どんよりの清涼剤《リーディング・ハイ》
記事:しの(リーディング・ライティング講座)
小さい頃、ラムネ瓶のビー玉が宝物でした。
瓶の中で、小さい泡を纏って光るビー玉は、絶対に何かパワーがあるぞ! と思っていました。
ビー玉を取ってくれる祖父が魔法使いのように見えたものです。
そんな幼い日も過ぎ去り、ビー玉はいつの間にか失くしてしまいました。
大人になった今では毎日が慌ただしく、ビー玉のことも、なにもかも忘れてしまいそうです。
どんよりとした空に、どんよりした心を抱えたある日、この本に出会いました。
表紙は全体的に青みがかったイラストで、とても爽やかです。
灯台の屋根に腰掛ける女の子。
その後ろに見える岬の風景。
そして女の子の口から、周りから立ち上るあぶく。空を泳ぐ魚、クラゲ。
『8月のソーダ水』という夏休みを思い出させるタイトル。
ほのぼのとした絵、そしてちょっと不思議。
じっと見つめ、なんとなく心惹かれ購入しました。
この本、『8月のソーダ水』は、とある海辺の岬・翠曜岬を舞台にした漫画です。
浜辺で拾ったガラスのバイオリンを弾くリサちゃんの周りで、ちょっと不思議なことが、たくさん起こります。
傘のついたホッピングで風に乗って旅をする男の子
電車で寝過ごして辿り着いた、にぎやかなのに誰もいない微睡島
伝説の海底都市アポリナリス
そして、リサちゃんのバイオリンに隠された秘密とは……?
リサちゃんと一緒に、ちょっと変わった人やものに出会ううちに、ふと、思いました。
この翠曜岬は、私が小さい頃空想した岬だ、と。
もちろん作者のコマツシンヤ先生の発想、絵柄は唯一無二のものです。とても真似できるものではありません。
けれども、なんとなく懐かしい気持ちがするのです。
幼い頃、空想で訪れた街、たとえば月の上る山にある月の人が住む街や、街の路地を入っていくと広がる不思議な市場など……そんな幼い日の空想に、翠曜岬もあったのではないか? そう思わせてくれます。
そう思うと同時に、大人になった今の自分は、昔のように空想ができないこと、毎日カツカツ生きていることを、感じます。
毎日、なんとなくつまらない、と感じてしまうのは、環境が悪いのではなくて、空想して楽しむ自分の心が貧しくなってしまったせいもあるのだと、ちょっと悲しくなります。
しかし、この本を読んでいると、また空想ができる気がするのです。
私もこんなことがあったらいいなと思っていたな、リサちゃん楽しそう。
リサちゃんと一緒に翠曜岬を旅するうちに、空想のパワーが湧いてきます。
毎日の決まりきった通勤路でも、見方を変えてちょっと空想を加えれば、楽しくおかしい道になるかもしれません。見える世界は変えられるのかもしれません。
また、この本は漫画本のこともあり、オールカラー本なのです。
コマツ先生のやわらかい絵柄、そして海の青、空の青の美しさ。
目にも爽やかです。
個人的には、影が薄い青で塗られているところが、夏らしさ、海と空の近さが感じられてとても好きです。魚などの海洋生物もとても可愛らしいです。
小さい頃海にあこがれて、部屋の壁紙を魚柄にしたい! とねだっていたことを思い出しました。
この本を読むと、どんよりした心に、いつの間にか光が差します。
いつもの景色もキラキラ見えてくるかもしれません。
この本は、まさにソーダのような、心の清涼剤となる1冊なのです。
そうそう、実は私、この本を読むまでビー玉のことを忘れていました。
この本に出てくるビー玉が、思い出させてくれたのです。
ちょっと変わっていて、とても素敵なビー玉なのですが……
懐かしくて、あの日の自分を読者に思い出させる、そんなビー玉だと思います。
▼『8月のソーダ水』コマツシンヤ(太田出版)
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