チーム天狼院

家族を撮ってあげようとカメラを買ったのに、シャッターが切れなかった話。《海鈴のアイデア帳》


どうして押せないんだろう。

買ったばかりのカメラのボタンに手をかけることができないまま、私は呆然とその場に立ち尽くしていた。

ふだんあれだけ何気なく切っているシャッターなのに、どうしても切ることができなかった。
いつもならピントを合わせるために軽く触れることができるボタンが、ふだんの100倍もの重さになって存在していた。
せっかく、カメラを持ってきたのに。
このときのために買ったようなものなのに。
シャッターを押すことができない自分がいることに、動揺していた。
結局、最後まで、私はボタンを押すことができなかった。

久しぶりに実家に帰ってきていたときのことだった。
短い滞在期間。次に帰れるのはいつか分からない。しばらく帰れないかもしれないし、案外すぐ帰れるかもしれない。
次がいつかなんて確約できない状況で、この風景を記録しておきたくて、いろんなところにカメラを連れ歩いた。

実際に住んでいたらどうでもいい、なんの変哲もない実家のリビングを撮った。
2階の窓から見える、だだっ広い夕暮れの空を撮った。
車に乗って買い物に行き、後部座席からいつも見ていた、親が運転する後ろ姿を撮った。

周りにいる人は、ちょっと会っていないだけで、すごく変化しているように見えた。
両親は年齢にしちゃあまだまだ若々しいものの、やっぱり歳をとっているんだというのがわかった。
ふだん都会の狭い場所にいるからか、久しぶりに帰った家の前の道路は、工事でもしたのかと思うくらい、広い道路に見えた。

次いつ帰れるか分からないと思うと、なんでもない風景が、すべて意味のあるものに思えた。
できる限り、残しておこうと思った。とにかく、バシャバシャと、シャッターを切った。

だけれど、どうしても。
どうしても、あのときだけは、シャッターを押すことができなかった。

中学校に上がるまで、私は毎日、実家ではなく、別の家に帰っていた。
共働きで帰りが夜になる両親の代わりに、中学に入るまで面倒を見てくれた、祖母の家だった。
放課後、遊びに行ったあとも、習い事が終わったあとも、戻るのは実家ではなく祖母の家に帰っていた。そこにいるあいだに宿題をやっつけ、あとは自由に遊び、両親が迎えに来るときには面倒なことは大体終わっている、というの日課だった。

祖母の家に友達を呼んで遊ぶこともしょっちゅうあった。 家の中でかくれんぼをしたり、新しいゲームを編み出して走り回る小学生の私たちは、「ねえ、こういう遊びがしたいんだけど」と、かなり無茶ぶりな要求することもあった。 けれど祖母は、そのたびに即席で遊び道具をこしらえてくれた。
裁縫が得意だった祖母は、タペストリーやコースター、私が日常使うバッグから、無理にお願いした高度なポケモンの編みぐるみまで、さまざまなものを作ってくれた。朝から晩まで、元気に動き回る私に合わせて、一緒に動き回って面倒を見てくれたのだ。

放課後、走り回って転んで、ヒザに大木な傷をつけて帰ってきたときも、ピアノのレッスンの帰りに近所の友達と会ってそのまま楽しくなって日が暮れるまで遊んでいて、家に帰らず怒られたときも、近くにいて私の面倒を見てくれたのが、祖母だった。

思えば、私は幼稚園に入った3歳頃から12歳頃まで、祖母にたくさん育てられてきた。いまの私の基礎は、祖母が近くにいたからこそ、つくられているものが多いのだ。

大学進学で上京してからというもの、実家に帰るタイミングには、かならず顔を見せるようにしている。12歳まで帰っていた祖母の家へ行き、帰ってきたよと顔を見せに行っている。
けれど、今回は場所が違った。

いま、祖母は、老人ホームに入っている。
月に何回かだけ、行っているらしい。祖母が老人ホームにいるところに会いに行くのは、初めてだった。

母に行くよと促され、カメラ1台だけを持って行った。
それまで実家の至るところをバシャバシャと撮っていたから、今日の祖母のことも、撮っておこうと思ったのだ。

抗菌された白い部屋のベッドの1つに、祖母は横になっていた。枕元のテレビをぼんやりと見ていた。

「ほら、みっちゃん、来たよ」

母の声かけに、祖母が私のことに気づいた。

「……みっちゃんが?」

うん、そうだよ。そう返した。

しばらく帰っていなかったから、顔を合わせるのは久しぶりだった。私のことは、かろうじて、覚えているようだった。そして、だんだん思い出してきているようだった。そんな感じが伝わってきた。

いま、京都にいること。働いている場所のこと。いま私は、何歳になってるよということ。

そうか、そうかと祖母は言った。口をぼそっと動かして、小さく反応してくれた。

祖母のまなざしに応えようと、私は、カメラを向けようとした。向けて、シャッターを押そうとした。
けれど、どうしようにも、できなかった。
重かったのだ、カメラが。重くて、レンズが、祖母の方を向かなかった。
なんとかかんとか、向いたと思えば、今度は、ボタンがとてつもなく重くなっていた。これまでに感じたことがないほど。

次に会えるのがいつか分からない。だから、残しておきたい。
そう思っていたはずだった。
けれど祖母を目の前に、私は、シャッターを押すことができずにいた。どうすればいいのか分からなくなってしまった。

あれだけ故郷の周りの人やものを、バシャバシャと撮っていたというのに。
結局、私は最後まで、祖母のことをカメラに撮ることができなかった。

そしてそのことに、実家から戻って来てからというもの、ずいぶんとショックを受けている。

私は、シャッターのボタンを押さなかったのではない。
押せなかったのだ。

怖かった。私が小さいころと変わってしまった祖母と、向き合うことが。

祖母に会いに行って、対峙して、話をした。けれど、本当は相手のほうなんか、ぜんぜん向いてなかった。
カメラのレンズが、それを顕著に示していた。レンズは、あのとき、まったくもって、祖母とまっすぐ向き合おうとしなかった。
それは、私の心をそのまま表していたのだと思う。

綺麗なものを、美しいものを残すのは、きっと大事だ。
けれど、そればかりに気を取られて、大事なことを忘れてはいないか、と問う。
カメラを誰かや、何かに向けるとき、本当に真剣に向き合っているだろうか? と。
綺麗なものばかり見て、バシャバシャ撮ることもいいけれど、なぜ、あのとき私はシャッターを切れなかったのだ? と。

カメラには本音が出てしまう。
本性を隠せない。

怖いものだ、と思った。一方的に撮ることは、ともすれば暴力ともおんなじものなのかもしれない、とも思った。
けれどやっぱり、後から考えたら、きっとあのとき撮っていただろう写真が、替えようのない意味を持つものになるだろうことは、分かりきっていた。

だって私たち、祖母と孫なのだ。

ほかの何にも替えようがない、唯一無二の、祖母と孫なのだ。

無機質な部屋には、ひとつだけ、色が付いているものがあった。
ベッド脇に飾ってある、写真だ。
私が20歳になる前に撮った、祖母と母と写っている写真だった。

母が置いたのだろう。祖母がその写真のことを、どれくらい認識しているのかわからない。
写っている当時の姿から、私も変わった。祖母も変わった。
いま目の前にいる人とその写真の人が、同じ人物だと瞬時には分からないかもしれない。
でも、私はいつも祖母の枕元にいることは、間違いなかった。

帰り際、祖母が私の手を握った。

「また、来るね」

返事はなかった。代わりに、痛いくらいの強い力で、祖母は手を握り返してきた。
祈るように、祖母は私の手に何かを込めていたように見えた。

その場を後にしてからも、握り返された手の感触が、手に残りつづけていた。
実家から戻ってきて、その感触を手にしたまま、ずっと考えていた。

あのとき、シャッターを押せなかった。最初は後悔していた。
けれどきっと、撮らなくてよかったのかもしれないのだ。

そのときはまだ、表面的な綺麗なものや、美しいものだけを撮ることだけしか考えられなかった。
目の前にあることに向き合って、きちんと残しておくだけの、心の構えができていなかった。
あのとき無理に撮ったとしても、それは何にも残らない写真になっていたと思う。
だから、きっと準備ができていなかったあの頃は、撮らなくてよかったのだと、そう思う。
残すべきものは、見たままの祖母の姿じゃなくて、握られた手の力強さこそだったのだ。

次は、いま遠く離れている私のことも、写真で見せよう。元気でしている姿も、送ろう。
おかげでこんなふうに楽しく過ごせていますよと、送ろう。
そして今度は、ちゃんとお話をして、よければ撮ってあげよう。ベッドに横になっていても、私をずっと育ててくれたあの手の力強さを残したいと、そう思う。

そのためには、表面的な綺麗なものだけを、残すんじゃなくて。ただなんとなくシャッターを切るんじゃなくて。
毎日の一瞬一瞬を、あのときと同じような真剣さで、見ないといけないだろう。
でも、私の実家から遠く離れた場所にいる私が、いま見ている景色をあのベッドの上に届けようと思ったとき、それは自然と、できることのような気がしているのだ。
そのためにきっと、私のこのカメラはあるのだ。

 

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