こんな感情になるなら、こんな本、読まなければよかったのかもしれない。
記事:山本海鈴(チーム天狼院)
窓から太陽の光が差し込む。
心地よい初夏の風が、カーテンを揺らす。
なんとなく目が覚めた、晴れた日の、早朝。
……それなのに。
ああ、イライラする。
どうしようもなく、私は苛立っていた。
その日は、朝から何かを読むにはちょうど良い気候だった。
そうだ、「アレ」を手に入れたんだった!
ベッドから這い出し、棚に積み置かれた一冊を手に取り、表紙をめくり始める。
めくり始めたら最期。
一瞬、だった。
気づけば、あっという間に最後のページに来てしまっていた。
本をパタリと閉じた。
自分の中に、ある感情が芽生えていたことに気が付いた。
……ああ、イライラする。
こんな感情になるのは、いつ以来だったっけ。
もしかすると、高校生の頃以来かもしれない。
本当に、久々のことだった。
そうだ。
私はこの感情を、大人になるにつれ、どこかに置いてきてしまったのだ。
それは、天狼院「10代目秘本」を読み終えた後の出来事だった。
「天狼院秘本」とは、天狼院書店店主の三浦が、
「これは良すぎて、あまり人に教えたくない! 自分だけのものにしておきたい!」
と思えるくらいお墨付きの、超オススメ本を販売している、天狼院書店の人気シリーズだ。
本には黒いブックカバーが掛けられており、その中身は、買った人にしか分からない。
しかも、人に中身を教えてはいけない。
・タイトル、秘密です。
・返品、できません。
・他の人には教えないでください。
こんな条件でお出ししているにも関わらず、発表と同時に予約が次々と入るのが、「天狼院秘本」だ。
先日、ついに発表されたのが、「10代目秘本」だ。
率直な感想を言おう。
ただただ、イライラした。
何だか、胃のあたりがムカムカして、掻き毟りたくなる衝動に駆られていた。
だけど、そんな感情を覚えているのにも関わらず、目が、紙面上から離れない。
ページを読み進める手が止まらない。
主人公を見ていると、私はなぜだか、イライラした。
……いや、厳密に言うと、それは、ただの「イライラ」ではなかった。
「嫉妬」だ。
この物語の主人公は、ある道を、しっかりと自分の意思で選び、進んでいた。
そしてそれは、私も同じようなことを、昔に思ったことがある。
高校生の頃だ。
けれど、そんな道は、将来どうなるか分からなかった。
そもそも、まったく畑違いの道だった。
そんなところに行ってどうするの? 何がしたいの?
そう言われるのがオチだったからだ。
私は、いわゆる「優等生」だった。
人が「良い」と思ってくれるレールの上で、うまいこと評価されるような道を、あえて通っていった。人が「良い」と思う道が、正解なんだと思っていた。
……でも、本当のことを言うと。
本当は、やりたかった道があった。
けれど、私には、勇気がなかった。
勇気がなくて、その道1本に絞ることが、怖くて選べなかったのだ。
度胸のない人間だった。
それを隠すように、いわゆる人が「良い」と思うような道に、無理やり目を向けていた。
負けず嫌いが幸いして、必死で戦った。
気づけば、その「良い」と思われるような道に、進むことにはなっていた。
この主人公は、私ができなかったことを、こんなにも必死になって自分と向き合い、戦っていた。
それを思うと、なんだか気が狂いそうになってしまう。
こんなに、死に物狂いで何かに向き合ったことなんて、ここ最近、あっただろうか?
そうだ。
何か、私の中で、糸が切れたようになってしまったのは、そんな高校時代が終わってからのことかもしれない。
「若い頃だったからこその衝動だ」と言われれば、そうかもしれない。
けれど、習っていたピアノで、まだ練習期間が浅いにも関わらず、「この曲を一度も間違わずに弾けるまで、夕食も食べずに、絶対に弾き続けるのをやめない」と、泣きじゃくりながら意地でも弾き続けたり、
テストで人に負けて、気が狂いそうになるくらい悔しさを覚えたりするような、
「どうしても、何が何でも、やってやる」
という、意地汚くて、グチャグチャしたゾンビのような気持ちが、大人になるにつれて、失われてきてしまっていることに、私は気付いたのだ。
高校生の頃の自分が、その道を選ばなかったことは、今更もう、どうすることもできない。
大事なのは、そこじゃない。
昔の私も、ギラギラして、何が何がなんでもやってやるよチクショー、と思いながら、目の前のことに全力でぶつかっていった感情を、確かに持っていたはずなのだ。この主人公のように。
それは、楽をする方法を覚えて、「大人になった」という理由をつけ、ただ力をセーブしているだけなんじゃないのか?
そんな風に、事実を突きつけられたような気がした。
だけど、本当は気づいていた。
これくらいの熱量を持って、何くそ、と戦うことは、心の底から気持ちいいものだということにも。
この本が、私の剥き出しの感情を引き出し、教えてくれたのだ。
ああ、こんな気持ちになるくらいなら、本当は、読みたくなかったんだ、こんな本。
お前もここまでできるんだろ、やれよ、やってやれよ、と、首根っこを持って問い詰められる。
胸が苦しくなる。
分かっている、そんなこと。分かってるんだよ。
だけど、読んでしまう。
何度も、何度も。
だって本当は、その気持ちを思い出したいと願っているのは、他の誰でもない、私なのだから。
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