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【天狼院の新メニュー】元彼が好きだったバターチキンカレー《川代ノート》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

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記事:川代紗生(天狼院スタッフ)
 
 
店の新メニューの告知で、どうしてこんなことを書こうとしているんだろうと、自分に半ば呆れつつもキーボードを打っている。
ただこれを新メニューとして福岡天狼院で出すのなら、書いておかなければならないような気がしたのだ。直感的に。動物本能的に。私はこれこれこういう理由でこのバターチキンカレーを出しているんですということを明示しておくべきだと思った。
 
好きな人のために料理をするのが異常に好きなときがあった。大学生の頃だったと思う。二十歳になるかならないか、そのくらいのときだった。
 
私はそこまで恋愛慣れしていなくて(今もたいしてしてないけれど)、何をどうしたら相手の気を引けるのか、駆け引きをするにはどうしたらいいかとか、相手にぞっこんになってもらうにはどうしたらいいかとか、そんなことばかり考えていた。いかんせん素直だったから、巷で人気の恋愛マニュアル本を読み漁り、ネットで「彼氏 好き 特徴」などのワードで検索をして出てきたまとめ記事などを鵜呑みにしていた。今考えるとアホだったなと思うのだけれど、そのときは必死だったのだ。とにかくあの頃の私は、「人から愛されること」に飢えていた。誰かから無償の愛情を注がれたいと願っていた。とにかく自分のことを好きで好きでたまらない人に出会いたかった。
 
だから、その恋愛本に「男心を掴みたかったら、まずは胃袋を掴め」と書いてあったときには、真剣に料理をやろうと思った。私は料理上手にならなければならない。相手の胃袋をぐっと掴んで二度と離さないくらいの腕前になれれば、相手は私から離れることはなくなるはずだ。
もはやここまでくると「重い女」を通り越して「研究者」である。何をしたら好きになってもらえるか? 何をしたら喜ぶか? 実験と実践を繰り返すことによってデータを集め、彼氏に大切にしてもらえる方法を模索した。
 
だから、彼氏には様々な料理を作って振る舞った。しょうが焼き、煮物、鍋、ハンバーグなどの定番ものが多かった。カルパッチョだのパスタだのテリーヌだの、おしゃれな見栄えのいいものは作らなかった。「普通の家庭料理をささっと作れるのがいい女」だとマニュアル本に書いてあったからだ。
 
真面目な私はそうやって確実に彼氏の胃袋を掴み始めているはずだった。彼氏もおいしい、と言ってくれた。それは嘘をついている目ではないように思えた。私の料理を本気でおいしいと思ってくれているのだ。
 
そうやって料理を振るまうことは増えたものの、とはいえ決定打に欠けるような気がした。確実に彼の胃袋を、心を掴めていないような気がしたのだ。たしかに彼は私の料理を好きだと言ってくれている。けれども、本気で私のことを好きだとは言ってくれていない。そんな感じ。
 
あともう一歩、何かが足りない。何だろう、何がいけないんだろう、と思った。
普通すぎるのだろうか? 私が彼に振る舞っている料理は、あるいは普通すぎるのかもしれなかった。たしかにおいしい。自分でもおいしいと感じる。けれども、彼を「本気」にさせられているかというと、どうも違うようだった。
 
たとえば恋愛において、性欲と愛情のあいだに壁があるとすれば、その壁を乗り越えられていないような気がした。男女の関係として、動物として、彼は私を好きでいてくれているかもしれない。けれども、それは人間としての愛着だったり、相手を愛おしいと思ったり、大切にしたいと思う気持ちとは別物のような気がした。
その壁を超えたい。
 
そして、壁を越えるにはきっと、決定打が必要なのだ。
 
そのとき作ろうと思ったのが、本格的なカレーだった。
カレーを好きな人は多いし、実際その彼もカレーが好きだと言っていた。みんなが好きなカレー。簡単で誰でも作れるというイメージがあるカレー。もし、万能なイメージのあるカレーにおいて、ほかの女の子と差別化できるのだとすれば、大きなアドバンテージになると思った。それが決定打になるような気がした。
 
私はカレーを作ることにした。スパイスから作るのなんてもちろんはじめてだったが、様々、調べたり、人に聞いたりするうちに自分なりのレシピが出来上がっていった。
ターメリック、コリアンダー、クミン、パプリカ、レッドペッパー。しょうがとにんにくをバターに絡めると、とてつもなくいい香りがした。バターチキンカレーなんて作るのははじめてだったけれど、何度か失敗を繰り返すうちに、自分が作ったとは思えないほどおいしいものが出来上がった。これなら誰にでも自信を持って提供できる。たとえ彼の母親に「お前の得意料理を食わせろ、それでお前が嫁に相応しいかどうか判断してやる」とかなんとか言われたとしても胸を張って出せると思えるほどだった。
 
「マジでうまい」と彼は言った。こんなにおいしいカレー、食べたことないよ、と。数日分まとめて作っておいたのに、それも完食してしまった。私は嬉しかった。これで大丈夫だと思った。心と心がつながったような気がした。彼が私に愛着を持ってくれるようになる、と思った。
 
結論から言うと、バターチキンカレーの効果はそれほど長くは続かなかった。
彼にもう会えない、もう私のものではない、という事実がとてつもなく悲しかったけれど、それは覆しようのない事実だった。
 
どうして、と思った。
 
マニュアル本に書いてあることは全部実践したつもりだった。いつも笑顔でいた。彼の話は一生懸命聞いた。「聞き上手」になろうと徹していたし、「男は褒めるべし」という助言はそのまま実行した。彼のいいところを見つけて褒めた。悪い女じゃなかったはずだった。悪くないはずだった。いつも彼といて楽しそうにしていた。気も合う。気配りだってそれなりにできる。料理だって、できる。本格的なバターチキンカレーだって、作れる。それなのに。
 
私と別れたら、もうあのバターチキンカレーは作れないんだよ、と思った。そう伝えたかった。主張したかった。本当にいいの? と。あんなにおいしい、って言ってたのに。「またあれ食べたい」って言ってたのに。「また作ってあげるね」って約束したじゃん。いいの? 本当にいいの? 私と別れたら、もう一生、食べられないんだよ。レシピだって、教えてあげないよ?
 
そう強く、言いたかった。彼の胸ぐらを掴みながら、泣きながら訴えたかった。でも言わなかった。そのとき気が付いたからだ。別に「得意料理」なんてものが、恋愛において大したつながりになんかならないことに。性欲と愛情の間にそびえ立つ壁をぶち壊すのは、料理なんかじゃないのだ。そんな、スペックなんかで繋がれるものじゃないのだ。「これができる」と箇条書きにできるような魅力で、人と人は繋がれない。
 
私は間違っていた。恋愛をゲームだと思っていた。次はこれ、次はこれ。今は何ポイント溜まってるから、相手にはこれくらい求めてもいい。スーパーマリオとか、ポケモンとか、ドラクエみたいに、ある程度条件を満たしたら、これがクリアできる、みたいなゲームだと勘違いしていた。だからマニュアル通りにやれば相手を動かせると思った。相手を自分のものにできると思った。相手の心をゲットできると思った。モンスターボールを投げるみたいに、単純だと思っていた。普通のモンスターボールで捕まえられないのなら、スーパーボールやハイパーボールを手に入れればいい。スペックを上げれば必ずその成果は出ると信じていた。
 
そんなわかりやすい仕組みで欲しい人が手に入るなら、みんな悩んだりしないよ、バカ。自分がなさけないと思った。もっと可愛くなったら。もっと相手を褒めれば。もっと楽しそうにしていれば。料理の腕前が上がれば。誰でも作れるような普通の料理じゃなくて、本格的な、たとえばスパイスから作るバターチキンカレーとか、そういうのができれば、私はもっと愛してもらえるのに。
 
変な下心と独占欲が爆発して、私の心の中で飽和状態になっていた。
結局彼とは別れて、「料理上手アピール」をすることもなくなった。恋愛マニュアル本を実践することもやめた。結局素直に、いつも通りの自分でいるのが一番だなと思うようになった。
 
以来、バターチキンカレーを彼氏に振る舞うということはなくなった。仕事も忙しくなって、そもそも彼氏のために手料理を作るというチャンスも極端に減った。あまりに仕事が忙しいので、自炊すらしなくなってしまった。きっと今後誰かに料理を振る舞うとすれば、結婚してからだろうなと思っていた。
 
「ランチ、出そう!」
 
けれども、私のバターチキンカレーが再び日の目を見る機会は、意外な形でやってきた。
福岡天狼院は、2018年5月17日に大々的にリニューアルをした。レイアウトも変わり、選書も一から全部やり直し、カフェメニューも一新した。コンセプトから何から、全部がらりと変えた。
 
カフェに新メニューも加わったので、結構変わったなあと思ったけれど、何かが足りないような気がした。
 
「狂」が、足りない。
狂ったような何か。
本気でこれを食べて欲しい。これを味わって欲しい。自分はこれが本当に大好きだから、この「好き」を、一緒に体験してほしい。
 
「コンテンツを制作する上では、誰にも負けない『狂』が込められている必要がある」
 
これは、私が天狼院に入社して以来、幾度となく、店主であり、上司の三浦さんから言われていることだった。
 
狂うほどの、他人から見れば「頭がおかしいんじゃないか」と言われるほどの、強烈な熱量を伝える必要があるのだ、と。
 
ああ、そうだ、と思った。
恋愛も、店作りも、同じことなのかもしれない。
 
私に足りなかったのは、「狂」であり、「愛情」だった。相手を動かすような、熱量だった。
「何かが足りない」という直感はおそらく正しくて、けれどもその「何か」はきっと、単純に言語化できるようなスペックやスキルではないのだ。
 
私は結局「自分を愛して欲しい」という思いばかり強くて、相手を幸せにしてあげたいとか、相手のためになりたいとか、そういう思いは二の次だった。いかに好きになってもらうかとか、いかに自分を惚れさせるかとか、どんな言葉をもらったとか、どんなプレゼントをもらったとか、目に見えるものばかりを重視していた。
でも、そうじゃない。
 
綺麗事かもしれないけれど、他人から見れば、薄っぺらく感じるかもしれないけれど、でも、私はそう思う。人を動かすのは、「狂」であり、「愛情」なのだ。誰かを好きになり、誰かと真正面からぶつかり会うとき、箇条書きにできるようなスキルに、スペックに、はたしてどんな意味があるだろうか。
 
今、福岡天狼院をもっともっと進化させようと思ったとき、もっともっといい店に、もっともっと面白い空間にするために、どうしたらいいかと考えたとき、ふっと頭に浮かんだのは、バターチキンカレーのことだった。
 
「愛されたい」という強烈な思いに突き動かされて完成した、バターチキンカレー。
それは愛情のベクトルが逆の方向を向いてしまっていたばかりに、こじれてしまったけれど、それでも私が「狂」を込めて、本当のおいしさを求めて作ったことには変わりない。
切ない思い出としてしまわれていたバターチキンカレーがまさか、こんな形で日の目を見ることになるなんて思ってもいなかったけれど。
面白いやら切ないやら、なんだか複雑な気持ちで、久しぶりに食べたバターチキンカレーは、やっぱりおいしかった。まろやかなバターに、様々なスパイスの香りがくるまれて、それなりに辛さはあるけれど、どこか柔らかい。やっぱりあの頃、色々と研究しただけのことはあるな、とひとり思った。
 
ということで、突然ではございますが、このバターチキンカレー、福岡天狼院の常駐メニューになりました。
ランチでもおやつでもディナーでも、いつでもご注文いただけます。
 
自分で言うのもなんですが、ちょっと意外なほどおいしいです。
あとはやっぱり、どこか切ない味がするかもしれません。
 
とはいえ、最初にバターチキンカレーを作っていた頃と、今とでは、ずいぶん気の持ちようが違うのです。
 
愛されたい、大事にされたい。いい女だと思われたい。
そんな思いに突き動かされていたはずでした。
でも今は。
来た人に喜んで欲しいとか、もっと笑って欲しいとか、いい体験をしたと思って欲しい、とか。
 
ドロドロとした自分本意の感情は完全に消えたわけではありません。けれども、そんな承認欲求とはまた別の、愛情が生まれてきているような気がするのです。
 
こう思ってしまうのは、うぬぼれでしょうか。思い込みでしょうか。
あるいは、そうかもしれません。
けれども、だとしても、こうして少しずつでも、自分のことを「悪くないな」とか。
昔とは違う感情でバターチキンカレーを作っている今の自分は、結構好きかもしれない、とか。
 
今、自分が本気で良いと思っているものを提供し、本気で面白いと思う空間を自分の手で作ることができている今が、とても尊いもののように思えます。
 
バターチキンカレー、ぜひ、食べに来てください。
特別な力はありませんが、なんとなく、元気が出るかもしれません。
 
 

❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)

ライター。 天狼院書店スタッフ。ライティング・ゼミ講師。東京都生まれ。早稲田大学卒。全国10店舗に拡大中の次世代型書店『天狼院書店』本部にて、売上戦略管理・企画編集・マーケティング業務を担当。WEB記事「親にまったく反抗したことのない私が、22歳で反抗期になって学んだこと」(累計35万PV)「国際教養学部という階級社会で生きるということ」(累計12万PV)等、2014年からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店で働く傍ら、ライターとしても活動中。
 
❏メディア出演・記事執筆歴:マガジンハウス『Hanako』/日経BP『日経おとなのOFF』/西日本リビング新聞社『リビング福岡』 /日本歯科新聞社『アポロニア21』/講談社『現代ビジネス』/ダイヤモンド社『ダイヤモンド・オンライン』ほか。2019年1月〜2019年6月、出版業界紙『新文化』にてコラム連載。2017年1月、NHK Eテレ『人生デザインU-29』(30分ドキュメンタリー番組)に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。
 
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湘南天狼院 (湘南)
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シアターカフェ天狼院(池袋・WACCA池袋4階)
で食べることができます! ぴりりとスパイスの効いた元カレーの味、どうぞ御賞味ください!

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