お肉を焼きたい
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記事:千葉美紀(ライティング・ゼミ平日コース)
「あ、ほら、焦げてるよ」
注文したコースのお肉が大量で、焼いては食べて、焼けたら、誰かのお皿に取って。ボッと音を立てて、時々、炎があがる。焼き網の上で、脂身多めのお肉が、ジュウジュウ言って、油を炭に落とすからだ。
きっかけは、数か月ぶりに会った知人の一言だった。その日は、焼き肉店で、同学年のこども達と親同士の食事会に参加していた。お肉を大量に焼いて、大人たちは飲み放題のお酒をどんどん消費していた。車を運転してきた私は、お酒を飲んでいる人々を横目に、ドリンクバーでソフトドリンクを飲んでいた。お茶が好きなので、ティーバッグの種類が多いのが嬉しくて、いろいろなお茶を飲んで楽しんでいた。ドリンクバーで次のお茶を選んでいる時、参加者のひとりに声を掛けられた。
「お酒は飲めないんだっけ? もしかして?」
と、その人はおなかのあたりを抱えるような仕草をしてみせた。おなかにベビーがいるのか、という問いだと察し、慌てて否定した。
「えー? ぜんぜん違いますよー」
まったく、事実ではない。その日集まっていたこども達は、もう中学生。焼き肉も自分たちで焼いて、勝手に楽しんでいる。ふぅと、ひとつ息をついて、小さい子の面倒見は一段落しているし、今から、赤ちゃんを産み育てるとしたら、体力的にちょっと大変そうだな、と考えていた。
いや、問題はそこではない。どうして、妊婦さんかと思われたの? みんながビールやカクテルやジュースをがんがん飲んでいる中で、ひとり温かいお茶を飲んでいたから? それだけではなく、ちらっと、おなか周りを見ていたよね? 数か月で、見間違える程に、わたしのボディにお肉がついてしまった、ということなのか。
「嘘だ! 信じられない!」
真実は残酷だ。表示された数字は、動かしがたい事実だ。久しぶりに、体重計に乗ったわたしは、大声をあげていた。確かに、妊婦時代の体重マックス時に肉薄した数字だ。もともと普通の体形だったので、普通に過ごしていれば、痩せないけれど、太りもしないだろうと油断していたのだ。
本当は信じたくないだけ。それが紛れもない事実だと、分かっていた。ここ数か月は、美味しいものを、ちょっとだけ、食べ過ぎていた。おなかまわり、頬とあごのまわりの線が特に、ゆるんで、たるんで……。動く時も体が重い。自分でも気づいていたのに、見て見ぬふりをしていたのだ。
その後、わたしは、おなか周りのお肉を引締めようと、腹筋運動を始めた。仰向けに寝っ転がった状態から、上半身を起こす、シンプルな運動だ。最初は、1回目で挫折しそうになった。床から少し背中が離れたくらいで止まってしまい、全然、起きあがれない。悲鳴をあげながら、5回。休み休み、もう5回。ひと月位続けていても、10回がやっと。あれれ? 10代でスポーツをしていた時は、50回くらい平気だったのに。筋力がだいぶ衰えていたんだなと反省し、1日たった10回だけど、腹筋運動を続けている。
贅肉を落とすのには、しばらく時間がかかりそうだ。いっそのこと、網の上で焼かれるお肉になりたい。あの日の焼き肉のように、ジュウジュウと焼かれて、素早く脂肪を落としてしまいたい! 豚トロなみの油分が出てきそうな気がする。でも、無理だよ。大事な命まで落としかねない。お肌も日焼けどころじゃない。地道に、運動するしかないな。
あの時、「もしかして?」と尋ねられなかったら、今でも、見て見ぬふりを続けていたかもしれない。多少ボディがふくよかになったって、美味しいものをどんどん食べた方が幸せじゃない、という考え方もあるし、全然悪くない。でも自分が見たくないってことは、受け入れたくないってことだ。受け入れる前に、一度よく向き合ってみると、解決方法が見つかるかもしれない。いろいろ試してみよう。見て見ぬふりは止めて、向き合うことで、少しだけでも、より良い未来を手に入れたい。
まだあるな、見たくないもの。成長を続ける庭の雑草。リビングの床に増殖する玩具や本の類。クローゼットにあふれた微妙な洋服。たくさんあるように見えるけど、学校の参観日とか、ちょっとしたお出掛けには着ていく服がなかったりするし。家の中や外にも、贅肉がついている。
とりあえず外から、何とかしていこうかな。庭の雑草を刈ろう。そうしたら、バーベキューもできちゃうね。網の上に、お肉を並べてジュウジュウ焼いちゃおう。たくさん食べたら、ちょっと多めに腹筋運動すれば良いよ。10回以上できるかな。
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