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リーディング・ハイ

全力でムダなことしていいのは、オトナに与えられた特権だ。《リーディング・ハイ》


トースター

 

記事:かわかみ(リーディング・ライティング講座)

小学校の頃から、とにかく早くオトナになりたかった。

「子どもは不便だ」
そう、気付いてしまったのだ。

気ままに過ごせた幼稚園から、小学校にあがって「出来ないこと」が急に増えた。

一列に並んで歩きなさい。廊下は右側。持ち物はお道具箱に。机の中は整理整頓。教科書は毎日持ち帰る。体操服はキレイにたたんで袋に入れる。名札を付けなさい。背の順に並ぶ。上履きは白。宿題は家でやる。隣の教室に入ってはいけません……。

「なんで?」
一度でもそう思ってしまうと、もぅ出来なかった。

歩きながらギモンを感じ、思わず立ち止まる。私のところで列が乱れて立ち往生する。どうしたの? 聞かれてもうまく答えられない。
お道具箱の中はいつもぐちゃぐちゃ。そのうち、朝登校すると机の中に入れたはずのお道具箱が机の上に置かれているようになる。先生のチェックを通らなかったから。
名札……先生もみんなも、私の名前、もぅ知ってるじゃん。
何で上履きは白じゃなきゃいけないの? 外履きと分ければ何でもいいじゃん。
休み時間なのに、隣の教室に行っちゃいけないの? ナオちゃんと話したいのに。

「みんながそう言い出したら困るでしょ」「屁理屈ばかり言わない」「そう決まってるの」「出来るでしょ」「ダメ」……。
最初の頃は先生も話を聞いてくれたけれど、だんだん返事が短くなっていった。

強固なポリシーがあったわけじゃない。「反骨精神」なんてカッコイイものだったはずもない。ただ、面倒なガキンチョだったのだ。先生には、ほんとうに申し訳ないことをした。

そしてある時、気付いた。

「子どもだからだ」

子どもだから叱られる。子どもは出来ないことだらけで不便だ。オトナになれば叱られない。オトナは好きなことができる。早くオトナになりたい!

……でもって今がある。
まぁ、「面倒な子ども」が「面倒なオトナ」になった程度。とりあえず叱られなくなっただけマシかな、といったところだ。

この本の作者も、実は「面倒なオトナ」なんじゃないか。
そんな勝手な親近感を感じずにはいられない。

* * * * * * * * * *

『ゼロからトースターを作ってみた』(トーマス・トウェイツ著/飛鳥新社)

タイトル通り「トースターを作る」。その過程を記した、ただそれだけのエッセイだ。

本気で頑張ればトースターくらい作れるでしょ……って??
いえいえ、アナタ、プラスチック作れます? 鉄の精製できます? 断熱材が何からできてるか知ってます?

――そう、ほんとうに「ゼロから」作るのだ。

ちなみに、表紙の写真が完成したトースター。
結論から言ってしまうと、トースターは無事(?)出来上がる。表紙でいきなり種明かしをしてしまっても何ら問題はない。この本で大事なのは、結論じゃなくてその過程だからだ。

コトの発端は電気屋さんに並ぶ、ありふれたトースター。お値段たったの4ポンド(現在のレートで600円ちょっと)。

安い。
でも、何でこんなに安いんだ?
トースターってそんなに簡単にできるんだっけ?
「パンを焼く」って、たったの4ポンドの価値なのか?

そして、自らトースターづくりに挑む。

目標は「プラグをコンセントに刺すタイプの電機トースターをつくる」こと。

ルールは以下の通り。
・トースターの部品はすべて一から作る。
・産業革命以前に使われていたものと、基本、同じ道具で作る。
・一般的な、作業を効率化するための道具は使用可。つまり、電気ドリルはOK(手動ドリルと同じモノだから)。3DデザインソフトやロボットはNG(これらは産業革命以後の技術だから)。

そして隠しルールが一つ。
・自分の出来る範囲で(つまり、適宜ルールの応用はアリ。だってルールブックは「自分」だから)。

まずトースターをバラしてみる。
それぞれのパーツの原材料と作り方を調べる。
ワカラナイことは大学の先生など、専門家に聞いてみる。
材料の入手と、製造の計画を立てる。

あとは実行あるのみ。

ここからは、まさに「オトナの大冒険」の始まりだ。

鉄をつくるために自宅から223km離れたクリアーウェル鉱山へ鉄鉱石の採掘に行く。
16世紀の技術を元に、家の庭に溶鉱炉を作る。炉の材料は、ドライヤー、ゴミ箱、書棚から切り出した板、落ち葉を吹き飛ばす送風機……などなど。
断熱材、絶縁体となる鉱物「マイカ」を掘りに行く。こちらは自宅から1764km。
プラスチックの原料となる重油を手に入れるべく、BP社に交渉。当然、断られる。
銅を精製するため、鉱山へ。銅が溶け込んだミネラル・ウォーターを採取する。
ニッケルを「合法的」に入手する方法を捻出する。

いずれも、結果は成功したり失敗したり、妥協したり、強行突破したり……と様々だし、その過程に至っては、ものすごいドラマが展開される。

大量のジャガイモを使った「クッキング」が始まったり、iPhoneの電波が届かず危うく遭難しかけたり、赤ちゃん用歩行器を鍋で煮たり、お母さんの電子レンジがお釈迦になったり……と、それはまぁ、壮大なドラマだ。

こうして、トースターは「完成」する。

パンを焼くことはできるのか――?
その結果は、本書と、関連する動画サイトをあたってほしい。

* * * * * * * * * *

この本に綴られている数々のドラマは、ハッキリ言って「無駄」だ。
4ポンドで買えるモノののために、これほどのお金と時間と労力をかけるなんてバカバカしい。
でも、このバカバカしいことに全力をかけていいのは、オトナだけに与えられた特権だ。

ワクワクとページをめくるあいだ、私のアタマの中にはずっと、忌野清志郎さんの歌声が響いていた。
「おとなだろ」っていう、あの曲。

そう、私たちはもうオトナだ。
全力でバカなことをしたり、ムダなことをしても、叱られることはない。
少なくとも、自分のチカラの範囲、責任の範疇であれば、自由だ。

でも、自由だから、子どもの頃とはちがったチカラが必要になる。
オトナの特権を行使するためのチカラ。
それは、子どもの頃、思っていたよりもずっと難しいもので、いまの私にそのチカラがあるかと問われると、はなはだ疑わしい。
それでも私は、オトナになってよかったと思う。

清志郎さんの歌がリフレインする。

この本は、オトナにこそ必要なことを教えてくれる。
オトナにこそ「勇気」が必要なのだ。

 

 

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2016-06-29 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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