「仕事が辛い」と思うなら、松坂桃李の「生」演技を見ればいい。
記事:山本海鈴(チーム天狼院)
人生には、「いつか、生で見てみたい」というものがいくつもある。
小さいものから、大きいものまで、さまざまだ。
人生は、この「見てみたい欲」で、繋がっているように思う。
そのうちの一つを、観に行くことができた。
つい、この前のことだ。
もしかしたら、テレビで見たことのある人も多いかもしれない。
『スジナシ』の舞台である。
スジナシとは、もともとは『鶴瓶のスジナシ!』として、1998年にスタートしたテレビ番組だ。
マスターは笑福亭鶴瓶さん。
毎回、ゲスト俳優が1人呼ばれるのだが、これが驚きなのである。
台本なし。
打ち合わせも一切なし。
あるのは、舞台セットと、小道具のみ。
そこで、10分間の「即興劇」を繰り広げるのだ。
幕が上がってしまうと、一切のカットなし。
何が何でも10分間、舞台上の会話の中で、物語を作らなければならない。
そして、恐ろしいことに、即興劇はそのまま収録され、数時間後にはテレビ放送されるのだ!
たしかに演劇のレッスンで、エチュード(即興劇)をおこなうことはよくある。
しかし、あくまで「稽古」の場がほとんどだ。
この『スジナシ』の恐ろしいのは、
観客席にびっちりのお客さんが入っている中での、
10分間、本番一発撮りの真剣勝負なのだ。
この現場の「生」感たるや!
スリル満点、最高なのである!
これはいつか絶対、生で見てみたい……!
その昔、テレビ画面の前で想いがむくむくと膨れ上がったのである。
チケットが当たって驚いた。
記されていた名前は、3月上旬に発表された「第43回 日本アカデミー賞」の最優秀主演男優賞。
今を時めく松坂桃李さんのゲスト回だったからだ。
この回に応募したのは、訳がある。
3年前のことだ。
天狼院書店スタッフが2017年にテレビ番組『U-29』に取り上げられた際、
30分間まるまるナレーションで天狼院を紹介してくれた方こそが、松坂桃李さんだったのだ。
そんな縁で、出ている作品があるとチェックするようになった。
開幕のブザーが劇場に響く。静かに照明が落ちる。
ステージに笑福亭鶴瓶さんが登場した。
落ち着いた語り口で、最初の挨拶をすると、すぐに紹介がある。ゲストの登場だ。
凄いことに、どちらも今年の日本アカデミー賞の優秀主演男優賞にノミネートされた2人である。
本番前トークにも花が咲く。
そして、本当に、打ち合わせもなしに、そのまま舞台袖にはけてしまった。
アナウンスが響く。
本番、10秒前。
5、4、3……
幕が上がる。
そして繰り広げられた、10分間の即興劇。
笑いあり、のち、一触即発の緊迫シーンあり。
ハラハラドキドキの展開だった。
内容はぜひ公式からアーカイブで見て欲しいのだが、
私は、開いた口が塞がらなかった。
劇がスタートすると、何も決まっていないゼロの状態から、
セリフや行動で、伏線を張り巡らせる。
10分間という短い時間の中、
どうすればドラマチックな展開になるだろうか?
ラストシーンまで、どう落としこめば良いだろうか?
会話のキャッチボールの中で、
結末をその場で「仮定」しながら、逆算して、つくっていくのだ。
それを、こんな、大勢の目の前で。
もし私が、即興で「何か喋って!」と振られても、気の利いたことなんて絶対に言える自信がない。
でももしこんな風に、舞台の上で、相手とキャッチボールしながら、上手く物語を作っていくことができたら……
めちゃくちゃ楽しいんだろうな。
尊敬の眼差しで眺めていた。
ま、あんなにすごい俳優さんがやってるんだもの。私とは違うから。
こんなこと、とうてい出来っこない。
だいたい、不器用だし。私にはきっと、向いてない。
……本当だろうか?
声が聞こえる。
本当に、そうだろうか?
それは、否応なくやってくる。
「私がこんなことするなんて、タイプじゃない」と思う場面だ。
私なんて、人前で上手く喋れるタイプじゃないし。
こんな作業、そもそもやったことないし、できないよ!
弱い自分が叫ぶ。
だが、こう考えると、どうだろうか?
「これは、◯◯という役を演じているのだ」と。
本来の自分のままでは、潜在的な苦手意識がついて回るときがある。
ただの先入観、ただの思い込みである。
けれど、長年培ってきた厄介者は、弱い自分の邪魔をしてくる。
そんな時、こう唱えるのだ。
なぜなら、これは「役」だから。
「私は、人前で上手く喋れる役を、演じているのだ」。
少し、自分本体の人格と切り離す。
そうすると、強い思い込みが、ふっ、と抜けていく気がする。
逆境でも、自分から掴みに行く推進力ができる。
敵に攻め込まれても、逃げずに立ち向かう心の余裕ができることが、分かったのだ。
次々に降ってくる難題や、重責。
「こんなこと、自分ができるタイプじゃないよ!」と逃げる理由を浮かべてしまったとき。
手が止まりそうになる自分に、言い聞かせる。
これは、まぎれもなくたった一人、私に与えられた「役」なのだ。
私は、その演技を全うすればいいのだ、と。
やっているうちに分かってくる。
「自分はそういうの、苦手だし」という思い込みは、ただの言い訳だ。
逃げる理由を作っているだけなのだ。
そして、こうも分かってくる。
手を動かし続けてさえいれば、いつの間にか「できる」に近づいている自分がいることも。
そう考えると、光が見えてくるような気がする。
ステージのスポットライトを浴びながら、
生き生きと演技をしていた、あのときの舞台で見た光景のように。
思い込みに逃げるな。
声が聞こえる。
ガツンと頭を殴られたような気がした。
思い出した。
何を私は、すごい人差別をしているんだろう。
彼の雑誌のインタビューで読んだのだ。
「弱い自分に打ち勝つよう、常に考えている」と、書かれていたことを。
松坂桃李さんの生演技を見て、生きるヒントが、分かってきたような気がした。
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