K’sルール
天狼院書店店主の三浦でございます。
今、天狼院の仕組みを抜本的に変えようと、グリーン大通りのカフェ・ド・クリエで、うんうん、唸りながら考えているのですが、ふと、ちょっと昔のことを思い出しました。
前に他の書店にいたころのことです。その書店の社長と本部長にこう依頼されました。
「あの店舗、売上が落ちてて、早急に何とかしなければならないんだよ。三浦くん、行ってきて改革して来てくれないか」
数値を見せてもらうと、たしかに、ひどい。市場の必然的縮小よりもひどいペースで、売上がシュリンクしている。
「僕の自由にさせてもらえますか?」
お二人は頷いて言う。
「店長にも、三浦くんの自由にさせるように言っておくよ」
そう言われて赴任した店舗において、僕はとりあえず、警戒されないように初めて来たアルバイトみたいに、何も知らないふりをして、新人のアルバイトにも教えてもらうかたちをとりました。
社長と本部から特命を受けて来た、となると下手するとスタッフの心が閉ざされてしまうことになる。僕は、スタッフ間で形成されている、ある種のコミュニティに入り込んで状況を把握できなければ、小さな組織は改革することができないということを、とある経験上、知っていました。
そのために、まるで潜入捜査官のように、まずは「できないスタッフ」を演じた。
すると、見えてきたんですね。売上の足を引っ張っている原因のひとつが。
どのアルバイトスタッフも、とある古株アルバイトが作ったルールを遵守しようとしていました。
僕が下手に出て、「こうやったほうが早くていんじゃないですか?」と言っても、
「でも、Kさんが昔からこうやっているから、こうやれって・・・・・・」
と苦笑いする。
潜入捜査官三浦が更に調べを進めると、その古株のアルバイト、Kさんにそむくと、Kさんが主催するアルバイト間の飲み会に誘われなくなると言う。
なるほど、なるほど。
Kさんのルールを、仮に「K’sルール」とでも名づけましょうか。
これは、店舗のマニュアルでも何でもないんですね。
古株のKさんがやっていたことが、後輩のアルバイトに押し付けられている。しかも、そのルールが大変優れていれば、まだましなんですが、これが実にルーズなルールになっている。
後輩のアルバイトスタッフも、それに気づいているんですが、でも、その閉塞コミュニティで「うまくやる」ためには、「K’sルール」に従う必要があるので、苦笑いしながら、そのルールに従っている。
これでは、改革も何も、あったものではない。
労働生産性が、ひとりの古株の、そのコミュニティを支配しようとするインセンティブによって、阻害されている。
これが、店の売上の減少の、実は大きな原因のひとつになっていたのです。
改革の一手目は、「K’sルール」を破壊することに決めました。
もっと言ってしまえば、Kさんに集まってしまっている、不当な既得権を剥奪することに注力しました。
やることは、実にシンプルです。
まずは、社長と本部長に来てもらって、スタッフの前で、
「三浦くん、自由にやっていいから、よろしく頼むよ」
と、言ってもらう。僕はわざと余裕泰然たるふうで、こう言います。
「お任せあれ。少々荒療治になりますが、必ずこの店舗は蘇ります」
すると、スタッフの僕を見る目が、急に変わります。
あれ? 下っ端の新しいスタッフじゃなかったの?
もっとも動揺するのは、僕を新しい下っ端の一人だと認識して、様々、僕に「こうしろ、ああしろ」と命令していた古株アルバイトのKさんです。
まずい、何とか自分の既得権を守らなければならない、と防衛戦争に走ります。
こっちは、そんな既得権など、知ったことではない笑。
まずは、僕が作った新しい作業マニュアルを提示します。
それは、「K’sルール」でぬるくやってきたスタッフにとっては、受け入れられない作業量になります。当然、Kさんがここぞとばかりに牙を剥いてきます。
「そんなの、できるはずがないですよ!」
弱いみんなの代表、弱きを助ける、正義の味方みたいにKさんは言うんです。
それこそが、僕が待ち望んでいた瞬間でした。
できない。
その言葉を僕は待っていたのです。
言ったな、とその顔を僕は指します。
「それで、僕が本当にできたら、どうする?」
そういうと、Kさんの顔色が変わります。できたら、まずい。
でも、それまでの店長や社員は、返品作業や配達作業という地味な作業は、やったことがない人だったので、できないだろう。そう、Kさんばかりではなく、他のスタッフも思ったことでしょう。
けれども、僕は違う。
本当に返品や美容室への配達など、下っ端の下っ端から書店の仕事を始めているので、そういう地味な作業もお手のものなのでございます笑。
そして、他のスタッフにストップウォッチを持たせて、タイムを計らせて、自分が作った新しいマニュアルどおりにやってみせる。
書店のキャリアが彼らよりも長いからといって、その時点で、その店のキャリアは一週間ほどでしかありませんでした。勝手が違うので、作業効率は落ちます。
それでも、マニュアルで指定した時間を20%以上余らせて、僕は作業を終えました。閉店時間を、20分短縮させて見せました。
すると、スタッフみんなの顔が変わるのがわかりました。
言葉で説得するよりも、やってみせたほうが早い。
そうなったところで、はじめて、僕が目標とすることを宣言します。
「社長と本部長に頼まれて、この店を徹底的に改革することになった。この店のポテンシャルは高い。そして、必ず、みんなはできる。高い目標に思えるかもしれないが、みんなでやれば、必ず達成できる」
人間とは、誰しも、自分は高尚になったと勘違いしていますが、所詮は毛の少ない猿に過ぎない。
猿は猿山の大将になりたがります。
そして、その猿山という閉塞コミュニティに所属するメンバーたちは、より強大なボスザルが現れれば、いとも簡単にそちらになびくことになる。
簡単な、科学的法則でございます。
ご存じの方が多いかも知れませんが、僕はその後、様々な改革を実行して、その店舗の売上を飛躍的に上昇させました。
その原動力になったのが、僕のアイデアを遂行する、スタッフの極めて高い労働生産性でした。
もしかして、ここだけではないのかもしれません。
日本中の小さな企業や店舗で、いや、大企業でも、「K’sルール」が人知れずその組織を台無しにしてしまっているやも知れません。
ちなみに、組織の改革は、こういった、閉塞コミュニティの猿山のボスから、既得権益を奪還しなければ達成することができないことを、「とある経験上」知っていたと言いましたが、それは他でもありません。
大学生時分、僕が、その閉塞コミュニティの猿山のボスだったからです。
あるスーパーで、僕はアルバイトの古株として、様々な既得権を握っていました。
古株ということで、不当に既得権を握った大学生時分の僕は、たとえば、労働組合の幹部みたいなつもりで、若いスタッフの代弁者になっていたつもりでした。まだ、ブラック企業などという言葉がない時代のことでしたが、社員や店長からの命令に対して、「できません」ということがかっこいいことだと思っていました。なんだか、革命の指導者にでもなったつもりでした。
結局、その店は、僕がスタッフに話を通さなければ、シフトも組めないようになりました。
そう、ほとんど、大学生の僕がシフトの作成権も握ったのです。
そして、飲み会を企画するのも、僕でした。社員や店長が、「三浦くん、おれらも入れてくれないかな」と言ってくるほどに、アルバイトに過ぎない僕が権力を握っていました。
そのスーパーが潰れたのは、それからまもなくのことでした。
もしかして、正当な権限や合理性のない人間が、閉塞コミュニティのボスに君臨することは、その組織全体を腐らせることになるのではないかと考えたのは、それからずっと後になってからのことです。
日本のベンチャーの先駆けと呼ばれた方と一緒に仕事をしたことがあって、起業当初、その人にこうアドバイスされました。
「企業をうまくいかせようと思ったら、優秀な女性を伸び伸びと働かせることだよ」
なぜ、男性ではなくて、女性なんですか、との問いにその方はこう言いました。
「女性は母性があるので組織のために懸命に働こうとする。でも、男はだめだ。自分のためにしか働かない」
もちろん、個人差はあると思いますが、なるほど、と思いました。そして、あの潰れたスーパーと僕の妙な立場を思い出したのです。
そう、大学生時分の僕は、組織のためを考えることなく、その組織における自分のポジションのためにだけ働いていた。
その結果、閉塞コミュニティ自体を瓦解させることになった。
今、天狼院のスタッフは、とても優秀です。しかも、目標をもった子ほど、伸び伸びとその能力を発揮しています。
ある方は、こう表現しました。
「天狼院のスーパー大学生軍団」
たしかに、と思います。そして、彼らには、まだまだポテンシャルがあると僕は考えています。
きっと、社会に出た時に、そしてまた天狼院に戻ってきた時に、ここで身につけたことは大きな財産になるだろうと思っています。
そして、もっともっと、彼らのポテンシャルを引き出せればと考えております。
もちろん、「K’sルール」や大学時代の三浦が生まれそうになったら、小さな兆しも見逃さずに、粉砕しますが笑。
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