バレンタイン当日、好きな人にチョコを渡そうとして玉砕した理由《川代ノート》
こんにちは川代です。
今日はバレンタイン。
恋人たちの守護聖人ヴァレンティヌスの殉教の日なので、本当はチョコなんぞ食べる日じゃない、とはわかっているんだけど、チョコレート大好きな私はどうしてもお菓子メーカーの策略に感謝せざるを得ない。踊らされてもいい。バレンタイン大好き。
私にとってはバレンタインは唯一、なんの遠慮もなく甘いものをむさぼり食べることができる日である。世間のいたるところがピンクや赤のハートでデコレーションされるようになってからの二月前半の期間だけは、「バレンタインだしいっか」という言い訳をして、太ることも肌荒れも気にせず、チョコレートが買える。
中学、高校の頃なんて、バレンタインは学校の一大イベントだった。女子校だったので、校舎裏に呼び出して好きです! とか、本命じゃないからね、義理チョコだからね、とか少女漫画によくある甘酸っぱいラブ・アフェアはそれほどないのだけど(ちょっとはある)、ほとんどすべての女子がお菓子を大量に手作りして持ってくるので、バレンタインの日は本当に楽しかった。机に山盛りになったチョコをお昼休みにみんなで食べる時間は至福のひとときだった。先生にもあげると喜んでくれたり、楽しい学校だったなあ。
私はお菓子を作るのが苦手なので、市販のものか、チョコレートでコーティングしただけの苺を持っていくことくらいしかしなかったけれど、友人の中にはパティシエかと思うほど豪華なマカロンや、中からとろけるチョコが出てくるフォンダンショコラ、それにかわいいキャラクターの顔をデコペンで描いたチョコレートなど、かなり手の込んだものを作ってくるのもざらだったので、二月はおやつが尽きなくていいなあ、なんておでこのニキビをいじりながら思ったものである。
けれどさっきも書いたように、女子校のバレンタインといえども、浮気でも不倫でも秘密のデートでもない純粋なラブ・アフェアが、ちょっとはある。結構シビアな「本命チョコ」を渡すか渡さないかの、そしてもらえるかもらえないかの、ささやかなバトルは女同士でもあったのだ。
それは、後輩からのチョコ!
男がいない女子校では、ラブのやじるしが先輩に向く。特に運動系の部活で活躍している先輩は大人気。私の学年でおそらく一番モテていたのはフットサル部の運動神経抜群の子で、あれはただのクラスメイトの私ですらも本命チョコを渡したくなってしまうくらい、爽やかで性格もよくて、でもちゃんと女の子らしいところもあって、たしかに「憧れの先輩」という感じだった。
「○○先輩、いますか……?」なんて赤面しながら言う十人くらいの後輩たちがドアのところでそわそわしていた光景は今でも忘れられない。「ああ、ありがとね」などとなんでもなさそうに言う彼女もとってもかっこよかった。ちっ、私ももっとテニス真面目にやっときゃよかった、と不純な理由で彼女に嫉妬したのもいい思い出だ。
ただ私にはそれ以上に記憶に強く残っている、とてもほろ苦い、バレンタインの思い出がある。
あんまり恥ずかしいので、ほとんど誰にも言ったことがないけれど。
***
あれはたしか、中学三年生のバレンタインだった。
女子校といえども友達の紹介とかで男友達はいて、何度か話しているうちに、ひそかに好きになってしまった子がいた。
口数が少なくて、ちょっと何考えているかわからないような男の子。同じ年なのに随分と落ち着いていて、いろんなことを経験してきて達観しているように見えて、そんなミステリアスなところに惹かれてしまったのだ。ちょっと悪そうな、キャンディ・キャンディでたとえるならアンソニーよりもテリュースのような、危なげな魅力が彼にはあった。
私は勇気をふりしぼり、なんとかしてバレンタイン当日に彼と会う約束をこぎつけた。絶対に失敗できないと思って、でも重く思われるのもいやだからと悩みに悩んで、結局コージーコーナーで六個入りくらいのチョコレートを買った。確実においしいし、かつ手作りじゃないからいざとなったら本命とも義理ともとれるし、うん、オッケー! 自分で自分を納得させ、必死に選んだチョコレートを鞄の奥にしのばせて、彼との待ち合わせ場所に向かった。
「おお、おっす」
バレンタインだというのに、彼は微塵もそわそわしている様子もなく、いつも通り。まったく甘い雰囲気にもならないし、二人で会っているのに「ただの友達」の会話以上には全然ならない。
でも今日、チョコを渡すことできっと何かが変わる!
チョコを渡すだけでも、少しは私のことを意識してくれるはず!
ていうか中学生男子だもん、普通チョコもらったら喜ぶよね?
そう信じて、虎視眈々とチョコを渡すタイミングを見計らっていたときだった。
「わりいんだけどちょっとさあ、あそこのマック行っていい? 友達がいるらしいんだわ」
携帯電話をちらりと見て彼が言った。
「うん、いいけど、何か用事?」
顔の広い彼のことだ。忘れていた用事でもあったのだろうか。
暢気にそう考えていた私の予想は、いとも簡単に打ち砕かれる。
「いや、友達がチョコくれるらしいからさ、もらいに行っていい?」
え
ちょっとまって
えーーーー!!
もうあのときの衝撃といったらないですよ。「14日あいてる?」ときいても「いいよー」としか言わなかったので、バレンタインなんか完璧に忘れてるような鈍感な人なのかと思って気を抜いていたら、まさか別の女に先を越されるとは。
まあ女友達の多い彼だから、仕方ないよね。友達だって言うし、きっとおまけみたいな義理チョコもらうだけだよね、となんとかしてはやる動悸をおさえながらマックに到着。
しかし、である。
「あ、こっちこっち」
「遅いじゃーん」
「ハッピーバレンタイン!」
え
なにそれ
めっちゃかわいい!!!
そこにいたのは、美人女子中学生三人組。Popteenとかのギャル雑誌の読者モデルに平気でいそうなくらいにかわいい。しかもモデル系の美人な子、ギャルっぽくてかわいい子、清楚なアイドルっぽい子とジャンル的にも抜け目ない。完璧な三人だ。いかにも「イケてる」といった感じ。
彼女たちのビジュアルから受けた衝撃に、言葉を発せられない私を放置して四人の会話はすすむ。
「はーいこれチョコあげるー」
「おー、サンキュー」
私がいつ渡そう、いつ渡そうとずっとドキドキ、そわそわしていたことを平気でやってのける彼女たち。さすがかわいい子は慣れている。
しかもよく見ると、彼女たちのチョコ、かなり気合が入っているではないですか!
どう見ても全部手作りだ。ハート型のや、作るのに時間がかかるガトーショコラや、ペンでかわいくデコレーションしてあるもの。
もちろんリボンやシールで綺麗にラッピングしてある。
ちょっと、「友達」じゃないの? なんだ、この気合いは。ていうか本当に「友達」なのか?
それに、見た目だけなら思いっきり「本命」のチョコをもらって「サンキュー」で済ませるあなた、なんなの? 仮にも15歳の健全な男子中学生なら、もう少し浮かれてもいいんじゃないの?
きゃっきゃと進む楽しそうな会話。彼を囲むその美女三人組によって組まれたスクラム。
私は完全に空気と化した。
ちらり、と鞄の中のチョコレートを見やる。
綺麗な包装紙でちゃんとラッピングしてある。赤いリボンもかけてある。高級ブランドじゃないけど、コージーコーナーのだからおいしいのは確実だ。
大丈夫、なはずだ。
大丈夫、大丈夫……。
「あけていい?」
「えー、いいよいいよ」
「今食べるの?」
「きゃーはずかしい」
「ちゃんとできてるかなあ」
「いや、すげーうまいよ、手作りっしょ? すごいね」
「ほんと? よかったあ」
もし義理チョコとして渡すなら、このタイミングで渡さないとおかしい。
きっとあとで渡しても、怪しまれるだろう。
でももし本命チョコとして、渡すなら。
あのかわいらしい、隙のない彼女たちから、完璧な手作りチョコをもらった彼に、このチョコを、渡せるだろうか。
どうしよう。
私は、どうしたいんだろう?
そもそも、どうしてチョコを持ってきたんだろう? どうしてバレンタインに会いたいと言ったんだろう?
彼のことが好きだから?
告白したいから?
それとも、ただの義理チョコとして?
なまりのような時間が過ぎる。
***
「じゃあね」
「おう」
駅前で彼と別れる。
きっともう二度と会うことはないだろうことを、私は悟っていた。
振り向いて、彼の背中を見送った。
夕方の雑踏に消えて姿が見えなくなると、駅に向かって歩く。
もう。
もう、最悪。
なんでこんな日に、会おうなんて約束したんだろう。
なんでチョコを渡そうなんて計画したんだろう。
鼻の先がつんとしてくる。
アイメイクがよれて、ひどく惨めに見えるであろう顔をマフラーで隠し、足早に改札へ向かう。
目の前が歪んできて、よく見えない。
バレンタインなんか、なければよかった。
私は駅のごみ箱に、何の罪もない、綺麗に包装されたままのチョコレートの小箱を投げ捨てた。
***
と、いうことがありましてですね。
いやー、なつかしい。
本当になつかしい!
思えばあれが最初の失恋だった。
せっかく買ったチョコを、好きな男の子に渡す勇気も出ず、むしろなんだかひどい返り討ちにあったような気分で、悔しくて、情けなくて、虚しくて。
あの頃はただチョコを渡せなくて悲しかった、としか思っていなかったけれど、たぶん私が泣くほど惨めな気分になったのは、彼のことが本当に好きだったわけではなかったからだろう。
本当に好きだったら、本命チョコとして渡していたはずだ。
でも私はそうじゃなくて、駆け引きのひとつとして、バレンタインという行事を利用したにすぎなかった。ミステリアスでかっこいい、みんなに人気者の彼に愛されることで自分の価値を確かめたかっただけなのだ。
最初に計画をたてていたのは、バレンタインに会いたいと、彼に連絡したとき。
「バレンタインに会おう」、私からそう言った時点で、彼に期待してほしかったのだと思う。
あの子にチョコをもらえるかな?
もしかして告白してくるのかな?
そんな風に、そわそわしてほしかったのかもしれない。意識してほしかった。
ちやほやしてほしかった。
内心、チョコという餌だけで彼を釣れると思っていたのかもしれない。
けれど残念ながら、そんな打算がある女に振り回されてくれるほど、彼はお人好しでもなく、モテない男でもなかった。
簡単なことだ。
私の敗因は、彼をコントロールしようとしたことだった。
素直な気持ちを伝えようとするのではなくて、バレンタインという一連の行事を通して、彼を操ろうとした。その計算高さが垣間見えたときほど、相手を幻滅させてしまうことはない。
もし相手を自分の思うように動かしたいなら、本心がばれないように、よっぽどうまくやらなければならない。こいつ、自分を操ろうとしているな、と思う相手を好きになってくれるような人は、よっぽどのマゾヒストじゃない限りなかなかいない。人に支配されるというのは、窮屈だ。
好きにさせよう、好きにさせようという気持ちが見えれば見えるほど、追われる方は逃げたくなる。
そんな相手よりも、素直に、楽しそうに好きな気持ちを向けてくれる人の方に惹かれるのが普通じゃないかと思う。
けれどただ純粋に、素直に、好きな人に気持ちを伝えるというのは、なんと難しいことだろうか。
好きな人に限ったことではないけれど、たとえば、相手を褒めるとき。
本当に純粋な気持ちだけで相手を褒めることは、どれくらいあるだろうか。
「素敵だね」
「優しいね」
「尊敬してる」
そういう言葉を発するとき、心のどこかで、相手をコントロールしようとはしていないだろうか。
好意を伝えることによって、自分の思い通りに動かそうとはしていないだろうか。
もちろん好かれようとする努力も必要だとは思う。好きな人の好みに合わせてファッションを変えたり、髪型を変えたりするのもいいだろう。
けれど、好きになってもらうために努力して「自分を変える」のと、
「相手を変える」ために思ってもないことを言ったり、相手の行動をコントロールしようとするのは、私は、ちょっと違うような気がするのだ。
自分の都合のいいように相手に変わってもらったら、そんなに楽なことはないけれど、基本的に他人を変えようとするのは、なんだか傲慢な考えのような気が、どうしてもしてしまう。
自分は自分で、他人は他人なのだ。私は私の人生しか生きられないし、相手は相手の人生しか生きられない。
そしてその人生で数ある選択肢をどれにしようか決めるのは、私ではなくて、相手だ。
影響を与えることはあれど、私が変えられるのは私だけで、相手の人生を決められることはない。
だから、バレンタインとかのイベントごとを利用して、勝手に相手が追いかけてくれればいいのに、なんて計算をすると、あのときのように痛い目に合うのかもしれないな。
まあやっぱり、よっぽどテクニックに自信が無い限り、恋愛で打算をするとうまくいかないし、駆け引きもしない方がいいと思う。ついでに言うと、私みたいに下手に駆け引きをしようとする人はだいたい、プライドが高くて玉砕する可能性が高いし……。
バレンタインの本当にひどい思い出だけれど、それだけでも、あの頃学べてよかったよかった。
さて、バレンタインの思い出も全部書き出して、すっきりしたことだし。
今年もさっさとコージーコーナーの生チョコを買って帰って、にきびができるまで食べるとしよう。
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