マンガを読んで泣いたことなんてなかったが、かくかくしかじかだけは本気で泣けた。
記事:河野ひかる(ライティングゼミ・平日コース)
人生で初めて、マンガを読んで泣いた。
嬉しくても悲しくてもすぐに泣いてしまうわたしだが、マンガを読んで泣いたことはなかった。
しかもよく、泣いてもないのに例えとして「これ泣けるよねー」などと言う人たちがいるが、そんなんじゃない。
最終巻を読みながら、自分でも引くくらい泣いた。
わたしが「かくかくしかじか」に出会ったのは、大学3年生の夏だった。
その頃のわたしは、自分が通う大学で1年生が必ず受けなければいけないものづくりの基礎を学ぶ授業で、師匠の授業アシスタントをしていた。
その授業では、学科をシャッフルして40人弱の学生を22クラスにわけ、前期いっぱい15週を使いワークショップを行う。
そして、夏期集中授業として2週間で1クラス1つのねぶたを制作しなければいけないのだ。
そして、このねぶた制作が、わたしの通う大学で、学部生に一番初めに訪れる学生生活でのターニングポイントだと思っている。
わたしは、このねぶた制作を自分のクラスの学生たちとってなんとか意義のあるものにしてもらいたくて、頭を抱えていた。
なかなか、クラスが一つにまとまらなかったからだ。
ねぶたを制作し始めるのは9月に入ってからだが、どんなねぶたにするのかのコンセプト作りやねぶたを制作するために必要な、模型や三面図を作るために夏休みもお盆以外はほぼ毎日学校に行き、学生たちとミーティングを行った。
毎日まいにち、ああでもないこうでもないと話を重ねる中、担任の師匠は学生たちをファシリテートするためにどんどん自分の考えを伝えていく。
クラスをまとめるには、それも必要だったのだと、今ならわかる。
でも当時のわたしには、先生がそこまで口出しすれば学生はNOとは言えず、どんどん先生のためのねぶたになっていっているような気がしてならなかった。
これは、クラスの子のねぶたじゃない。
まとまりかけた案や、もう一度考え直そうか、という流れを絶ってまで、先生のいうことを聞かなければならないのか?
本当に先生は、学生のこと、考えてるの?
それまで溜まっていた先生への不信感がピークに達し、とうとう先生にこの話をした。
もっと学生主体に作らせたいのだと。
その話をしている時、わたしの頭のなかでは「わたしの方が先生よりも学生のことを考えて、見ているのに」という独りよがりな考えでいっぱいだった。
でも口で先生に勝てるわけもなく、その日は今後どうやってクラスをまとめるかをひたすら考えた。
そんな時に、たまたまwebサイトから流れてきた「かくかくしかじか」の情報を見て直感的に「これは読むしかない」と思った。
その日のうちに購入し、読んだかくかくしかじかは思っていたより読むのが辛かった。
芸術系の大学に通っていた作者の、大学受験のために通った画塾の先生との話を軸に物語は進んで行く。
その画塾の先生はとても厳しい人で、すぐ怒るし、怒る時にいう言葉もまた厳しかった。
そんな先生に鍛えられ、なんとか作者は美大に合格する。
しかし、だ。
物語のなかでは大学に入った途端に絵を描くのをやめてしまう作者の弱さも描かれていた。
画塾の先生に、あんなに鍛えてもらっていたのに。
そして徐々にその先生と疎遠になっていき、物語の結末に至る。
わたしはこのマンガを自分の状況とどことなく重ねながら読んでいた。
そして、この結末と同じになったらどうしようと、本気で思って泣いた。
わたしは、自分の師匠に何か返せるだろうか。
わたしが師匠のことを信じなければ、クラスの子にそれが伝わる。
そんなことをしている場合か?
クラスの子たちのことを本当に考えるなら、こんなことをしている場合ではない。
かくかくしかじかを読んだ後、わたしは決めたのだった。
この人についていこうと。
この夏は、何があっても2人でクラスをまとめるのだ、と。
師匠にもそのことを伝え、なんとか夏休みを乗り切り、ねぶたの制作に取り掛かった。
制作中もたくさんの想定外の出来事が起こったが、なんとか2週間で完成までもっていけた。
完成した時は本当に嬉しくて嬉しくて、このクラスを担当できてよかったと心からそう思った。
でもきっと、あの暑い暑い夏にかくかくしかじかに出会わなければ、やっぱり師匠についていこうだなんて、思わなかったかもしれない。
もし今、美大・芸大に入ろうと思っている子がわたしの文章を読んでくれているのなら言いたい。
とりあえずかくかくしかじかを読め、と。
そして今、美大・芸大に通っていて、なんかやる気でねーな、とダラダラ毎日通っているやつにもいいたい。
いいからかくかくしかじかを読め、と。
かくかくしかじかでは、美大・芸大の良い部分なんてほとんど描かれていない。
でもそれは、学生たちのリアルな日常で、夢だけでは生きていけない、自分の弱さに負けてしまう人たちの痛いほどの現実なのだ。
芸術系の大学に入るのに、自分一人だけの力で入れる人はごくまれで、きっと美術部の先生だとか画塾の先生にお世話になっているはずだ。
大学に入学してしまえばどんどん忘れてしまうかもしれないが、たまに思い出すのも悪くない。
なによりだらっとした学生生活のなかでこのマンガを読めば辛いし痛い。
作者の状況と、自分の状況が重なる人たちはきっとたくさんいるだろう。
でも、だからこそあえて読んでもらいたい。
きっと、描くのもつくるのもめんどくせーな、なんて言えなくなるから。
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