引き算が上手い人はダンスも上手い説について《海鈴のアイデアクリップ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」に参加したスタッフが書いたものです。
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たとえば髪を結い上げた女性のうなじだったり、男性の骨ばった手であったり。
視覚的に「おっ」と思ってしまったが最後、もうその一点に気を取られて、目を離せなくなってしまうことがある。
ダンスにも、同じ現象が起こるときがあるのだ。
ガールズグループや、イケメン集団がパフォーマンスをしているテレビの画面をぼんやりと眺めていると、ふいに画面の片隅に、「おっ」と思わせる人物が映った気がすることがある。
顔も、名前も、実はほとんど知らない。
なのに、踊っているその一瞬を見ただけで、一目惚れのように、恋に落ちてしまうことがある。
「この人は、何かが違うぞ」と。
そう思ってしまうと、もはや手遅れ。激しく移り変わるカメラワークの中で、名も知らないその人を、必死に探してしまう。
画面に映るそのたった一瞬で、頭から指先までの動きを、すべて記憶するべくテレビにかじりつく。
そういう魅力をもったダンスを踊る人がいるときがある。
「ダンスが上手い」とは、何をもって「上手い」とするのか。
明確な基準はない。試験なんかとは違い、明確な模範解答があるわけではない。
みんな同じ振り付けの、同じダンス。
それなのに、なぜか、どうしても惹かれてしまう。
目を離せなくなってしまう。
ほとんど感覚値でしかない、ぼんやりとしたイメージを言葉にするならば、ダンスが上手い人は、よく、こう評されるように思う。
キレがある。
全身をフルに使っている。
身体の可動域が大きい。
ダイナミックな踊りは、人の目を惹きやすい。一見「ダンスが上手い」ように見せることができる。初見は、見ている側も、そういう風に思う。大きい動きは、分かりやすいのだ。
私も、大きい動きでキレをつけて踊ることで上手に見える、と思い込んで踊っていた。
けれど、後になって自分の踊りを撮ったビデオを見て、先生とのあまりもの差に、愕然としてしまった。
ダイナミックでキレのある踊りをするだけでは、ダンスが上手いとは言えないのだ。
全力で踊るなら、誰でもできる。
それはダンスが上手いのではなく、ただの自己満足でしかなかった。大げさにキレをつけているせいで、無駄な動きばかりが目立っていた。
どちらかというと必死感が前面に押し出され、それが見ている方まで伝わって、すんなりその踊りを楽しむことができなかった。
上手いダンスには、もっと別な要素があるのだ。
何度味わっても飽きないような上手いダンスは、麻薬のようである。
見れば見るほど、細かい動きを一体どのようにしているのか、解明したくなってくる。どれくらいの力加減なのか? どんなことを意識して、その動きをしているのか? 身体に落とし込んだときは、どんな感覚なのか?
動画を手当たり次第にあさって、ほかと何かが「違う」人をずっと追いつづけていると、ある共通点があることが分かってきた。
ダンスが別次元に上手い人というのは、とんでもなく引き算が上手いのだ。
彼らの基本姿勢は、いたってナチュラルだ。自然体で、とてもリラックスしている。
だから胸も開いているし、肩にも余計な力が入っていなくて、ストンと落ちている。肘から先も、ガチガチに固くなりすぎていない。
だからこそ、可動域が大きく、そこから繰り出される一瞬の動きに、さらなるキレをもたらしているのだ。
余分な力が入っていると、ある一つの動きから次の動きに向かうとき、身体のパーツの軌道が大振りになってしまうこともある。
ただ全力で踊っているときに無駄な動きが大きくなってしまうのは、そのためである。美しくないのだ。
力を抜いて無駄な動きがなくなれば、最短距離でパーツを移動させることができる。スマートで洗練された上手いダンスを引き出しているコツが、ここにあるのだと思う。
胸が大きい女性は、多くの人が魅力的に感じる。
しかし、いくらカップサイズが大きくても、ウエストも同じくらいあったとしたら、それはただの肥満だ。
ダンスもまったく同じで、いかにボン・キュッ・ボンの「キュッ」の部分を作れるかなのだと思う。
できている人はあまりにも当然のようにナチュラルに踊っているものだから、一見分かりづらい。
けれど、その力の抜き方、つまり引き算こそ、上手いダンスを踊れるようになるためのポイントなのだと思う。
踊りが上手い人というのは、キレと引き算のバランスが、ものすごく絶妙なのだ。
ダンスの上手さは、少なくとも生まれ持ったセンスに左右される部分があるのかもしれない。
けれど、大部分は、その人の人間性がすごく表れるものだとも思う。
自分を大きく見せたい人は、必要以上の力を入れて踊ろうとするし、
努力家の人は、細かいところまで研究を重ね、足りないセンスを練習で補うスキルを身につけている。
魅力的なダンスを踊る人に共通している、ナチュラルに漂う余裕のある雰囲気。おそらく、日常生活のスタンスも、すごく自然的なものなのだろう。
変に力を入れすぎず、自分を大きく見せようとせず、決めるところは決める。
魅力的なダンスは、もしかしたら身体的不利に思えるようなところも、軽く飛び越えるのかもしれない。
ステージでパフォーマンスをする世界では、顔がどうだの、足が長いだの、そういった点にフォーカスが当たりやすい。
ダンスの上手いその人より、もっとスタイルがよかったり、手足が長かったりする人は周りに五万といる場合だってある。
だが、踊り出した途端、身体的特徴は一切問題ではなくなる。顔とか身長とかそんなことがどうでもよくなって、一気に魅力的に見えてきてしまうのだ。
むしろ、長い手足は、制御するのに大変なのではないかと思うくらいのこともある。
人の視線を集める吸引力のある人、すなわち華のある人というのは、顔でもスタイルでもなく、その人そのものが放つ、根底にある何かから来ているのだと思う。
「おっ」と思わせるダンスは、テクニックだけでなく、その先に、人のスタンスそのものも透けて見えているのかもしれない。
肩肘張らない自然体で美しいスタンスこそが、目が離せなくなってしまうダンスを踊る人の魅力なのだ。
Photo © Olga Ferrer Saladié
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