私がお皿をガリガリと食べているところを見かけたら「トイレに行きましょう」という紙をそっと差し出してくれませんか?《深夜3時の処方箋#3》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」で文章の書き方を学んだスタッフが書いたものです。
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「はーい、ではお熱測ってくださいね」
なんとも情けない。風邪をひかないと豪語していた私が、高熱で病院に来るなんて。まあ確かに、最近は忙しくて、ちゃんと食事もとっていなかったし、コタツでそのまま寝落ちなんてのも、もはやデフォルトになって来た。いくら気を張っているとはいえ、体調崩さない方がおかしい生活をしていた気がする。
受付で渡された体温計を脇に挟み、一番近くのソファに腰を下ろした。
昨日はいつものように夜中までパソコンの画面と睨み合い、そのままいつのまにか眠っていた。
目覚めた時、まだ外は薄明かりがさす程度の時間、起きるには少し時間があるように感じたが、寒さに耐えきれず、ひとまずシャワーを浴びることにした。
廊下に出ると、息が白い。両手をこすりながら脱衣所へと入り、部屋着をぐるんと裏返しに脱いで洗濯機へ投げた。
「うー、寒い寒い」
思わずそんな声が漏れる。シャワーから出るお湯の温度を手で確認し、背中に浴びた。
「あったかぁ、ん?」
おかしい。全然温かくない。さっき手で確認した時は、大丈夫だったのに。
お湯の設定温度を上げてしばらく待ったが、一向に変わらない。
5分ほどそうしてお湯を浴び続けた時、ようやくそれが「冷え」ではなく「悪寒」であるとわかった。
熱があるのなら仕方ない、と風呂から上がり体温を測ると38度を超えていた。
ああ、やってしまった。よりによってこの時期に風邪をひくなんて。自分の体調よりも、制作の納期の方が先に頭に浮かんだ。
病院の受付で体温を測りながら問診票に記入をしていると、自分の体がどんどん前に倒れて来るのがわかった。
寒い。とてつもなく寒い。体を起こそうとしても、縮こまってしまってどうにもできない。ボールペンを持つ右手もガタガタと震え、消え入りそうな意識の中で測定が終了した体温計をチラりとみた。
39.2度。さっきより上がってるじゃないか。
看護師さん、寒いです、助けてください。もうここまで熱が上がったら、ただの風邪じゃない、きっとインフルエンザだ。きっとそうに違いない。あ、隔離室ですか?行きますとも、ウイルス撒き散らされたら困りますよね。ワクチンは打ったんですよ、本当に。
かろうじて歩くことはできた。体を支えられながら隔離室に向かうと、すぐさまインフルエンザの検査をされた。きっと薬を処方されて、5日間の外出禁止だ。冷蔵庫に食料あったかな、なんて考えながら、ガタガタ震える体を自分の腕で抱きしめていた。
ようやく診察室に呼ばれると、医者からインフルエンザではなかったことを告げられた。そして私の名前が書かれた紙コップを手渡されたのである。
「インフルエンザじゃなかったんですか?」
「はい。A型もB型も陰性でした」
「でも、39度ですよ? まだ発症してないだけなんじゃ……」
「ところで、トイレは行きました?」
その問いに全く意味がわからなかった。医療に携わる仕事をしていながら、なんともお恥ずかしいのだが、自分のこととなるとこうも目が曇るものかと後から思った。
「最後にトイレに行ったのは、いつですか?」
そこまで聞かれて、ようやく自分を襲った悪寒の正体に気づいた。
「昨日の夜、は行ってない、ん? 朝かな……」
丸一日近く、トイレに行っていなかったことになる。普通に考えたらありえないことなのだが、何度思い返しても私がコタツから出たのは昼食をとった1度きりだった。
「おそらく、腎盂腎炎を起こしています」
若いのに、どうして? と行った表情で、その医者は言った。体が不自由でトイレに行くのが億劫になっている高齢者ならともかく、私のような世代の女性がなるのは、ちょっと珍しいことなのだ。尿検査の結果、やはり腎盂腎炎であると診断され、抗生物質と解熱剤が処方された。
「ちゃんとトイレに行くこと!」
医者から念を押され、家に帰った。
よかった、風邪じゃなかった。インフルエンザでもなかった。でも、こっちの方がもっとタチが悪い。何かに没頭すると周りが見えなくなるのはよくあることだが、私は自分すら見えなくなるようだ。
これはトイレに限ったことではなかった。
昨日の昼にうどん(といっても冷凍の讃岐うどんをレンジでチンして生卵と醤油をかけただけのものだが)を食べた時もなんだかおかしかった。器の端に口をつけてズルズルとすすっていたのだが、皿の中が空になっていることに気づかず、まるでコシの強いうどんの麺を噛むように皿をガリガリとかじっていたのだ。
同じようなことはこれまでに何度もあった。
牛丼を食べれば箸まで咀嚼しようとしているし、パンを食べれば指まで口に入っている。ゴリっという音と痛みでようやく、自分が食べ物ではないものを噛んでしまっていることに気づく。もちろん、普段の私なら決してそんなことはしない。何かに追われ、猛烈な勢いでそれに集中している時、全く自分の制御が効かなくなってしまうのだ。
こんなことを書くと、私が常軌を逸した人間のように思われてしまうかもしれないが、本当に至って普通なのである。静かに、穏やかに、しかし猛スピードで作業を進める中で、ちょっとした不具合が起こっているだけなのである。自分でも「もしかして、私どうかしちゃったのかな?」と何度か思ったが、つい最近、その状態の名前を知ることができた。
ライティング・ゼミの上級コース、プロフェッショナルゼミでの講義だった。
「この状態になると、とても静かになります。周りの音が一切聞こえません」
三浦さんがたまに口にする「アレ」だ。
その状態に入っている三浦さんを、私は目の当たりにしたことがある。もちろん、皿をガリガリとかじっているわけではない。パソコンに向かって、静かにキーボードを打っているだけのように見える。しかし、話しかけても何も反応しない。
「常識とか、そういうものが取っ払われるんです。そう、挨拶すらも忘れるくらいに」
確かにそうだった。反応しないどころか、声をかけるのを躊躇うくらい、何か気のようなものに包まれていたのである。そして「アレ」の状態になると、ものすごい勢いで作業が進むという。
「そうか、これだったのか」
私は安堵した。異常なことではない、ただ私も「アレ」の状態に入っていただけなのだ。
周りが、自分すらも見えなくなって、トイレに行くことや食事をとることすらままならなくなってしまっただけなのだ。
とはいえ、「アレ」に入る度にトイレに行くのを忘れ、熱を出してしまっては困る。
私は三浦さんのように、その気配から周りにわかるほど「アレ」に入れるようには思えない。しかし少なくとも、食事の時に皿をガリガリとかじっていたならば、きっとその時、私は「アレ」に入っていることだろう。そしてそのままにしておくと、おそらく数時間後には高熱を出すことになる。
だからどうか、皿をガリガリとかじっている私を見かけたら、「アレ」の状態にあってもトイレに行くことだけは忘れないように、「トイレに行きましょう」という紙をそっと差し出してはくれないだろうか?
私だってもう少し、健康な体でいたいと思うから。
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私がトイレに行くのを忘れてしまう「アレ」については、ライティング・ゼミの上級コース、プロフェッショナル・ゼミで詳しく講義があります。
気になる方は、まずはライティング・ゼミを覗いてみてはいかがですか?
記事:永井里枝
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この記事は、「ライティング・ゼミ」で文章術を学んだスタッフが書いた記事です。
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