チーム天狼院

あなたが私に言ったことは、死ぬまで一生覚えてるからな《川代ノート》


少し暗い話になると思う。あんまりこれまで人には言ったことがないかもしれない。
知っている人もいると思うが、私の左足には大きなほくろがある。だいたい直径1センチくらい。結構大きい。生まれたときから私の足にはこのほくろがあって、それはずっと私のコンプレックスだった。明らかに目立ちすぎるそのほくろは、人目を引かずにはいられなかったからだ。

私のほくろが他人から見ると「おかしなもの」だと気がついたのは幼稚園の頃で、周りの同級生からよくからかわれていた。

「そのほくろ、なあに?」
「ねー、さきちゃんのあし、泥ついてるよ」
「なんか変なのある!」

今思えばただ子供が思いつきで言ったにすぎないことだと思うが、たかだか6歳とか7歳の私を傷つけるには十分すぎる言葉だった。そうか、これは変なのか。「あっちゃだめ」なものなんだ。よくよく見ると、私と同じようなほくろがついている人なんてどこにもいなかった。だから、これをなくしたいと思った。消したいとずっと思っていた。

親に相談したこともあったが、別に親からすればただのチャームポイント程度にしか思っていないようだった。私も今は別にそのほくろにコンプレックスも何もないし、自分の体の一部であり、ただの特徴くらいに思っている。今更そのほくろを消したいとも思わない。レーザーかなんかで消すのなんて痛いに決まっているし、足のほくろを消すためにお金を使うくらいなら豊胸手術がしたい。

でも高校生くらいまで、私は自分のほくろが嫌で嫌で仕方なかった。なぜか。周りからいじられるからだ。
中学に入って、思春期になると、自分も含め周りの子達の関心は、めっぽう「見た目」に移っていった。どれだけかわいいか、どれだけ美人か、どれだけセンスがあるか、どれだけスタイルがいいか。学年で一番かわいい子と友達になれると、みんなそれだけで喜んだし、自慢した。やたら太いアイラインを引き、つけまつげをつけ、縮毛矯正をして、私もなんとか「かわいい」方のグループに入ろうと努力したが、それでもやっぱりほくろへのコンプレックスは消えなかった。何をするにも自分の左足に意識がいってしまった。

体育の時間、ハーフパンツを履いて左足がむき出しになっていると、通り過ぎるみんなの目線が私の左足に向けられるのがわかった。明らかに「なんだあれ?」という異質なものを見る目が向けられることもあった。あるいは、私の思い込みかもしれない。それでも私は、人とは違うものを持ったまま思春期の日々を過ごすのが本当に苦痛だった。だから、なんとかそれをなくしたくて、どうしても足を出さなければいけない日なんかには、肌色絵の具でぐちゃぐちゃに塗りつぶしたり、母親のファンデーションを持ち出して隠そうとしたりした。でももちろん無理だった。明らかに違和感のある何かが私の左脛の真ん中に出来上がっていた。「なにそれ!」と友達には笑われた。もうどうすることもできない。隠すことしかできない。

コンプレックスは、私の生活にも影響を及ぼした。なるべく足が出ないズボンを選ぶようになったし、絶対にずり下がらないハイソックスを履くようになった。なにしろからかわれるのが嫌なのだ。私の思考や行動は、そのコンプレックスをどう隠すかに大きな比重が置かれていた。

大学に入ってから、そういうことで悩むことが少なくなっていることに気がついた。足を出す服を着ても、変な目で見られることも少なくなった。自分の気の持ちようが変わったからかもしれない、とはじめのうちは思った。でもそうじゃなかった。シンプルなことだった。大学では、ほくろについていじられることが一度もなかったからだ。

大学という広いキャンパスでは、みんな自分の個性を爆発させていたから、変な人ばかりだった。周りとは違う誰かになりたい、という思いを持っている人が多かった。だから、おそらく「1センチ大のほくろがある」という事実があったからといって、「まあ、そういう人もいるよね」程度のトピックですまされていたのだ。誰も私のことをいじらなかったし、からかわなかった。私はほくろのことを気にする隙がなかったのだ。

今思うと、ちょっと大きなほくろがあるくらいのことを気にするのなら、もっと他にいろいろ気にするべき問題があっただろう、と思うのだが、やたらとそのほくろばかり気にしてしまっていた。私にとって一番のコンプレックスだったと思う。

これは最近になって気がついたことだが、思えば、人のコンプレックスというものは、自分で作るものではなく、周りからの言葉によって少しずつ作られていくものなのかもしれない。
私は自分の嫌いな部分というのは、自分が勝手に人と比べ、劣等感を覚えて出来上がっていくのだと思っていたが、もしかしたら、それだけではないのかもしれない。本当は好きだったチャームポイントが、誰かの一言によって一瞬にして大嫌いなものに変わることだってあるのだ。

私は、冷めて見られるのがとても嫌だ。つり目できつめの顔立ちをしているのと、あまり大きな声で騒ぐようなタイプじゃないので、内心楽しいと思っていてもそれが相手に伝わっていないんじゃないかと、心配になってしまうのだ。でも、そう思うようになったきっかけも、中学生の頃に、部活の顧問に「川代さんってさあ、なんか冷めてるよね」と言われたことだった。私は自分の落ち着いていて、あまりすぐに動揺したりしないところは自分の長所だと思っていたが、その一言でコンプレックスに変化してしまった。

私の他にも、周りからの言葉で行動を変化させてしまった友達を良く見かける。周りから「お前はこういうやつだよな」とか「お前ってこういうところがダメだよな」とか「お前は〇〇キャラだから」と言われることで徐々に、変わっていくのだ。はじめのうちは嫌がっていても、次第に周りから求められる自分に近づけようと行動を変えてしまうのだと思う。頑なに自分を守るより、周りの言葉に合わせた方が楽なのだ。

私は今、毎日文章を書いている。一応、一週間に5日は5,000字レベルの記事を更新するというのが目標だ。今のところ、1ヶ月くらいはそれが続いている。
1ヶ月、毎日書いていると、必然的に自分と対話せざるをえなくて、常に書いてコンテンツを出しながら自分の思考のチェックをするような毎日を送っているのだが、一つ気がついたのは、想像以上に、私は誰かに言われた言葉をはっきりと覚えているということだ。

私が比較的根に持つタイプだということもあるが、それにしても、数年前のことでも、10年以上前のことでも、私ははっきりと思い出せる。しかも、言われて嫌だったことは、その日の風の匂いも、気温も、情景もはっきりと思い出せる。そして、思い出そうとすると、とても嫌な気持ちになる。

小学生の頃、体育館にいたとき、同級生にほくろについていじられたときの「変なの」という言葉も、あのときどれくらい私の周りにクラスメイトがいたのかも、自分がどんな座り方をしていたのかも、体育館の天井がどれくらい高かったのかも、はっきりと思い出せる。「川代さんって冷めてるよね」と言われたときの空気も。先生の表情も、声のトーンも。きっとこれから先も忘れることはないし、もし忘れたように見えても、胸の奥深くにはずっと刺さり続けているのだと思う。

「言葉は剣よりも鋭い」、という英語のことわざを聞いたことがあるが、本当にその通りなのだ。
その言葉はぐさりと人の胸を刺し、そして、離れることはない。一度血を流した部分がチクチクと縫われてふさがることはあっても、かさぶたになって、もう治ったかに見えても、ふとした瞬間にまた広がってぶわっと血が湧き出てくることだってある。

一度発せられた言葉の効果というのは、なくなることはない。一生ない。
誰かに言われたことによってついた傷は、一生残る。絶対に忘れることはない。あるとすれば、その言葉は真意ではなかったとか、自分の思い違いだったとか、そういうパターンくらいだろう。

大人になってくると、プラスの言葉だけでなく、マイナスの言葉を受け取る機会も増える。どんどん増える。子供の頃に受け取った種類の、純粋なからかいの言葉とはまた別の種類の言葉を受け取ることもある。
あるいは、SNSの発達によって、自分の意見を簡単に発することができる時代になっているのかもしれない。
でも、誰かに向けて発する言葉は、直接だろうが、ネット上だろうが、関係ないのだ。
ラインだとしても、コメントだとしても、ツイッターのリプライだとしても、その言葉は、残る。残り続ける。
たとえ履歴から消えても、ネットの海の中に消えていったとしても、その言葉は、言われた側の胸の中に深く刺さって、残り続ける。深い、とても深い傷跡として、ずっとそこに居る。

「私は、あなたに言われた言葉を、一生忘れることはないからな」

そう言われる覚悟で日々言葉を取り扱う必要があって、とくにマイナスの言葉は、一度発してしまったら、取り返しのつかないことにもなりうる。
言葉は鋭く、ナイフよりも切れ味がいい。
使いようによって、人を幸せにすることもできるし、死に際まで追い込むこともある。

だからこそ、私は今、言葉の力に魅せられているのかもしれない。
言葉に傷つけられてきた分だけ、いやそれ以上に言葉に救われてきたから。

だからこれから先一生、誰かを傷つけないことなんて無理かもしれないけれど、それでも、誰かを幸せにしたいとか、役に立ちたいとか、こういう思いを言葉にのせることができているうちは、できる限り、そうしていきたい。

この世界の誰かが、「読んでよかった」と心の底から思えるような、素敵な言葉を。

 

 

 

 

*この記事は、人生を変える「ライティング・ゼミ《ライトコース》」講師でもあるライターの川代が書いたものです。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになると、一般の方でも記事を寄稿していただき、編集部のOKが出ればWEB天狼院書店の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/47103

 

 

❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店 池袋駅前店店長。ライター。雑誌『READING LIFE』副編集長。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。
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2018-02-08 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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