チーム天狼院

※注意※ 勘違いされると嫌なので始めにいっておきますが、これは決して悪口ではありません《スタッフ山中のつぶやき》


※勘違いされると嫌なので、始めにいっておきますが、これは決して悪口ではありません

「あ、そうなんですね。ふふふ。」

その光景はあまりにも自然で、一見なにもおかしな様子はないように思えた。

女性同士。向かい合って、務めている会社のことや日常の何気ない会話をしているようである。

しかし、その様子に私たち家族は一瞬動作をとめて、会話に注目してしまうほど衝撃を受けていた。

お正月。年に1度の親戚が集う時の出来事であった。

 

親戚への挨拶も一段落して、帰路につこうと家族で一台のワゴン車に乗り込む。

「どうしたんだあれ」

バタン。とドアを閉めてすぐ、父がこう切り出した。

「私も、なにが起こったのかとおもった」

姉も驚きを隠せない様子。

「まさか、あんなに、ねぇ。」

ちょっとのことでは動じない母でさえもこうである。

私もその時の様子を頭の中で思い出す。

 

父と姉と母と私。

その口元は笑うことをを押さえられず、絶えずニヤニヤしていた。

 

「ふっ」と思わず私が吹き出すと、四人で大笑いである。

 

「そうなんですね。って 笑」

「まずね、声のトーンが違うよ、トーンが 笑」

「でも、あれよね、職業柄ね 笑」

「すごい、どこからお嬢様が出てきたのかとおもった 笑」

 

運転席の父も右後部座席の姉も

助手席の母も左後部座席の私も

社内が個室であることをいいことに4人で言いたい放題。

そんな中、一人むっとしているのは中央に座っていた次女である。

 

「もう、うるさいなー。別になにも悪いことしてないじゃん。」

 

我が山中家は5人家族。私は3姉妹の末っ子で、上に姉が二人いる。

今、4人にからかわれているのは2番目の姉。次女の”あーちゃん”である。

「あーちゃんがあそこまで豹変するとは思わなかったよ」

おもしろおかしく笑っていたのは、彼女の豹変ぶりについてであった。

 

そう、彼女はいわゆる「八方美人」なのである。

親戚といえど、年に一度のお正月程度でしか会うことのできない人たちに、

彼女は普段、リビングで見せている様子からは想像できないような対応を見せていた。

それにその他4人は衝撃を受けていたのである。

 

普段の彼女といえば、

帰って来ても「ただいま」は聞こえないし

ソファに倒れ込んだかと思ったら用意された食事を無表情で食べるし

お風呂に入ったかと思えば今日の出来事を「あー!もう!つかれたー!」といいながら低い声でしゃべりだす

そんな、女性である。

それがどうしたことか、その場では

「そーなんですねー!」とものすごい相づちを打つ

「~じゃあきっとこうかもしれないですね♪」と軽く冗談を言う

「ふふふ」っと終始笑顔をふりまく

そんな女性になっていた。

 

普段はあんなんじゃないくせに!ねこかぶちゃって!キャラが全然違う!

「八方美人」とはその名称の通り、誰に対してもいい顔をする人。

本性は違うのに上手く隠しているいわゆる”ズルいやつ”である。

「あの人って、八方美人だよね」といわれてしまえば、それはもう立派な悪口で、

さっきまで清楚で、謙虚で、ものすごくクリーンだったイメージが一気に崩れ去り、

真っ白が急にくすんで見えるようになる。

 

「つき合う前に、彼女が家族に電話している様子をみた方がいい」

という話を友だちから聞いたことがある。

家族としゃべる時はその人の素の様子が見れるので、その子の本性がわかるのだそうだ。

確かに、一理ある。

もしその彼女が家族への電話をかけたとして、その様子がいつも自分がみているものと全然違ったなら。八方美人決定。残念なギャップに千年の恋も冷めてしまうかもしれない。

 

でもちょっとまてよ。

「八方美人」ってそんなに悪いことなのだろうか?

確かに誰しもにいい顔をしているということは、本来の自分を隠し、偽っているように思える。

本当はどす黒い感情を内に秘めているのに、それを繕い、四方では収まらず、八方までも笑顔を振りまくのだから。

しかし、そのどす黒い感情を持っているなんて誰が決めたのだろう?

確かにあーちゃん(次女)は家の中と外では明らかに丁寧さが違う。声も違う。もっというとキャラクターも違う。

でも、会話をした後にその人の悪口を言う訳ではないし、あれ?さっきと言ってること違わない?という意見のブレもない。なにか黒いものを抱えているなんてことは思ったこともない。

「なつみも、いるの?」と口調は乱暴ながらも

食後のお茶をいれれば他の家族の分も用意してくれるようなそんな気のきく女性でもある。

 

普段とのギャップはあるかもしれないが、他人に丁寧に降るまいことは 場をわきまえているだけで、逆にすばらしいことである。

 

家族に電話をする様子が普段と違うように見える彼女だって、普段との落差がありように見えるかもしれないが、悪口を言う訳でも、裏で何かやっている訳でもない。

素の彼女は彼の前とは違うかもしれないが、

少なくとも彼は”彼女は家族に対しては態度が違う”というギャップを見つけただけであって、彼女の欠点を発見した訳ではないのではないか。「素の様子が普段とは違う=彼女の性格が悪い」

という考えには繋がらないのではないか。

 

こう考えると、「八方美人」は 逆に他人に対しては必ず丁寧に接しているといえる。

誰に対しても気を使い、嫌な気分にさせない。

気分を良くさせるために、その場でその相手に対してベストな自分で対応していく。

「八方美人=究極の思いやり人間」

こう言えるのではないだろうか。

実際、お正月の集まりでの次女に対する評価は大変高かった。

「あんな娘さんに育ってくれてよかったわね」と母は何度も言われて、鼻高々だったようである。

親戚中に愛想を振りまいたからといって、お年玉がもらえるような年齢ではもちろんない

普段とのギャップは確かにあったかもしれない。

しかしその場にいる全員に気を使い、八方に笑顔を見せていた次女は、しっかりと信頼と獲得し評価を得ていて

私も妹として見ていて普段との違いが面白いと思う以上に姉を誇らしく思っていた。

 

確かに自分の意見をコロコロ変えたり、心にも思っていないきれいごとを並べ立ててみんなに良い顔をして振る舞うことはよろしくない。

本当は真っ黒なのに、あたかも真っ白であるかのように振る舞う。

でもこれは「八方美人」というよりも「嘘つき」だ。

嘘をつく人は信頼できないし、悪いことをしている人の評判が悪くなるのは当たり前である。

 

「八方美人=嘘つき」というイメージを勝手にもってしまっているが、よくよく考えれば彼女たちは嘘はついているわけではない。

家族に対しては気を使わずに接しているだけである。

逆に気の置けない人に対してもそんなよそよそしく振る舞っている人がいたら逆に怖い。

他の人に対しても普段通りに振る舞えば良いのに!と言われるかもしれないが、まだ親しくない人に家族と同じように振る舞えば、逆にそれは場をわきまえられない非常識的な人である。

八方美人と言われる人たちは、”気を使う”使わない”を切り替えているだけで、

ギャップがあるどちらの彼女も彼女自身であり偽りのないありのままの姿なのではないだろうか。

場をわきまえて、気を使うべき場で気を使う。これが完璧にできている。

意見を変えない、偽らない自分の芯を持つことが前提ではあるが、その上で

八方に対して美人でいられる彼女たちはすごい人たちである。

その芯を見られるのは親しい人だけで、それを見られるのは逆に親しくなったと認定してもらえたということなのかも知れない。

 

そうなると私の友だちも

家族と電話している時の素と普段にギャップがある彼女にががっかりするのではなく、

その素を普段見せてもらえるほど彼女と親しくなれていない自分にがっかりするべきなのだ。

 

自分の偽らないで。場をわきまえて。相手を思いやって。常にベストな自分で相手と向き合う。

そんな素敵な八方美人に私もなりたいものである。

 

八方美人 

だれに対しても、如才じょさいなく振る舞うこと。また、そのような人。どこから見ても欠点のない美人の意(四字熟語時点よりhttp://dictionary.goo.ne.jp/leaf/idiom/八方美人/m0u/)

 

とは言いつつも、

彼氏の前であーちゃんが家族に電話した時、いったいそのギャップに彼がどう反応するのかを想像すると、また「ふっ」と思わず吹き出してしまう。

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