『誰もあなたに興味がない』という、ポジティブな絶望
記事:永井聖司(チーム天狼院)
「ねえねえ、さとしくん、遊ぼうよー」
「やだ」
最近実家に帰ると、小学1年生になったばかりの甥っ子が離れない。
甥っ子の視界に入ってしまえばそれが最後、延々と遊びに付き合わされる。追いかけ回したり、高い高いみたいなことをしたり、ブロックで遊んだり、一緒にアニメを見たり……。
好きでいてくれるのはとても嬉しいし、可愛いことに間違いはないのだけれど、無尽蔵の体力にはさすがに付き合いきれない。
バテて寝転がり、甥っ子からの遊びを拒否する。
しかし、甥っ子は諦めない。
尻を叩く。のしかかる。おもちゃの剣を使って等々、様々な物理的攻撃で気を引こうとする。
でも、僕もそんな攻撃にはもう慣れた。目を閉じ、攻撃を耐え忍ぶ。
その内、攻撃がなくなったなと思ってチラリと片目を開けて見てみれば、拗ねた様子でこちらに背を向けている。かと思えば、チラリとこちらに目を向けて寂しそうな顔をする。
攻撃力の高い、すねる&かわいい攻撃である。
心が揺らぐのを感じつつも、これも何度も過去に受けた攻撃である。
僕はまた目を閉じ、受け流す。
そしてまた少し時間が経つと、今度は温かな体温が、体にくっつくのを感じる。
「さーとーしー、くん」
温かな息が、顔にかかる。
何が起こっているかは、わかっている。
ゆっくり目を開けると、鼻がひっつくぐらいの距離に、甥っ子の顔があった。
「あーそーぼ」
「やだ」
ぷにぷにの柔らかな肌、つぶらな瞳、小さな顔、声変わり前の幼い声。全てに誘惑されてしまうが、僕は間髪いれずに拒否をする。
二回り近く歳の離れている僕の、体力の衰えをなめないでほしい。ついさっき、30分ぐらい一生懸命遊んだじゃないか。
「さーとーしー、くん」
「やだ」
「あーそーぼ」
「いーや」
「さーとー」
「や」
「あーそーぼ!」
あああ、もう!!
結局僕はまた、完敗した。立ち上がり、甥っ子を抱き上げ、遊び倒した。
「きゃははは!」
あんなに拒否していたのに、甥っ子の笑顔を見てしまえば全てが吹っ飛んでしまうから、本当に卑怯だと思う。
おかげで、東京に戻る電車の中ではぐっすり眠ることができ、翌日は久々の筋肉痛に襲われた。
こんな敗北の歴史を繰り返す度、子どもは本当に、人を動かす天才だと思う。何か行動を起こせば、大人が動いてくれると確信をしている。
自分が1番。みんなが自分に興味を持っている。
そんな風に、思っている。
思えば僕も、そうだった。
「聖司、うるさい」
小さい頃、朝の食卓でのことだった。
僕はよく、6歳上の姉から注意されていた。
姉と母、父と僕の朝ごはんの時間。僕は、テレビに流れるニュース番組のテロップをひたすら読み上げていた。
いつから、何がきっかけで始めたのかはわからないけれど、ある一時期、僕は狂ったようにこれをやっていた覚えがある。
そして冒頭の通り、姉や、時には母に注意される。
「はーい」
その度僕は、わかったフリをした返事をする。
そして翌日また、テロップを読み上げる。
今考えてみると、まったくもって意味不明である。
でも、「どうして」そんなことをやろうと思ったかは、簡単に想像が出来る。かまってほしかったからだ。
怒りであったり注意であったり、決してポジティブな感情ではないかもしれないけれど、それでも狙い通り、姉や母はリアクションしてくれた。かまってくれた。
その成功体験が癖になって、何度も何度も、繰り返してしまう。
まったく甥っ子のことを叱れたもんじゃないと、今なら思う。
自分が中心。声を上げれば、顔を出せば、みんなみんな注目してくれる。興味を持ってくれる。
そう、思っていた。
そしていつしか テロップを読み上げるという『奇行』が収まった後、残ったものがあった。
自意識過剰な自分だった。
人前で、意見が言えない。
みんなが僕に注目していて、変な発言ををすれば、バカだ、と思うに違いないからだ。
先生に、人に、質問が出来ない。
とんちんかんな質問をしている、と、言葉には出さないでもバカにされているかもしれない。
知らないお店に入れない。
お店のレベルに合っていないと思われているかもしれない。飲食店だとしたら、注文の仕方やサイズの呼び方がわからず、恥をかくかもしれない。そしてきっと僕が帰った後、店員たちが僕を馬鹿にしている……!
試着が出来ない。ミスをしてもすぐに報告できない……等々、自意識過剰のせいで損したことは、数えきれない。
その考えを治さなければ、と思うこともよくあった。
「永井さん、永井さん、ちょっと!」
それでも、治すことができずに、ついにはこれが僕の性格なんだ、個性なんだ! と、一生添い遂げるしかないのだろうと諦めようとしたこともあった。
そんな時、とても小さな、でも僕の人生からするととても大きな、事件が起こった。
3年ほど前のこと。
その時僕は、前職の仕事の関係で、転職サイトの取材ということで、とある企業を訪れていた。 ライターさんとカメラマン、そしてディレクター役の僕との3人体制で取材を行なっていた時のこと、1人社員さんの撮影を行なっていたはずのカメラマンが、慌てた様子で僕のところにやってきたのだ。
「社長さんと女の従業員さんが揉めてて……」
「えっ!?」
慌てて急行した僕が現場を覗くと、確かに社長さんと、女性の、30代後半ぐらいだろう女性の従業員の方が喧嘩していた。
「何があったんですか?」
「それが、女性従業員の人が、WEBに顔を出したくないって言ってるみたいで……」
「はぁ!?」
本人たちに聞こえないよう、僕は思わず声をあげてしまった。
聞けば社長さんが、事前に女性従業員の方に取材があることや撮影があること、WEBに写真が載ることなどを説明していなかったらしい。
最初は、「私、顔出しNGなんで」と軽く流そうと思っていた女性従業員の方だったけれど、社長さんがそれを許さずエスカレートしていき、しまいには、「そんなに無理強いするなら会社を辞める!」とまで女性従業員の方が言い放つまでに発展した、とのことだった。
大きくため息をついた後、その会社の担当者の方と相談をし、別の方にモデルをチェンジするなどの措置を取りつつ僕は、ひどく冷めた心で、その女性の対応について考えていた。
『誰も、あなたに興味なんてないですから……』
もちろん、事前に連絡をしていなかった社長さんが悪い。その女性には、どうしても顔出しできない事情があったのかもしれない。
だとしても、たかが写真1枚WEBに載るだけでなんだと言うのだろう。
掲載される転職サイトは、転職サイトの中でも掲載企業数ナンバーワンのもので、広島市内だけで見てみても100以上の企業・職種が掲載されている。
転職サイトに登録しなければ見られない、その上、100以上ある企業の中から探さなければ見つけられない、そして掲載時期が終わればWEB上での公開も無くなる。その女性の知り合いの目に触れる可能性はとてつもなく低いのだ。
それなのに、写真を断固拒否するなんて、
『自意識過剰だなぁ……』
モデルチェンジした他の女性の方の写真撮影をチェックしつつ、僕は心の底からそう思った。
そして、自意識過剰ってこういうことか、と、改めて自分のことを思い返した。
『そうか、誰も僕に興味なんてないのだ』
とてつもなく当たり前の事を、こんなタイミングになって、僕はようやく理解した。
思えば、大学生時代にコンビニでバイトをしていた時、僕は一人ひとりのお客さんのことを気にかけていただろうか。毎日くる常連さんのことはさすがに覚えた。
でも、毎日何十人とやってくるお客さん一人ひとりの顔や言動、何を買ったかまで、気にしていただろうか?
そんなことはない。
気になんて、していなかった。
街ですれ違った人、コンビニの店員さん、たまたま入ったお店の従業員の人などなどなど。毎日何人何十人何百人と出会う人々のうち、気にしている人なんて、どれぐらいいるだろうか。
視界に一瞬入っただけで、すぐに遠くに、消えていってしまうのだ。
『誰も、人のことなんて気にしていない』
とてもネガティブな、真実だ。
でもだからこそ、気にしてもらうために、僕たちは手を尽くさないといけないのだ。
甥っ子が、僕に対して尻を叩いたりカンチョーしたりと攻撃をしてきたり、僕の反応が悪けれな攻撃方法を変えて拗ねたり甘えたりするように、考えて、手を尽くさなければいけないのだ。
人と話す時、こうして記事を書く時、お客様や取引先と商談をする時……。
いつもいつでも、僕に興味を持ってくれていると、勘違いしてはいけない。
いつでも気にかけてくれていた、優しい母や姉のような存在は、もういない。
『誰も、僕に興味がない』
と絶望するから、考えられるのだ。
どんな言葉を使えば良いのか。
どんな武器を使えば良いのか。
どんな戦略を使えば良いのか。
甥っ子がそうであったように僕たちもいつも、かまえってもらえる努力を、忘れてはいけない。
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