子どもだった頃の最大の敵は、とっても美味しかった。《ふるさとグランプリ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講申込みページ/東京・福岡・京都・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
→【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》
記事:なみ(ライティング・ゼミ)
「あら、どこさ行ったべ」
「いつものトンボ取りだっけ」
じいちゃんばあちゃんの家での、楽しいこと。
それはトンボ取りだった。
朝ごはんの前にこっそり家を抜け出し、
家の周りをくるくる回りながら山まで登って行ったりして、トンボをとる。
ただそれだけだ。
名前すら知らないが、
普通の茶色いトンボ、10段階評価でいくと、これはレベル1だ。
初心者でも簡単に捕まえることができる。
趣味でトンボとりを始めてみるなら、この茶色いのからスタートするのをオススメする。
続いてレベル3は、シオカラトンボだ。
ブルーの胴体がかっこいい。
青ければかっこよく見えるのは、なぜだろう。
レベル5は、ご存知、赤とんぼだ。
こいつが難しい。
見かけても、初心者ならば諦めるべきだ。
後ろに立っただけですぐ逃げてしまう。
赤とんぼはかなりの臆病。
向こうから近づいてくるなんて、あり得ないから、人差し指を立ててトンボを呼ぶのはやめておこう。
そして何と言ってもレベルMAXに君臨するのが、オニヤンマだ。
あのトラ柄の体がかっこいい。
あと、デカイ。
子どもは、デカイものイコールすごいという頭がある。
いきなり山から現われて、あっという間に居なくなってしまう、出現率の低さもオニヤンマの魅力である。
こんな具合にトンボ取り少女だった私には、最大の敵がいた。
その敵とは、トンボを追いかけていると時々、遭遇することになる。
ある時、私が見つけたのは赤とんぼだった。
赤とんぼの出現率は、なかなか低い。
竹竿にとまっていたところを捕まえようとしたけれど、
感の鋭い赤とんぼは、虫取り網をひょいとかわし、飛び去っていく。
悔しい、捕まえたい!
その一心で追いかけて行く内に、赤とんぼくんは私の一番嫌なところへと飛んで行く。
そう、家の裏へ……
祖父母の家は一軒家だ。
そして裏にはヤツがいる。
いや、今日はいないかもしれないぞ。
ヤツはたまにしかいない。
今日はもしかしたら、いないかもしれない。
そっと進んで行くと、
なにやらどんよりとした雰囲気が伝わってくる。
そして見つけてしまった。
ヤツを……
自分と変わらない背丈のヤツは、
生きていた頃と同じ姿で、鋭い牙を突き立て、
死んだ無念さを宿した目で睨んでくる。
そう、ヤツとは、サケだ。
赤とんぼなんてとうに見失った。
今は早くサケから逃げたくて、
家の裏を必死に駆け抜けた。
もしかしたら逃げている途中で、赤とんぼを追い抜かしたかもしれない。
そう、トンボ取り少女だった私の最大の敵は、
この土地の名物である、サケだった。
家の裏に吊るしてあるサケとは、サケを乾燥させて保存食を作っているのだ。
生のサケのお腹に切り込みを入れ、
その姿のまま、たくさんの塩を塗り込み、乾燥させる。
今ではコンビニでも、「鮭とば」の名前で売られている。
北海道名物として有名になっているが、
岩手でも作られている、郷土料理だ。
こんな風にレシピを書くと、
サケのなにが怖いんだと笑われるだろう。
しかし、サケを甘く見てはいけない。
彼らの目は、とてつもなく怖い顔をしている。
さらに、鋭い牙を持っているのだ。
うっかり牙を指でなぞっていたら、簡単に貫かれる。
刺さると指に簡単に穴を空けるほどだ。
どうだろうか。
サケの恐ろしさが、少しは分かってもらえただろうか。
そんなサケと私の戦いは、
トンボを追いかけ続ける限り、続いた。
たまにばあちゃんが裏庭に干しているものだから、
そんな時に一人で遭遇すると、怖くて仕方がなかった。
だが、ある日、
サケとの戦いに終止符が打たれることになった。
それは夕飯を食べ終えた、夜のこと。
どういう経緯か、我が家に生のサケ1匹がやってきた。
台所に連れていかれると、
まな板の上に、だらんと横たわったサケがいた。
「ほら、今からやっから見とけ」
そして包丁をもったばあちゃんが、
慣れた手つきでサケの腹を一文字に斬った。
それと同時にイクラがあふれ出した。
たくさんのイクラは、美味しそうともなんとも思わなかった。
ばあちゃんがサケをやっつけてくれた。
今まで、まるで生きているように見えていたサケは、
本当に死んでいたのだと、ようやく理解できた。
大丈夫だ、
突然動き出して、私を襲ったりしない。
ばあちゃんがやっつけてくれたのだから。
サケをやっつけた後のばあちゃんは、ヒーローに見えた。
悪い怪獣と闘って勝利したヒーロー。
塩を揉み込んで、始末まできちんとしている。
もう二度と動き出さないように。
私を守ってくれたのだ。
なのにどうしてだろう、
サケとの戦いに勝ったはずなのに、悲しい。
このサケはお母さんだった。
たくさんのイクラは、これから生まれてくるはずの子どもたちだった。
当時はイクラの価値もわからず、
普通のふりかけと同じように、どんどんかけて食べていた。
毎日のように出されるサケも、食べないと怒られるもの、だった。
それがどれほどありがたいことだったか、
今になって分かる。
毎年川に帰ってくるサケを、もう怖いとは思わない。
命を頂く。
子どもの頃サケが怖かったのはきっと、
サケが生きていた頃の面影が強く残っていたからだ。
切り身になって出てくる鮭からも、命をもらっていたんだ。
子どもの頃は、そんなこと分からなかった。
私は命あるものから、目を背けていた。
きっと、大きな網に乱暴に追いかけられ続けたトンボも、怖かったに違いない。
私は宝集めをするかのように、トンボをただの物のように扱っていた。
私は自分より大きい生き物を怖がり、
小さい生き物をいじめてしまっていたんだ。
ちょっとだけ体を見せてもらう、
トンボに対してそんな、優しい気持ちを持てなかった自分が恥ずかしくなった。
小さなものをいたわる気持ちを教えてくれたトンボ。
食べ物のありがたみを教えてくれたサケ。
命をかけて授業をしてくれた先生たちに、感謝している。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/fukuten/33767
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。