デフォルト「奇跡」《天狼院通信》
その銀行員の方の名刺には、「渉外課」という文字があった。
僕は、あいにく、それをどう読むかわからなかった。
天狼院の窓側のテーブルの席で、僕らは対面していた。
「これって、なんて読むんですか?」
あんまり見ない漢字ですよね、とその銀行員の方は言った。
「しょうがい、と読みます」
「なるほど、交渉の渉ですもんね。つまり、外で交渉する課ってことですね」
そのとおりです、とその方は頷く。
聞かれるままに、僕は最近の天狼院の状況について、衒うでもなく、ありのままに語っていった。
会社における第七期(2015年4月1日〜2016年3月31日)の間に福岡天狼院、京都天狼院をオープンさせる予定であるということ。
12月26日に再び劇団天狼院で大きな公演を催す予定であること。
天狼院には資金がないが、書籍の在庫と保証金で、負債額がまかなえる、すなわち今廃業してもプラスになるということ。
天狼院の最大の弱点は「処理能力の不足」で、4月から段階的に契約社員および社員を登用していく予定であること。
第七期の予算は、第五期の3倍に設定しているということ。
もはや、書店から、新しい「天狼院」という業態になりつつあるということ。
2022年の上場を考えているということ。
「実は、御社に興味があって、少し前から調べさせて頂きました。法務局で会社の登記謄本も取らせてもらいました。3月22日の劇団天狼院の公演にも行かせて頂きました。とても、魅力があると思い、何度か店にも通わせて頂いています」
法務局まで行くというのは、それほど本気だということだろう。しかも、豊島公会堂のあの日の公演にも来て頂いていたという。それも、普通ではない。
ふと、NHKドラマの『ハゲタカ』の1シーンが脳裏をよぎった。
銀行とは、晴れの日に傘を貸し出して、雨の日に傘を取り上げる。
それを思うと、少し、可笑しくなった。
お金に関するプロ中のプロが、まだ晴れていない天狼院に、「晴れる兆し」を見出しているということではないか。
思えば、天狼院をオープンするとき、いや、起業するときからずっとだ。
僕は資金に関して、頭を下げ続けてきた。徹底的に、頭を下げてきた。
天狼院をオープンする際も、様々な金融機関を回って、頭を下げ、本一冊に相当する8万字の事業計画書を提出して、「奇跡」的に融資を取り付けた。
それが、その日は、逆に銀行の方から来てくれている。
要するに、今の主要銀行ではなく、自分のところと取引を開始して欲しいという話だった。
簡単にいうと、必要であれば、資金を用意できるという話だった。
その方の話を聞くと、至極合理的な話だった。
天狼院の与信は、2年前に天狼院をオープンする際に参考となった第四期の決算よりも数倍の規模に達しているので、以前調達した以上の資金を調達できる可能性が高い。しかも、そのときは、1店舗目であり、さらにハードルが高かった。
福岡天狼院、および、京都天狼院をオープンする際には、福岡、京都の金融機関ではなく、東京の本社で調達するほうがいい。
プロと話をしているうちに、僕の頭のなかには、近い将来の天狼院の進むべき道筋が明確になってきた。
僕は、何も、不可能なことに挑戦しているのではない。
銀行員の方も、合理的だと思うビジネスを、今まさにかたちづくろうとしているということだ。
起業する際も天狼院をオープンする際も、僕には、そもそも、資金がなかった。
しかし、気づけば、今日から僕は社長7年目である。
起業生存率が低いと言われる中、僕はしっかりと自分の脚で立って生きている。
生き残っている。
今だから言えることだが、天狼院をオープンして1年半の間に、おそらく、8度ほど本気で倒産の危機があった。
様々な人に助けてもらいながら、それをまるでジブリ映画『天空の城ラピュタ』でパズーがシータを「すり抜けながらかっさらった」ような際どさで、切り抜けてきた。
考えても見れば、天狼院をオープンできたこと自体が、客観的に見れば「奇跡」だろうし、そして、今こうして営業を続けられていることも、同じく「奇跡」だろうと思う。
様々な窮地は、きっとそれぞれ、成功率1%未満のところをすり抜けてきて、それを連ねれば、天狼院が生き残っていることは、もはや天文学的な数値でしか測れないようなことだ。
これまでの天狼院はデフォルト、すなわち「基本設定」が「奇跡を起こすこと」だったのだろうと思う。
つまり、1%未満の可能性を当然のようにくぐり抜けるのが、宿命づけられていたのだろうと思う。
そして、天狼院はそれをくぐり抜けてきた。
当然のように「奇跡」のようなことを成し遂げてきた。
天狼院は数多くのメディアに取り上げて頂いている。
テレビや新聞、ラジオに出るのも、もはや珍しくなくなった。
けれども、正直いってしまえば、僕はそのことに関して、なんとも思っていない。
たとえば、それは「ブランド」と名づけられたブタの貯金箱に500円をチャリンと毎回貯めていっているような感覚で、それが到達でも達成でも成功でもないことは明らかだ。
また、たしかに客観的に見れば、奇跡のようなことを成し遂げてきたのだろうけれども、僕にとってはそれも大した感慨ではない。
結局は、成せるか、成せないかは、あらゆることにおいて50%でしかない。
それをただ、成してきただけのことだ。
正直、毀誉褒貶に関して、僕は一切、興味がない。
田舎の母がたまに電話を寄越して、「NHK観たよ」と騒いでいたり、天狼院のスタッフの親御さんたちが、「また天狼院がテレビに出ていたね」と言ってくれるのを聞いて、それは良かったと他人ごとのように思うだけだ。
もちろん、天狼院に対する批判も聞こえてくるが、それに関しても、何ら関心がない。
なぜなら、まだ生まれて1年半しか経っていない幼虫にすぎない天狼院に、蝶の羽の美しさについて言われても、苦笑するしかないからだ。
また、馬の鑑定師が店に来て、「この店は毛艶が良くない」と評したところで、「これは同じ乗り物ですが、馬ではなくて、車という新しいもので、そもそも毛がないんですよ」と説明する時間もないし、その必要性も感じていない。
僕は社長7年目あり、いよいよ、ランドセルから卒業すべきころである。
東京天狼院。
雑誌『READING LIFE』。
劇団天狼院。
映画。
細かいことで言えば、
こたつ。
天狼院秘本。
部活。
ラボ。
天狼院LIVE。
堕落庵。
天狼院の福袋。
処方箋。
書店劇場化。
ステージ上の漂流書店。
長岡大花火での書籍販売。
天狼院BOX。
天狼院TV。
天狼院のメルマガ。
天狼院の原稿用紙。
メディアグランプリ。
秘密結社2629(34)。
と、枚挙するのにきりがない。
これまで、十分に可能性は散りばめてきた。
これからは、本格的に「経営」というものに取り組まねばならない。
まだ、その段階ではないとは思いますが、とその銀行員の方は言った。
「興味があれば、うちの系列のベンチャーキャピタルを紹介します」
上場ということになれば、また、様々な可能性が広がる。
もっとも、その方がいうように、まだその段階ではない。
「今のうちにお引き合わせしておけば、何かといいかと」
僕は、飛行機が好きだ。
離陸する前に、全力で滑走し、ふっと重力を振りきって、空に舞い上がるとき、僕は何度乗っても泣きそうになる。
あるいは、天狼院は、企業にとっての「テイクオフ・ポイント」をまもなく迎えようとしているのかもしれない。
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