リーディング・ハイ

1000年の時を生きる方法《リーディング・ハイ》


とりいさん 木

 

記事:鳥居 美紀 (リーディング・ライティング講座)

”昔はおじいさんが家を建てたらそのとき木を植えましたな。この家は二百年は持つやろ、いま木を植えておいたら二百年後に家を建てるときに、ちょうどいいやろといいましてな。 “

 

まるで、日本昔ばなしの出だしのようなセリフに、頭を殴られたような衝撃を受けた。200年という自分の一生をゆうに超える時間。自分の肉体が朽ちてしまった後までをも自分の命の時間としてとらえ、その頃の自分の子孫のために木を植えておくというスケールの大きさ。自分を考えると、今から200年後のことなど、想像したこともない。孫なんかの世代よりもあとの世界なんてSFにしか思えず、実感がまるっきりわかないのだ。私たちの祖先の世界観ってこんなに大きいものだったのか。

 

「最後の宮大工」と呼ばれた、現存する世界最古の木造建築・法隆寺の棟梁、西岡さんと、その弟子の小川さん、そして、小川さんの主宰する宮大工集団の若者たち。三世代にわたる、木と向かい合う仕事を通じた生き方、考え方を綴った本、『木のいのち木のこころ<天.・地・人>』を読んだ。法隆寺は今から約1400年前に建てられた建物。西岡さんは法隆寺の再建を通して飛鳥時代の工人の精神を読み取り、次の世代の小川さんに伝え、小川さんはさらに若い世代にその心を引き継いでいる。法隆寺を200年どころか1000年以上も支え続けている木が、飛鳥時代から平成の現在に先人たちの知恵を伝える役割を果たしてくれている。

 

西欧式の考え方・やり方が主流になってしまった戦後の日本。西岡さんたちは、現代の私たちの考え方が必ずしも正解ではないと、日本に昔から伝わる知恵を教えてくれる。その知恵は、読む人の境遇に合せて解釈することのできるものだ。私は組織に属する会社員として、先人の教えをこの本で考えてみた。

 

例えば、リーダー論として。法隆寺の大工に伝わる教えに“百論をひとつに止めるの器量なき者は謹み(つつしみ)惧れて(おそれて)匠長(しょうちょう)の座を去れ“という言葉がある。様々な個性を持つ人間の心を一つにまとめることができないような者は、自分の力不足でしかないのでリーダーなんて辞めてしまえ! である。ああ、部下が悪いといってクビや異動させたりする上司たちだけではなく、チームワークがないのはメンバーが悪いから、と言い訳する組織のリーダーに、この言葉は厳しく感じるだろう。(という私も、この言葉はイタイ……)

 

さらに、法隆寺などの建造物を見ている西岡さんたちは、曲がったりしている癖がある木ばかりを使い、それぞれの癖を生かせるように木を組んで作った建物の強さや美しさも賛美する。そしてこう言うのだ。これこそがリーダー(棟梁)の技量だ。気に入らんから使わん、というわけにはいかん。癖は使いにくいけど、生かせばすぐれたものになる。それを取り除いていたら、いいものはできんのだ、と。この言葉も、組織論に置き換えて考えると、深い言葉だった。

 

または効率について。当たり前のように少しでも早く結果を出すことが求められる現代。しかし、西岡さんたちの指導は、時間はかければかけるほど良いというものなのだ。弟子に鉋を毎日毎日研がせる。上達するためのアドバイスもせず、技術に関する本も読ませず、ひたすら一人で毎日研がせる。早く簡単に覚えるより、自分で試行錯誤しながらじっくり体の芯まで覚え込ませる。そこまで覚えたら絶対に忘れないから、と。

 

そのやり方の違いは、想定する時間の長さの違いからくるものではないか。数年程度の短い期間に成果を出すだけで良いやり方と、1000年以上も残る結果を出すためのやり方は自ずと違ってくるだろう。但し、1000年以上も残るものを創り出せる能力は、その人の一生の財産となる。自分は仕事で、部下にそのような能力を残せるような指導をしているだろうか。失敗を恐れて口出しし、部下が自分で努力して成長する機会を奪ってはいないか。

 

もうすぐ私は会社を去る。2人の部下と仕事をするのも、あとわずかの時間だ。彼らは私から何かを学び取ってくれたのだろうか。もし、この8年間でひとつでも何かを学んでくれて、その学びを彼らが指導者として次の世代に伝えてくれたなら、私の一部が次の世代に生きることになる。そうやって、私の命が終わったあとでも私の考えが残ったらと考えると、200年の時間もSFではなくなる。法隆寺の木のように、1000年残る何かを伝えられる人間になりたい、そう思って本を閉じた。

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2016-06-19 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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