「あの子の方がかわいい」なんて死んでもききたくないけど、「あなたが一番かわいいよ」なら、死ぬほどききたい。《川代ノート》
人間とは常に自分の価値を追い求めて、自分の価値は一体どれくらいなのか、自分は社会にどれくらい必要とされているのか、自分で自分に価値があると認められるだろうか、などとぐるぐる考えてもがきながらこの世を生きているように思う。
他人がいなければ自分の価値云々を気にする必要なんてないのだけれど、他人がいる、イコール比べる対象が自分のとなりにいる限り、私たちは自分の価値を意識せざるを得ない。他人からどう見られるかなんてどうでもいい、自分の好きなこと好きなだけできればいい、と思えればいいが、なんだかんだ、結局は他人から評価されることは生きていく上でけっこう、必要なのだ。評価されたいと思って動くのか、動いた結果評価されるのか、どういうモチベーションで行動するのかは人それぞれ違うかもしれないが、自分がした行動や努力を他人が見てくれていないと、生活を成り立たせるのは難しい。とくに仕事してお金を稼ぐという行為においては、少なくとも一人は自分を評価してくれる人がいないと、生活するだけの対価は得られないのだ。つまり、よっぽどの能力がない限り(たとえば自給自足で生活できるとか)、社会的評価がないと、生きていくのは難しい。
案外自分だけの力で生きていくというのは、簡単ではない。親にも誰にも頼らずに自立して生きていくには、おそらくほぼ100%、人から評価されるということから逃げられないと思う。
人は人と関わりながら生きる。人を求め、人と比べて自分の価値を見出す。他人にはあって、自分にはないものが見つかったとき、それはコンプレックスになるし、他人にはなくて自分にだけあるものが見つかれば、それは価値になり、自信になる。
だから他人と関わり、社会と関わって生きていくなかで、人と自分を比較するという行為はさけられない。多かれ少なかれ、自問自答したり、人生に価値を求めたり、生きる意味を探そうとする人は、そういう壁にぶち当たる。事実、私も、そうだ。自分だけの哲学がほしくなる。自分だけのアイデアや価値がほしくなる。どんな他人にも負けないくらいの価値が、自分にだけあればいいのにと思う。これをアイデンティティーって言うのか、でもなんか、言葉の響きはしっくりこないけれど。
ナンバーワンにならなくてもいい、なんて歌が社会現象になるほど流行ってからはや10年以上が経つが、われわれはいまだに、ナンバーワンになることへの執着から逃れられない。
みんな、もともととくべつなオンリーワン。わかっている、そんなことわかっている。頭では。でも心ではやっぱり、ナンバーワンを求めてしまうのだ。順位をつけるという行為がこの世からなくならない限り、数字という概念がなくならない限り、私たちは順位をつけたがるし、つけられたがる。どちらが上か下か、どちらの方が人気があるか、どちらの方が幸せか。そんなことを天秤にかけても仕方ないと、がむしゃらに頑張っているうちにふとむなしくなるのだけれど、それでも順位をつけるのをやめられないのは、今の社会が順位をつけないことにはうまくまわらなくなっているからだろうか。
ビジネスというのも、数字ありきである。仕事をするならどうしても、数字を意識するという習慣からは逃れられない。
株価ランキング、社内MVP、店舗売上何位、予算達成率何パーセント、だの、なんだの、私たちはいつも、数字に囲まれている。いつも数字とにらめっこ。数字を出したやつが評価される。数字、数字、数字。数字を出せ! そういうのを、資本主義の悪弊っていうのかなあ、大人たちは。よくわかんないや、あ、私も一応、年齢的には大人に分類されるんだった。なんて、ぼんやり思うけど、もちろん別に数字にこだわることを批判したいわけではなくて、社会って、そういうもんだよなあ、と思っているというだけなのだ。
しかし、仕事のなかの順位ならまだ、我慢できるのである。とくに私みたいな女の場合、仕事以外にも、結婚する道もあるし、趣味を頑張っている場合もあるし、美しさの判断基準もある。女にはいろんな判断基準がある。つまりイコール、言い訳がきく。仕事で一位じゃなくても、他のところでは一位だと思えば気が楽だし、そうやって言い訳をしていれば、そこまで傷つかずにすむのだ。で、他の部分に自信がない人は、仕事を一生懸命やって、仕事で一位になればいい。そうすれば、仕事での成果が自分の価値だと思える。
でもそういういろんな判断基準のなかで、一位になれなかったとき、もっとも苦しいのはやっぱり、人気というカテゴリーだと思う。人気投票。人気ランキング。これである。人気というのは、ふつうに生きていれば、数字では計れない。でも計れないからこそ知りたくないし、知りたい。気になることだ。
だから、AKBの女の子たちというのは、本当にすごいなあと思いつつ、私はけっこう真剣に、総選挙を見てしまうのだ。彼女たちの葛藤や、悔しさや、焦りや、いろいろなものがぐちゃぐちゃ集まって、苦んでいるのを見るともう、なんだかたまらない気持ちになる。自分の人気を、自分の人としての価値を商品にして競りに出すなんて、並大抵の覚悟じゃできない。ものすごく勇気のいることだ。苦しいことだ。辛いことだ。
まして、ふつうは数字で表せない人気を、投票という形にして無理やり数字で表すというのが、秋元康のむごいところというか、ひどいところというか、でも、すごいところというか。
この前のAKBの総選挙も、やはり、食い入るように見てしまった。今年も、とても面白かった。私は投票するほどのファンではないので、ただオブザーバーとして画面を通して応援しているだけだったが、なんだか、見ているとこっちまではらはらして、気がつけば、Tシャツのすそを握りしめていた。
高橋みなみのスピーチなんか、大泣きしてしまった。リーダーだからこそ、このチームを好きだからこそ、自分は一位をあきらめる。次の世代が上にいけるように、自分は一位になりたいとは言わない。
でも、心の底では、本当の本当は、一位になりたい。
当たり前だ。誰だって、一位がいいに決まっている。
もしかすると、めんどくさいから、ほどほどの二位の立場でのんびりしているのがいい、なんて人もいるだろうが、少なくとも私は、AKBにいたら絶対に、一位になりたいと思ってしまうだろう。
そう、私がこの総選挙を毎年食い入るように見てしまうのは、AKBという小さな、けれど彼女たちにとっては大きな階級社会のなかで、必死に生きて、もがいて、自分の価値をなんとか見いだそうとしている姿を、自分と重ね合わせてしまうからだ。
たとえば、男と女があつまるコミュニティでは酒が入ると必ずと言っていいほど、男たちの間だけでこっそり、女子のなかで「あの子が一番かわいい」「いやあの子だろう」「いいや、きっとあの子だ」という話題が出る。女たちの間だけでもこっそり、男子のなかで「彼氏にするなら誰がいいか」「結婚するなら誰がいいか」という話題が出る。
そういうのは、仕方ないのだ。ドラフト会議みたいな、ある種、下世話な話というのは、盛り上がるし、面白い。どうせ自分が関係してるわけじゃないし。自分が損するわけじゃないし。噂されてる本人たちにだって、言わなきゃどうせわかんないんだし。
でも、そういう噂話というのは、必ずと言っていいほど、本人の耳に入るのだ。そういうもんなのだ。いくら、「今日話したことは他言禁止な」と決めたとしても、どうせ酒の席での約束なんて、次の日になれば忘れる。そして次に酒が入った時には、リミッターが切れて、調子に乗って本人たちの耳に入れたくなるものなのだ。変な背徳感とエクスタシーが混ざり合って、「本人に言ったら傷つくだろうこと」を言うのは、気持ちがいい。悪いこととは知りながら、ときどき、そういう下世話な優越感を食べてみたくなるものなのだ。自分は何も知らないふりをして、本人が傷ついているのにも気がつかないふりをして、言う。ずるいことに、人はそういうときにだけ、馬鹿になろうとする。
「ねえ、この前さ、あいつらが、ここではあの子が一番かわいいって、言ってたよ」
と、遠くにいる、当の本人を指差して言う。
「ええ、そうなんだ。たしかに、めっちゃかわいいよね。ていうか、やっぱりそういう話、するんだ! 男子ってサイテー」
「まあまあ」
なんて、いざとなったら自分ものりのりでそういう話をするくせに、いざ誰かが、自分の知らないところで、自分に順位をつけているのだと思うと、死ぬほど、腹が立つ。
誰かが、自分以外の誰かが一位だなんて、ききたくもない。自分よりも順位が上の人がいるという事実そのものが、いやなのだ。
頭では、私なんて、一位になれる器量も明るさも女らしさも、人間としての魅力もないことくらい、わかっている。重々承知している。
でも、頭と心というのは、どうしても分離するものなのだ。頭で受け入れられることと、心で受け入れられることは、全然違う。「一位になりたい」、そう吠えている、自分じゃわからない本能みたいなものに、逆らえない。悔しい。悲しい。そんなこと、聞きたくなんかなかった。
でももちろん、内心で怒っていることなんて、表には出さない。自分はあくまでも順位なんか気にしていない風を装う。現段階で一位だと言われている人を褒めて、立てようとする。順位を気にしていることがばれでもしたら、ますます、自分の順位が下がってしまうかもしれないからだ。
「いや、でもさ、俺は言ったんだよ。俺はお前が一番かわいいと思うって」
そして、そうきいて傷ついている時に、「お前が一番だ」なんて言われると、死ぬほど嬉しいのだ。目の前の男が、自分を一番だと思ってくれるなら、それでいいんじゃないかと思えてくる。
きっと男の方も、「あの子の方がかわいいとみんな言う」と言えば、自分が傷つくと知っているし、「俺はお前が一番かわいいと思う」と言ってほしいのだということも、わかっている。わかっている上で言っているのだ。
そしてこちらも、相手がそういう、こちらの気持ちを読んだ上で言ってきているのだということも、わかっている。頭はわかっていて、それでいて、心は嬉しい。
女心、なんて、とても綺麗なもののような響きだけれど、本音を言えば、女心を持って生まれてきてしまったこと自体が、死ぬほど憎く思えることもある。
こんなものなければ、苦しむこともなかったのに。順位なんか気にすることもなかったし、面倒な色恋に巻き込まれることもなかったのに。
男の社会はどうか知らないけれど、女というのは、実はかなり、順位とか、「あっちの方が」とか「こっちの方が」とか、そういう言葉に執着するものなのだ。
AKBの総選挙というのは、そういう女社会が凝縮されているような気がして、普段は「一位になりたい」という本音を隠さなきゃいけない自分のかわりに、一位を目指す野心をむき出しにする彼女たちが自分の女心を代弁してくれているような気がして。だから、なんだかんだ、いくら踊らされていると言われても、見てしまうのかもしれない。
一番がいい。
一番がいい。
なんでも、一番がいい。
はじめに、私は、嘘をついた。
女は、いろいろなものさしがあるから、仕事で一位じゃなければ、プライベートで一位の何かを見つけようとすればいい、と書いたけれど、本当は、違う。
本当は、なんでも、一番がいいのだ。私は。私という女は。
仕事でも、プライベートでも、美しさでも、なんでも、一番がいい。とにかく。
どの分野でも一番がいい。どこでも一番になりたい。誰からも一番だと思われたい。
たとえば料理とか、そこまで自分が好きじゃないことや、こだわろうとしていることじゃなくても、他の女の子が料理がうまいところをみんなに褒められていると、自分も料理ができるとアピールしたくなる。自分の方ができるのよ、と言いたくなる。
それは結局、人気ランキングで一番になりたいからなのだ。
目には見えない、この社会での総選挙を、自分のあたまのなかで勝手に作り上げて、一位になろうともがいている。
本当は誰も立候補していないのに、勝手に自分のなかだけの総選挙に出させて、こいつより自分は上か下かとか、ここでは誰が一位かとか、仕事力とか女子力とか人間力とか、そういういろんな要素を含めた総合力で競っている。
誰も参加していないレースのなかで、私は勝手に空回って、無理して、肩肘をはって。
そうして、順位をつけるのをやめられないのを、社会のシステムのせいにして。
本当なら、自分を一番に思ってくれる誰かがひとりでもいてくれれば、それで十分幸せなのに。
めんどくさい女だと、自分でも思う。
考えすぎで、嫉妬のしすぎで、気持ちが悪い。
自分で自分を不幸せにしている。不幸になりたがっている。
自分の悪いところや、気持ちが悪いところや、醜いところや、汚いところばかりを、数えて、数えて、数えて。
ああ、もしかして、まさか、考えたくはないけれど。
私は、もしかすると、不幸の数ですら、一位になろうとしているのか。
自分の嫌いなところや、コンプレックスや、醜いところや、汚いところを、ひたすら、毎日毎日、日めくりカレンダーみたいに、数えて、数えて、数えている。
まるで不幸であることに、自分がダメであることに執着しているみたいに、私はいつも、自分のだめなところを探す。治したくてもなかなか治せないところを探す。
嫉妬深いし、プライド高いし、自分に甘くて人に厳しいし、自己中だし、自分勝手だし。
でもきっとそれは、みんな同じことで。
コンプレックスというのは、少なからず、みんな持っていて、自分のこういうところがいやだ、とひとつも思っていない人というのは、案外少ない。
私はそういう自分の弱さや、汚さを、売りにしようとしているのかもしれない。みんなの味方ですよ、とアピールしようとしているのかもしれない。
私はこういうダメな人間です。
弱いです。
汚いです。
みんなと同じです。
だって、あの総選挙で一位になった子だって、そういう、「ダメな子」だったから。
ダメな子というのは、人気がある。
欠点がたくさんある子は、人気がある。
そういう魂胆から、自分の醜さを吐き出そうとしている自分は──。
なんて──なんて、ずる賢い人間だろう。
ほら、こういう一言も、自分が一位になるための策略のひとつに、違いないのだ。
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