アイドルが教えてくれた、「恐怖」との向き合い方について
記事:山本海鈴(チーム天狼院)
ああ、あの時、あの道を選ばなければよかった。
今でも時々、そう思う。
ずっと「怖い」と思っていた道だった。
心がザワザワしてたまらない道だった。
どうして見ることを選んでしまったんだろう?
こんなことになるなんて、考えられなかった。
あの日、あの映像を見るまでは。
告白しよう。
私はオタクである。
まごうことなき、オタクである。
「オタク」と言ってもさまざまな方面がある。
私の嗜好性は、昔から、ダンスアイドルグループに大きく向けられていた。
しかもなぜか、女子ばかり。
ある時は、アイドルというよりアーティストと言った方が近いような、日本の女子グループに心酔していたり。
ある時は、韓国の女の子アイドルグループを、羨望の目で見ていたり。
可愛い女子たちがバリバリに踊って、歌って、完璧なパフォーマンスをする。
見ているだけで、癒される。
パフォーマンスに心揺さぶられ、元気になれる。
さまざまなグループを見漁り、いつも何かしらに心奪われていた。
でもひとつだけ、決して開かれない扉があった。
それが「男性アイドル」だった。
女子のアイドルは、連鎖的にさまざまなグループの動画を辿って見ることがあっても、
なぜか、男性アイドルに対しては、どうしても食指が動かなかった。
徐々に私は、気づき始めていた。
怖かったからだ。
私は、ダンスを習っていた。
小1から始めたジャズダンスは、結局、地元の高校を卒業するギリギリまで続いた。
女子ダンスグループ系アイドルが好きというのも、
誰に見せることもなく、一人で振り付けを真似し、できるようになること「自体」が、好きだったからだ。
動画で何度も見た、あの、キラキラしたステージ上の女の子たちと同じ動きができるようになるのは、とてもいい気持ちになった。
純粋な気持ちで、楽しむことができた。
だけど、男性アイドルのダンス動画が視界に入ると、とたん、心に不穏な雲が立ち込めた。
本心では、見たいと思っているのだ。
けれど、見れない。
見たくない。
いちど異性のアイドル沼に落ちてしまったら、二度と這い上がれないから?
その恐怖からだとも一瞬、思った。
けれど、何かが違うような気がしてならなかった。
この、もやもやの正体は、なんだ?
そしてある日、気づいてしまったのだ。
私が感じていたのは、紛れもない、
「嫉妬」という感情だった。
男性アイドルの振り付けは、往々にして、激しい振り付けのことが多い。
ハードな運動量。細かすぎるステップの足さばき。
習っていたダンスのジャンルとは違う動きを要求されるものだった。
私にとって挑戦したことのない、「未知」のもの。
こんな高度なこと、できるか分からない。
私がそれを見たくなかったのは、
その動画を開くことで、「できない自分」に向き合わなければならないかもしれないという、「恐怖」からだったのだ。
嫉妬。
怖い。
嫌だ。
心のザワザワは、自分では認めたくない、後ろ向きな感情だったのだ。
できない自分を見たくない。
だから、その動画も見たくないのだった。
気づいてしまうと、悲しくなった。
そんな小さな器による理由だったなんて、自分でも知りたくなかった。
けれど、それでも、気になって仕方がなかった。
そして、ある日。
きっかけは何だったか、今では覚えていない。
ふと、無意識に、ダンスも歌もパフォーマンスに定評のある、ある男性アイドルの動画を開いてしまったのだ。
このことを、私は今でも後悔している。
向き合いたくない感情を超えた先には、これまでに感じたことのない「喜び」があった。
結論から言うと、今までに比較ないくらい、心酔してしまったのだ。
音楽を聴くだけで、全身の血が湧き上がる。
新しいコンテンツがリリースされると、どんなに疲れていても眠気も吹っ飛び、目がらんらんとしてくる。
心拍数は上がって止まらず、世界の全てがきらめいて見えてくる。
もはや、覚醒状態。
まるで一種の「合法麻薬」だ。
今ではもう、嫉妬の念も起こらない。
自分ができないことを認めることになる、なんて小さなことも、思わなくなった。
今日は疲れた、もう元気が出ない……そんなとき。
いつでも、どこでも摂取することができる。
そして瞬時に、元気になれる。
栄養ドリンクで強制的にエネルギーを注入するより、何百倍も、効果があるのだ。
「恐怖」という感情におびえ、その扉を開かなければ、それまでの小さな自分の器の中にいたままだっただろう。
新しい世界を見ることもなかったのだ。
「恐怖心」の裏返しには、今、自分が向き合わなければならない課題があること。
それを乗り越えた先に得られるものは、大きなものであること。
もしこれから先、何かに対して、「見たくない」という感情が芽生えたとき。
この「男性アイドル事件」を、私はまた、思い出すだろう。
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