凝り性で飽き性なわたしが古本屋で見つけた至福について
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記事:香山ハク(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
昔から凝り性で飽き性だった。あちこち忙しく立ち回ったと思えば、急にアトリエに閉じこもり作業に集中するわたしの姿を見て、友人たちはどう反応していいのかわからなかったようだ。よく「サメみたい」と言われた。止まると死んでしまうからだ。
他人にわたしがどう映ったのかわからない。自分でもコントロール不可能な速さで、ひとつのことにのめり込んでは同じ勢いであっけなく手放す。すると、再び新しく夢中になるものがやって来る、という幸せな循環が起きるために深刻に考えることがない。完全なる社会不適合者だ。そして、この性質は大人になるにつれ強くなっている気がしてならない。ひとことで言えばいつも没頭しているのだ。
没入していると時を感じない。一瞬が永遠になり、1日が1秒になる。そこに正しさや答えはなく、絶えず流れつづけている自己感覚があるだけ。この流動的な至福は、なににも増して癒やしの効能があると自負している。
没頭とは、コスパ最強のセルフセラピーだ。高級温泉で全身マッサージをしてもらうよりずっとパワフルで、ひとりでに癒えてしまう。それに1円も掛からない。
“人は、なにかに夢中になっている時がいちばん幸せなのだ” と最初に知ったのは、ギリシャの哲学者アリストテレスからだった。
古本屋で見つけた『アリストテレス全集』は、陰キャだった17歳のわたしに光の衝撃を与えた。
物心ついた頃から「社会には希望がない」と本気で思っていたわたしは、高校の美術科に通いながら、絵ばかり描いて生きてゆけるの?と漠然とした疑問を抱えては難しい顔をしているのが常だった。いま思うと、世の中に絶望することで、みんなのようにキャッキャできない不器用な自分を慰めていたのだろう。塾もピアノもつづかない性格にコンプレックスを感じていたのだ。
そこに現れたアリストテレス先生。彼の残した言葉は現代の科学では間違っていることも多い。けれど、そこがかえって人間らしくて好きだった。完璧なんて存在しないことを彼自身が証明してくれている。こんなカッコいい先生どこを探してもいなかった。
アリストテレス先生によると、人として最高の歓びは「幸せの追求」だという。幸せでいることは人間のポテンシャルの極みであって、動物にはこの発想はない。自ら突き動かされクリエイティヴでいるときこそ、その人の才能が発揮される。
今考えると当たり前のことだ。だけど、17歳のわたしには突然、全人格を赦された想いだった。好きなことに没頭しそれを楽しみなさい。そうすることで人類の幸福度が上がるのだ、などと誰も言ってくれなかった。
『アリストテレス全集』は、わたしには難しくて半分も理解できなかったけれど、読むと豊かな気分になった。コートやカバンに入れて持ち歩き、いつも言葉に触れていた。
先生は言う。あなたはもっと集中して良い。他のことは放っておいて良い。同じく唐突にすべてを捨ててもいいし、昨日までの延長線上の自分を生きなくていい。あなたはあなた自身を幸せにする自由があるからだ、と。
もしも迷路に入りこでしまったときは、インスピレーションという深い海に潜り、そこから愛と知に教えて貰えばいい。それはあなたの中にある。
『愛と知』という言葉にときめいた。愛知県に住んでいるというただの共感かもしれない。確かなのは、これまで感じたことがなかった自分の未来にポジティブな印象が生まれた瞬間だった。
これまでどれくらい凝っては飽き、集中しては投げ出してきただろう。
海を描きたくて海岸沿いに引越しをしたのに、1年で森が恋しくなった。映画制作にハマりこんでヨーロッパ旅に出かけたかと思うと、ひょんなことからモノクロ写真に興味が移りフィルムカメラに熱中した。また、撮影で行った南フランスのオーガニック食材に影響され、すべての食事を有機食材に変えたこともあった。フードジャーナリストと出逢って瞑想に夢中になったときは、それを極めるために本気でスリランカに移住しようと思っていた(行かなくて良かったけれど)。
それって中途半端なだけじゃない? と人は言うかもしれない。そんな時、未完全な世界の愉しみ方をシェアしたくなる。実は、熱が冷めてしまったのではなく、全てはフラクタルに連鎖していたと言うのが正直なところだ。
Aという出来事からBが生まれ、Cという出逢いにつながり、それによりAとBがより極まる。まるで生き物みたいにモノゴトが動きだし、結果ウィンウィンで収まる。これが実に快適なのだ。
没頭は、さまざまな副作用があるのも忘れてはいけない。
たとえばわたしの場合、写真に夢中になったお陰で、フランス語とドイツ語を自然に身につけることができたし、印刷用紙にこだわって南仏のギャラリストに和紙の良さを伝えていたら、そのまま個展をすることになった。素人が安全な輸入食品のオンラインショップを紹介しているだけだったのに自ら運営することになり、コロナ禍では随分心強かった。おそらく損得で動いていたらできなかったことばかりだ。
それぞれが愛と知の賜物。17歳のかつてのわたしにありがとうと伝えたい。
最近サメ体質の人とよく遭遇する。そういうとき、この没頭の話をするようにしている。生きづらさを嘆くより、自らの強みを使いこなそうではないか、と。
飽き性は無力ではないことを自ら知る、この充足感を広げてゆくことは空の上にいるアリストテレス師匠への恩返しになりそうだ。
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