間こそが、その道の名人たる人物なのだと、そういう意味だと私は受け取りました。

 

 

でもなあ、そういうことだったら私なんかまだまだ、書くことが癖になるには程遠いなあ。この記事だって、書くのに3時間以上もかかっちゃってますし。自分を言葉に乗せて発信しようとする前に、自分に検閲をかけようとしている部分がまだまだ存在するんです。こんなこと書いたらどう思われるかな、とか、バカ丸出しだから本当にやめとけよ、とか。そういう感情が邪魔をしてなかなか指は動かないし、ようやくひねり出したとしてもどこか黒塗りだったり文脈のおかしい文章が出てきたりして、ちっとも書くのが楽しくない。

 

でも取っ払うべきは、自分の中の検閲官なんだろうなと思います。そいつのせいで思ったことを表現できないのであれば、そんなやついないほうがまだまし。余計なこと考えないで、ただ頭を指を動かして書き続けるうちに、いつかワードのソフトと向き合うのが食う寝ると同じかそれ以上に当たり前になって、もはや文章を書きあげるのにパソコンなんぞ使わずに脳内で高速処理できるようになっちゃったりとかして……できればそんな「名人」に近づきたいものです。

 

あっ、でも、「名人伝」は読者に結論を委ねるように結ばれているため、様々な解釈があるようです。私はこのように受け取りましたが、「こんな解釈もあるよ!」等ご意見ございましたら教えてくださいね!

 

文豪マスターへの道を、一歩歩み始めたこじなつ。
彼女の冒険は、まだまだ続く!!

《To be continued…》

 

 

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