いつも「誰か死ぬかもしれない」と思って生きてきた日々 〜元警察官で元航空管制官の書店員vol.10〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤千里(チーム天狼院)
「どうしてなにも用意していないんだ!! そんなんじゃ部下を殺すぞ!」
刑事になってはじめて「張り込み」をした日、同僚から猛烈に怒られた。
私は、天狼院書店で働く以前、警察官と航空管制官をしていた。人に私の経歴を話すと「かっこいいね」とか「すごいね」と言ってもらえることがあって、もちろん嬉しいというか、なんだかくすぐったい思いもある。
そして、警察官の仕事も、航空管制官の仕事もそれぞれ誇りをもって、真剣にやってきた。
警察官としてのキャリアは5年間、航空管制官としてのキャリアは5年間……就職してからの10年間。
でも、その10年間、私はいつも「誰か死ぬかもしれない」と思って生きてきた。
「私がミスったら誰か死ぬ」
「相手とのやりとりに齟齬があったら誰か死ぬ」
いつも「誰か死ぬかもしれない」という緊張感……私はそういう環境で10年間生きてきたのだ。
刑事課に配属されてすぐ、「張り込み」をすることになった。
刑事ドラマが大好きで、特に「踊る大捜査線」にあこがれて警察官になった私にとって、「張り込み」なんて聞いただけでワクワクする「イベント」だった。
警察学校を卒業してから交番勤務を経て、一年後、やっと「刑事」になったとき、私はすべての活動がワクワクする「イベント」だと感じていた。
私が配属されたのは、盗犯2係。係員は私以外は男性で全部で6名。
盗犯というのはつまり、ドロボウを専門に扱う係で、その日の張り込みも、そのドロボウがよく出現する「狩り場」に張り込むというものだった。
しかも、捕まえようとしているドロボウは「下着ドロボウ」だったのだ。張り込み対象がなんとも気の抜けた「下着ドロボウ」だったこともあり、今思うと、張り込みの現場を私は完全にナメていた。
張り込みは朝10時くらいから始まった。張り込み場所で待機していると、「トクさん」というベテランの巡査部長からこう声をかけられた。
「伊藤、お前、警棒持ってきたか? チャカつってきたか?」
「え…警棒なんて持ってないです。チャカって……だって、ただの下着ドロボウじゃないですか」
「じゃあ、被疑者が〇〇した場合はどうするか、✕✕した場合はどうするか、その想定はしているか? 対策はどうするんだ?」
「すいません……なにも考えていません」
「どうしてなにも用意していないんだ!! お前、巡査部長だろ!! そんなんじゃ部下を殺すぞ! ◯◯していないなんて、被疑者に自殺されたらどうするんだ! お前の認識じゃ、現場で誰か死ぬぞ!!」
その現場が私にとって、はじめての張り込みだった。
警棒を持っていけ、チャカをつっていけ、◯◯と✕✕の想定をしておけ……そんなに大事なことなら、張り込みする前になんで最初に教えてくれないのか……理不尽だと思った。
「なんでそんな理不尽なことで、こんなに怒られないといけないの」
その時はそう思っていた。
張り込みの結果、私達、盗犯2係は無事に下着ドロボウを逮捕した。
バタバタと逮捕の手続きを終わらせ、被疑者を留置場送りにして、ほっと一息ついてみると、今朝、トクさんから理不尽に怒られたことを、冷静にながめられるようになっていた。
「トクさんは、私を護るために、ああやって怒ってくれたんだな」
私は当時、通常の都道府県採用の警察官ではなく、警察庁という国の組織の採用で、最初から巡査部長の階級を与えられている警察官だった。
そして、その1年後には警部補に昇進することもキャリアステップでもうすでに決まっていた。
ノンキャリアの警察官のように昇進試験もなく、時期が来たら勝手にどんどん偉くなっていく、将来的には部下をたくさんもつことになる。そんな私が、張り込みの現場に警棒すら持ってきていない、それどころかイベント気分で張り込みの現場を完全にナメている、それをトクさんは見抜いていたのだろう。
そして、
「このまま偉くなったら、コイツはやばい」
と心配して、ああやって怒ってくれたのだ。
ありがたい……と思った。
怒るのって、きっと怒られるよりエネルギー使うだろう。だから、とてもありがたい。
私はその時から、とても「怖がり」になった。
いつも「私がミスったら誰か死ぬ」「私が準備不足だったら部下が死ぬ」と肝に命じた。
何かを万全に準備したつもりでも、「なにか忘れているのではないか」と……自分でも病気なのではないかと思うくらい何度も何度も確認した。
そして、いつも「誰か死ぬかもしれない」と、気が休まることがなかった。
航空管制官のときは、その緊張感がもっと強かった。
「パイロットとのやりとりに齟齬があったら何百人も死ぬかもしれない」
「指示を忘れたり、見落としがあったら、乗客が何百人も死ぬかもしれない」
もちろん、人間だから、忘れることだって、ミスすることもある。
航空業界では、情報伝達の齟齬や、「伝えなくても、相手もわかっているだろうから、言わなくていいや」っていう思い込みで、何百人もの方が亡くなったことがある。
テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故では、機長の間違った認識を副機長がうまく正すことができず、583人もの人が亡くなっている。
「人に伝える」「情報の共有をする」っていう、ものすごく簡単そうで、ものすごく当たり前のこと。
でも、それができなくて、この事故では500人も殺してしまった。もし私なら、その十字架は重くて背負いきれない。
航空管制官は、
「ミスで航空機ぶつけてしまいました。すいません」
「知りませんでした、すいません」
なんて、ぜっっっっったいに許されない。
「すいません」で許してもらえるなら、警察はいらない。
だから航空管制官は、チームで仕事をする。お互いに補い合っている、というか、誰かミスするかもしれないと、常にお互いにチェックしあっている。
相手がどれだけベテランだろうが、怖い人だろうが、だれかがミスをしそうになっていたら、すぐに指摘する。
「◯◯さん、それまちがっていませんか?」と。
自分には手に負えないこと、なにか事故に繋がりそうな異変が起こったら、すぐにみんなにわかるように大声で叫ぶ。
「これ以上管制機が増えたら対応できません。だれか後ろでサポートしてください!!」と。
ミスはすぐ指摘する、すぐ助けを求める……そういう文化が出来上がっている。
「誰か死ぬかもしれない」という事態を回避できるなら、自分のプライドはすぐに捨てる。プライドなんて、人の命と比べたら、拭いて飛ぶくらい軽い。
「誰か死ぬかもしれない」という事態を回避するため、ヒューマンエラー防止に関する専門教育も受けてきた。
パイロットやキャビンアテンダント、整備士、そして航空管制官……航空業界に関係する人はすべて、「ヒューマンエラー」を防ぐためのチームマネジメントの教育を受けている。
そうした教育を受けた人々が、ひとりひとり、いい意味で「とても怖がり」になって、誇りをもって仕事している。
それが航空業界で働く人々だ。
だから、航空機は世界一安全な乗り物なのだ。
こうして私は警察官のときも、航空管制官のときも、
いつも「誰か死ぬかもしれない」と、
怖がりで、
そして神経をすり減らして仕事をしてきた。
そんな私は、3月から天狼院のスタッフ、つまり「書店員」になった。
「本屋の店員」だから、たとえ何かミスをしたとしても「誰か死ぬ」ことはない……と思う。
仕事は以前より忙しいが、心なしか夜はぐっすり眠れるようになった。管制官として働いていたときは、二時間ごとに自分の歯軋りで起きていたのに。きっと、いままでずっと神経を張り詰めて仕事していたのだろう。管制官って別名、「世界で最もストレスフルな仕事」だから。
たしかに「誰か死ぬかもしれない」といつも気を張っていなくてはならないという職業から解き放たれ、緊張は以前よりゆるんだ……はずなのだけれど、どうやら、この10年で染み付いた思考のクセは抜けないみたいだ。
気づいたら何回も確認してウロウロしているときがある。あれはどうなった、これはどうなった、といつも心配なのである。
本屋だから誰も死なないはずなのに、私はこれからも、「誰か死ぬかもしれない」という緊張感をもってずっと生きていくのだろう。
でも、それはもちろん「いい意味で」。
これからも「とても怖がり」に、そして誇りをもって生きていくのだろうと思う。
では、いつものとおり、私の大好きな一節を
「ニーバーの祈り」
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
■ 伊藤千里(福岡天狼院スタッフ)
1987年生まれ。同志社大学法学部卒。
両親が公務員のためか「安定、慎重、無難」がモットー。大学卒業後は警察庁に入庁するが、霞ヶ関のブラックな勤務に疲れ果て、28歳の時「世界で最もストレスフルな仕事」と呼ばれる航空管制官に転職。
2019年8月から天狼院ライティング・ゼミを受講したことがきっかけで、天狼院書店店主三浦からスカウト(?)を受け、2020年3月より福岡天狼院スタッフとして勤務。
趣味は、筋トレ、ストレッチ。健康、美容、栄養オタクで、将来的に「峰不二子」になると決めている。
こちらは5月13日開講!!!
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