チーム天狼院

私は、あの男を一生許すわけにはいかない。《海鈴のアイデア帳》


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「……なにこれ」

思わず口をついていた。
もはや、うめき声にも近い心の叫びだった。

ふざけるな。
私は心の中で、もう4年もの付き合いになる彼を呪った。

それは、仕事が終わり、少し遅めの夕食を食べながら、スマホを見ていたときだった。
「開かないように、開かないように」と思っていたのに、私は、彼のことを、見てしまっていた。

腹が立った。
そんなものを、この後に及んで、私に見せてこないで欲しい。
だって、これ以上そんなことをされたら、もっと好きになってしまう自分が見えているんだもの。

思えば、彼との出会いは、2012年の年末だった。

友人Aが「ねえ、あの人、かっこいいよね。塩顏男子っていうの? 雰囲気すごい良いし、私好きかも」と言っていたのを耳にしたのが、最初だ。

「塩顏男子か……私、あんまり好きじゃないんだよね」

私は苦い顔をして答えた。
正直、流行りに乗って、みんなが「かっこいい」と言っているだけなのだと思っていたのだ。

そのとき知った彼は、バンドをやっていて、歌をうたっていた。
私がまじまじと彼を見たのも、歌っているところが初めてだった。

正直、最初に彼の歌を聴いたときは、「なるほどなー」としか思わなかったのが事実だ。
顔に似合った、まるみのある、けれど高らかに響く声だった。
アコースティックギターを弾き鳴らす彼の曲は、まるで、こたつに入っているかのような暖かみがあった。

彼のことは、「歌をうたう人」という認識しかしていなかった。それ以上でも、以下でもない。
それが、最初の印象である。

だから、びっくりしたのだ。
彼が、あんな一面、いや、二面も三面も、持っていた男だったなんて。

印象ががらりと変わったきっかけは、彼がダンスを踊ってるところを目にしたときだった。
とあるステージを見たとき、音楽に合わせて、軽快なステップを踏みはじめたのだ。

瞬間、目が釘付けになった。
彼の見た目は、明らかに草食系男子だ。運動なんて苦手中の苦手なのだろうと勝手に想像していた。

しかし、彼の踏むステップは、運動が苦手な人のそれではなかった。
むしろ彼は、全身で表現することの喜びにあふれていた。
振り付けは決して簡単なものではなかった。一朝一夕でマスターできるようなものではない。
つまり彼は、昔からダンスか何かをやってきているに違いない、と直感的に感じた。

ただの流行りの塩顏男子なだけではないのだな。
気づけば、私は、ステージの彼から目が離せなくなってしまった。

また別の日のことである。
ふと、彼がたまたま話しているところに遭遇した。しかしここでも私は、二度目の大きな衝撃を受けることになった。

話すだけでなく、その場で彼は、コントのようなものをして別の男と即興を楽しんでいるようだった。
それが、異様なまでの存在感なのだ。
それでいて自然で、まったく作り込んだ感じがない。とても肌なじみの良い佇まいだった。

話を聞いていると、あんな可愛い顔をして、彼は下ネタ好きだということが分かったのだ。

放送コードギリギリのところまで攻める発言をしておきながら、まったく、いやらしい感じのしない語り口だった。
まったく恥じることなく、堂々と、自らの性癖までを語るのである。
そこまで来ると、もはや清々しかった。それがむしろ、好印象を与えていた。
一緒にいる人は、みな彼の虜になっていくのが、遠くからでも見て分かった。

歌やダンスだけでない。
この人は、演技もできるのか?
そして飾りっ気のない人柄も、兼ね備えている。
どれだけ、引き出しがあるというのだ?

その頃からだ。
私が彼を目にするのを、だんだん躊躇するようになっていったのは。

彼のことを見ると、胸のあたりがモヤッとするのが分かった。

年を追うごとに、彼は、自分の仕事の幅をますます広げているようだった。その報告を耳にする度に、私は、自分と彼の距離にもどかしさを感じていた。
彼は、多方面から必要とされているのが、目に見えて明らかだった。

本当は、見たくない。
見てしまうと、胸のあたりがギュッとつかまれたような気持ちになる。
ふつふつと、憎しみにも似た感情が込み上げる。
だから、頭の隅にいつも彼のことを置いておくのは、もううんざりだった。

それなのに、それもとうとう、来るとこまで来てしまっていた。
気がつけばいつも、彼のことばかり頭の隅に浮かんでいるようになったのだ。

これは病気だ。
こんなにもずっと彼に執着しなければならないだなんて、卑怯だ。彼のことを考えると、なんだか、いてもたってもいられなくなるのだ。
向こうは私のことなんて、何とも思っていない。私だけがこんな気持ちになるのは、なぜだか、許しがたかった。

ふざけるな。これ以上、私のことを振り回さないでくれ。

私はできるだけ、彼のことを頭から排除しようと努めた。
できるだけ、平静に。何事もなく、日常を過ごすのだ。

そう誓っていた。

……はずだった。
ある日、友人Aが、ぽつりと言ったのだ。

「ねえ、最近、何かにつけて、彼のことばかり口にしてない?」

言われて初めて、気づいた。
できるだけ、頭の中から排除しようと思っていたのに、私は、結局、彼のことを忘れられないままでいた。
それどころか、ますます、気になる存在になっていたのだ。

なんでもできて、器用で、人に好かれる魅力のある彼のことは、嫌いだ。そう思っていた。

歌だって、初めは、「なるほどなー」くらいの印象でしかなかったくせに。
私はあんまりタイプじゃないと思っていた、塩顏男子のくせに。
インドア派な、草食系男子の印象が強かったくせに。

それなのに、私はいつの間にか、こんなにも彼の虜になっていた。

それは、彼が、私の欲しいものをぜんぶ持った、目指す人物像だからだった。
本当は嫉妬していたのだ。
だから、見たくなかった。嫌いだと思おうとした。

私は、自分に、誰にも負けない飛び抜けたものがないことが気がかりだった。

周りの人たちは、自分の武器が何なのかを理解し、それを最大限発揮していた。
体操でいえば、白井健三のような最高難易度の技を決められる選手が、私の周りにはぞろぞろそろっていた。

私は、自分の武器は何か? と聞かれたとき、すぐに答えることができないでいた。
私は、スペシャリストではない。どちらかというと、オールラウンダーなタイプだ。ゆえに、自分に武器がないことをとてもコンプレックスに感じていた。

おそらく、彼もスペシャリストタイプではない。
けれど、だからこそ、こんなにも彼は人の心を虜にできるのだ。

気づけば、あちこちに彼がいる。
あそこにも、あの場所にも、この分野にも、彼がいる。

オールラウンダーというのは、裏を返せば、どこでも重宝されるということだ。
一つひとつをしっかり伸ばせば、もしかすると、スペシャリストよりも広く必要とされる可能性があるのだということを、彼は身をもって証明していた。

さまざまな分野に精通していれば、それを融合させることによって、新しい化学反応が生まれる可能性だってあるのだ。
オールラウンダーは、むしろ、クリエイティブの塊なのかもしれない。

だからこそ、私は彼に憧れていた。
憧れていたからこそ、自分との差に、嫉妬していた。
目にすると、なんだか悔しくて、モヤモヤしてしまうから。
できるだけ見ないようにしていたのだ。

しかし彼は、「得意がない」は最大の武器であるということを、これでもかと体現している。

ふざけるな。
私は、彼を一生許さない、と思う。

これでは、スペシャルな才能がなくても、成功の道を上り詰められるのだということに、気づかざるを得なくなってしまったじゃないか。

「自分には得意がない」などとのたまうことは、ただの言い訳でしかないということを思い知らされるじゃないか。

あれだけ最初は好きじゃない、と思っていたのに。
いつの間にか、こんなに私のことを虜にしやがって。
あんまり好きじゃないって周りに言ってきたこっちの身にもなれってもんだ。

けっこう好きだ。

うそだ。

本当は、かなり好きだ。

いや、もっと本当のことを言ってしまうと、もう、あんたのことがずっとずっと大好きだったんだ。ばかやろう。

 

スマホでドラマの動画を開いた私は「……なにこれ」とつぶやいた。

それを見たら、もっと虜になるとわかっていた。
「開かないように、開かないように」と念じていたが、とうとうそのドラマの動画を、見ずにはいられなかった。

そして、ガッキーとのキスシーンになだれこむ彼を見るやいなや「ぬおおおおおおおおおおおおおお」と声にならない叫びを発したのは、言うまでもない。

スペシャリストでなくたって、私もいつか、ガッキーとキスするような何かを大成できる。

そう勇気づけられざるを、得ないじゃないか。

ああ、まったく。
なんて男だ。
星野源よ。

 

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