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チーム天狼院

『ぼくは勉強ができない』は、現代における『源氏物語』なのである。《京都天狼院の本棚》


 

「ぼくは確かに成績が悪いよ。だってそんなこと、ぼくにとってはどうでも良かったからね。ぼくは彼女と恋をするのに忙しいんだ」――――だ、そうですが!

 

ちくしょー秀美くん完敗だ、きみはいつでもカッコいいよ!

のっけから失礼致しました、ただいま京都に住んでおります三宅と申します。

京都天狼院という妄想書店を脳内とウェブ上に繰り広げて早幾ヶ月。わたくしそろそろ決意致しました。

 

「そうだ、本、おすすめしよう」と。

 

……いや今更かい、とツッコまれそうですが、妄想京都天狼院はそういえば書店です。そういわなくても書店です。その妄想店員を務めるならば、本をおすすめしても文句は言われないであろうと思った次第で……というか結局わたしが「好きな本について語らせてほしい~~」と駄々こねた結果でございます、ごめんあそばせ。

 

そんなわけで題して「京都天狼院の本棚」、三宅がおすすめ本を紹介してゆくコーナー、はじまりはじまりでございます~!

さてさて記念すべき一回目は、山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』について語ってみようかな、と思います。

 

―――『ぼくは勉強ができない』という小説を、ご存知だろうか。

初出はなんと私の生まれる前。いわゆる「青春小説」の金字塔。若者のバイブル(by文庫本の解説)……なのだけども、私は声を大にして言いたい。

これはただの青春小説ではない。この小説は、私たちの時代の『源氏物語』小説なのである!と。

まずは未読の方のために、『ぼくは勉強ができない』の中で、私が一番好きな言葉たちを引用する。

 

最初は、主人公の男子高校生・秀美くんの台詞だ。

 

 

“しかしね。ぼくは思うのだ。どんなに成績が良くて、りっぱなことを言えるような人物でも、その人が変な顔で女にもてなかったらずい分と虚しいような気がする。女にもてないという事実の前には、どんなごたいそうな台詞も色あせるように思うのだ。”

 

 

わはは、この言葉で一体何人の京大生が死ぬんだ!!!みなさんもこの言葉にギクッとしません?私は自分のことは棚に上げ、この言葉を読むたびにやにやしてしまう。 しかし彼はこうも言う。

 

 

“けれど、人間が、そんなにも弱くて良いものだろうか。つまんないんだもん、もてないんだもんで否定されてしまうようなものなど、初めから無いも同然ではないのか。”

 

 

ははー、うん、そのとおーり。秀美くんはやっぱかっこいいわ。 だけど秀美くんをも凌駕する女性がここにはいる。母だ。

 

 

”ほらほら、悲しみは、おなかをいっぱいにしないわよ。つまらないことで悩んでると、ハンサムじゃなくなっちゃうから。”

 

 

私はこの言葉が大好きだ。あらゆる悩みや悲しみは、悲劇の主人公ぶることができてなんだかんだ楽しいのだけど、でもそれでもこう言える女になりたい、と心から思う。つまんないことで悩んでても「いい顔」になれないよ、と笑うことのできるような女に。

この小説の雰囲気を、少しでも分かっていただけただろうか?

そう、主人公「秀美くん」は、めっぽう敵なしのカッコよさなのである。

サッカーが好きで年上のバーテンダーの彼女持ち。「ぼくは勉強ができない」ってクラスで堂々と言いながら、女の子の好意的な視線を浴びている。そんな彼のカッコよさは、その正直さと、自分というものをもった価値観にある。こういう、嘘をつかない、ずるくない男の子がもてるのは、よーく分かる。

だけどこの小説は、その彼の魅力だけに終わらないところが魅力だ、と私は思う。

それは、考えてみると、『源氏物語』の本当の魅力が光源氏に終始しないことと、同じ構図なのである。

『源氏物語』のことはきっとみなさんご存知だろう。光源氏というプレイボーイが、たくさんの女性を口説いたり関係をもったり切ったりする、日本が誇る古典文学である。

しかし『源氏物語』は、光源氏のかっこよさがなければ成り立たないものの、あの作品が愛され続ける理由は、そこだけではない。

出てくる女の人たちを見て、読者は『源氏物語』を楽しむのだ。

もちろん光源氏自身のかっこよさにも、うっとりする。読者は彼の和歌や口説き文句にほうっとため息をつき、その不憫な生い立ちや運命に涙する。しかし、それ以上に、彼と付き合う幾多の女の人たちに対して、読者は様々な感想を持つ。憧れたり批判したり、ときめいたり共感したりしなかったりする。そうやって「女の人」の醜さや魅力に心を揺さぶられながら、読者は『源氏物語』を楽しんできたのだ、と私は考えている。

光源氏ほどじゃないが、秀美くんの周りにも、女が集まる。それも、素敵な女たちが。

 

「飢えてるわよ、私」と意味ありげに笑う、年上の彼女・桃子さん。

「排泄物も吐瀉物も体の中に隠し持ってるくせに、何故、虚無なんて言葉を使うかってことよ」と吐き捨てる優等生、礼子。

「精神状態も、健全だってのは困るのよ。もっと、不純じゃなきゃ。いやらしくないのって、つまんないよ」と紅茶を飲む真理。

「私は、人が愛される自分てのが好みなのよ。そういう演技を追求するのが大好きなの。中途半端に自由ぶってなんじゃないわよ」と紫陽花の前で睨む美少女、舞子。

「私、可哀想と思われるのやなの。そうされると悲しくなるの」と弟に洟をかませるひろ子。

そして、「私は、そういう物の見方が嫌なのよ。なんでもありきたりに片付けようとするんだから。ああ、胸くそ悪い。私のこのせつない胸の内を他人が理解出来る筈ないわ」と嘆き、笑う母親・仁子。

 

彼女たちは潔く、鮮やかに、いい顔をしている。

それは私に『源氏物語』を読んで、どのヒロインにも憧れた思い出を彷彿とさせる。

桐壺みたいにうつくしく、紫の上みたいに正しく、夕顔みたいに儚く、朧月夜みたいに大胆に、明石の上みたいに清廉に。

一夫多妻制ではない現代日本が舞台なので、秀美くんは光源氏ほど色んな女性と関係は持ったりしない。が、やっぱり秀美くんは「いい女」の横にいるのがよく似合う。というより、秀美くんのかっこよさが、彼女たちのいい女っぷりを更に際立たせる。

かつて平安時代の日本で光源氏が「いい男」として名を馳せたように、現代日本には、秀美くんがいてくれる。

それは、これだけ「お金をちゃんと稼いでいい暮らしをすること」や「知識や方法を身につけて成長すること」といった、フェイスブックで「いいね!」って言われるような、書店にやたらはっきりした色で並ぶ自己啓発本のような、とても実質的で具体的な「正しさ」があふれる現代日本において、すごくすごく幸せなことのように思う。

現代に生きる私たちは、平安時代ほど色好みや教養というものに重点を置かない。和歌を詠むことも、琵琶を鳴らすことも、香を焚きしめることもない。

 

じゃあ何が今の時代の正しさなのかと言われると、私は自信をなくして口をつぐんでしまう。

だって秀美くんの言うとおり、勉強ができたって、いい大学に行ったって、いい就職をしたって、「いい顔」をしてない大人なんてちっとも魅力的じゃない。そんなん「正しい大人」なんて思えない。

言ってしまえば、どんなに時代やシステムや価値観が変わっても、「女にもてないとずい分虚しいじゃないか」と言ってニヤリと笑うひとに、私たちは勝てないのだと思う。

光源氏が言ったって、秀美くんが言ったって、きっと変わらない。

『源氏物語』が、権力を持った人々に冷や汗をかかせたかもしれないように、『ぼくは勉強ができない』は、「つまんない大人」になるかもしれない人々に冷や汗をかかせる。

「物語」という、ある種世の中へのアンチテーゼを伝え続ける媒体のなかで、形を変え時代を超えながら、彼らは私たちに語り続けるのである。ほんとうのカッコよさ、というものを。

きっと、となりにいい女を連れながら。

こんなにたくさんの哲学書や自己啓発本があって、みんながみんな「生きるのに何が正解なのか」を問い続けるなかで、答えはシンプルなものなのかもしれない。平安時代も現代も、人間の悩みのタネなんて変わんないのだ。

私たちはそこを勘付きながら、でもやっぱり悩むことに夢中になる。

そんなとき、私は何度でもこの小説を読み返す。

正しさなんて自分でつくってゆくしかないこの世界で。ほんとうの意味での色香とか勉強とか自然であることとか、草の匂いとかカレーを煮込む音とか夕焼けとか、そんなものをすぐ忘れそうになるこの時代に。

 

最後に、秀美くんの先生(これまたいい先生なのだ)の台詞を引用しよう。

 

 

「いいかい、世の中の仕組は、心身共に健康な人間にとても都合良く出来てる。健康な人間ばかりだと、社会は滑らかに動いて行くだろう。便利なことだ。でも、決して、そうならないんだな。世の中には生活するためだけになら、必要ないものが沢山あるだろう。いわゆる芸術というジャンルもそのひとつだな。無駄なことだよ。でも、その無駄がなかったら、どれ程つまらないことだろう。そしてね、その無駄は、なんと不健全な精神から生まれることが多いのである」

 

 

今回読み返してあらためて、この箇所がすごく私に影響を与えてることに気がついた。

大人になってから読むのもすごく面白いけれど、やっぱりこの小説は、悩める中学生や高校生にも読んでほしいなと思う。

親や先生の言うことや、友達に好かれることが「マル」なんじゃないかって悩む彼ら彼女らに、秀美くんやそのまわりのひとびとの言葉はきっと届く。

私にとって、この小説が、暗い森を歩んでいく際、ぼうっとした光で少し手元と足元を照らしてくれるランプみたいな存在になったみたいに。

 

 

追伸:冒頭にひとつだけ、嘘をつきました。

一番好きな部分は、最初に引用した箇所ではないかもしれない、です。

「いいじゃないの、そんなに、じたばたしなくたって」と秀美くんに母親が言うシーン。そのあとの言葉が私はとてもとても好きなのだけど――――、それはぜひ、本をひらいて、確かめてみてもらえれば嬉しい、です。

 

 

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2015-06-28 | Posted in チーム天狼院, 記事

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