メディアグランプリ

本の神様のいたずら


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記事:まつもとみう(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
奇跡のような、運命のような、本との出会いがある。
その瞬間、その本に出会えたから前を向けた。
その時だったから、心が震えるほど深く共感できた。
そんな本と出会った時、ページをめくっていることを忘れるほど物語の世界に深く潜り込み、ああ、これは本の神様のいたずらだと思うのだ。
 
大学二年の夏、大失恋した直後の私は、空っぽになっていた。
まだ若く恋愛の仕方もわからなかった私は、生活のすべてにおいて恋人を最優先し、普通の生活がままならなくなってしまっていた。
彼と一緒にいるときは、授業もアルバイトも、サークル活動も無断で欠席してしまう。
彼は交友関係が広く忙しかったため、私は満足に一緒にいてもらえない寂しさから毎日泣いて暮らした。泣いて、泣き腫らしてついに疲れ果て、耐えきれなくなって別れることにした。
 
ボロボロだった私にとって、人間の生活をすることが第一の目標だった。自分のために部屋を清潔に保ち、あたたかくて栄養のあるご飯を作り、食べる。早寝早起きをする。大学に行って授業を受ける。
私を心配してくれた友人たちに支えられながら、ほんの少しずつ生活を取り戻していった。
 
しばらくすると大学は夏休みに入った。私の家族は、毎年みんなで祖父母の家に帰省する。
私は久々の家族との時間が気分転換になるだろうと思い、楽しみに空港へ向かった。
空港に着くと、飛行機の中での暇つぶしのために、売店で文庫本を一冊買う。
空港にある売店の文庫本売り場は大して広くないので、あまり吟味せず、その時々で話題になっている一冊を何となく買うのがいつものルーティーンだった。
 
今年も、何かめぼしいものはないかなあ、と思いながら売店に入って行くと、平積みにされた文庫本の中に、鮮やかな水色の美しい表紙が目に入った。
タイトルは、独立記念日。原田マハさんの本だ。
独立。独り、立つ。私もひとりで立てるようになりたかった。
見えない糸に引っ張られたかのように本を手に取り、すぐにレジに向かっていた。
 
夏休みのハイシーズンで、飛行機のなかは混雑していた。家族全員が並んだ座席は取れなかったので、私は家族と通路を挟んで隣り合った席にひとりで座ると、すぐに本を開いた。
 
独立記念日は、24編からなる短編集だった。人生の様々な苦しいことや辛いことに直面した女性たちがその苦しみに向き合い、人や物、言葉と出会い、乗り越えて行く様を描いている。
私はすぐに物語に引き込まれた。
小説の中の言葉が、私の心をまっすぐに強く掴んで離さなかった。
主人公が励まされ、少しずつ前を向き始めるとともに、私の心にも何かエネルギーが流れ込んでくるようだった。
 
空気が乾燥し、ゴォーと機械音の響く機内の中で、涙が溢れた。
通路を挟んだ隣に母が座っているので、泣いているところを見られたら恥ずかしいのに。
喉の奥がキュッとなって顔が熱くなり、涙が溢れて止まらなかった。
何か大切なものを失うこと。空っぽになってしまうこと。それは悲しいだけではないはずだった。
これからは空っぽになった箱の中に、自分で選んだものをたくさん詰めて生きて行けるんだ。
私の全てだった恋人がいなくなって、私はこれから、何を選んで生きて行こうか。
まずは、大学の勉強を思いきり頑張ってみるのもいい。小さい頃にやっていたピアノをまた始めるのも、最近はまっている料理に凝ってみるのもいいな。
全く自由な未来が、少しだけ楽しみになった。
辛さばかりを見て暗い部屋に閉じこもっていた私は、久しぶりに青空を見た気がした。
そうだ、独立記念日を読んだこの日が、私にとっての独立記念日かもしれない。
本を読み終えて窓の外を見てみると、空の上は雲ひとつなく晴れていた。
 
この本に今出会えたことで、なんだかこの先も、大丈夫な気がする。
この先の人生もきっと辛いことがあるだろう。
夜も眠れないくらい、悲しいことがあるだろう。
でも、その時にはきっと、独立記念日の言葉たちを思い出す。
それに、また本の神様のいたずらみたいな、奇跡みたいな本との出会いがあるかもしれない。
 
あの時に、あの本に出会えたことが、私を生かしている。
本を読むことが好きな人なら、誰しもそんな出会いがあると思う。
本の神様が「ほれほれ、この本はどうじゃ?」と、悩んでいる私の前に置いてくれる運命の一冊の本は光り輝いて見えるから、きっとまた、私は見つけることができる。
 
 
 
 
***
 
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2023-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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