自分で目的地への管制承認を〜峰不二子を目指す書店員vol.2〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤千里(チーム天狼院)
“All nipponn XXX, cleared to Tokyo International airport, via……”
(全日空XXX便、羽田空港までの飛行を承認します。経路は……)
出発の準備ができた航空機は、航空管制官に「管制承認」を要求する。
航空機は出発する前に、目的地や使用する航空機、燃料、飛行のルートなどを記載した飛行計画を提出する。「管制承認」とはその飛行計画について、管制官が「その計画で目的地まで飛行していいですよ」と承認を与えるものだ。
この「管制承認」が得られなければ、航空機は空港から出発することはできない。旅の出発点となるのが、管制承認なのだ。
航空法第九十七条 (飛行計画及びその承認)
航空機は、計器飛行方式により、航空交通管制圏若しくは航空交通情報圏に係る空港等から出発し、又は航空交通管制区、航空交通管制圏若しくは航空交通情報圏を飛行しようとするときは、国土交通省令で定めるところにより国土交通大臣に飛行計画を通報し、その承認を受けなければならない。承認を受けた飛行計画を変更しようとするときも、同様とする。
私は2月末に前職である航空管制官を退職し、福岡天狼院のスタッフとして働いている。航空管制官の前は警察官をしていたのであるが、大学を卒業してから10年間という長い期間、公務員の経験しかしてこなかった。そこからいきなり「ベンチャーの民間企業」、天狼院書店に就職したものだから、最初はわからないことばかりだった。
まず、公務員は自分で何か商品を生み出すことにあまり馴染みがない。とくに私がいままでやってきた仕事はどちらかというと、「事件が発生したから臨場する」「飛行機が飛んでくるから管制する」という受け身の仕事が多かった。他のスタッフは毎日のように新しいゼミやサービス、つまり「コンテンツ」を生み出している。そしてそれらを生み出すためのマーケティングも行っている。そんな仲間をみてわたしは、「まったく別次元の人間しかいないところに来てしまった……」と絶望する毎日だった。
また、私は福岡天狼院に店長代理という立場で就職したのであるが、警察庁の本庁で係員(部下)のいない「係長」はの経験はあっても、「店長」などという一国の主になったことはない。一国の主なので店のことを管理する責任はすべてわたしにある。書籍の管理はもちろんのこと、アルバイトのシフトをつくったり、カフェの食材や店内の備品がなくならないように気をくばったり、イベントやゼミのとりまわしなど、とにかく覚えることが多すぎて、3月は目が回るように忙しかった。
一方で、そんな「目の回るような忙しさ」が楽しくもあった。
いままでどちらかというと受け身の仕事をしており、自分の力を持て余していた私はそのはけ口を探していたのである。
なぜか界王拳の使用しか認められていないサイヤ人から、いきなりスーパーサイヤ人になれる場所を見つけた気分だった。
「毎日忙しくて楽しい!! 転職してよかった!」
閉店作業がおわり、くたくたになって帰途につきながら私は毎日こんなことを思っていた。
目の前に降ってくる膨大なタスクこなして、To Doリストの項目をひとつひとつ消していく、それが転職したばかりの私にとって快感だったのだ。
でもある時に気がついた。
「このままどこにたどりつくのだろう」と。
その時の私は、目的地が決まっていない、そして飛行ルートも決まっていないのに飛んでいる航空機のようなものだった。
ハワイに行くのか、東京に行くのか目的地も決めていないから、ボーイング737を使うのかエアバス350で行くのか使用する航空機も決まらない。飛行する時間だって決まらないからどのくらい燃料が必要なのかだってわからない。そして、ルートもわからない。
そんな状態で、私はどこに行こうとしていたのだろうか。
日々のタスクに追われているときは、「忙しく、充実していて、楽しい!」という感覚におちいるものだ。でも、そうして飛行している間は気持ちいい充実感を感じられていたとしても、いざ燃料がなくなりそうになったとき、着陸したくても太平洋のど真ん中を飛んでいたら……もう、墜落するしか選択肢はない。せっかく何時間も何年も飛び続けたのに、目的地が決まっていなかっただけで、最後は墜落するしかないなんてバカみたいだ。
「私はどこに向かっているのだろう」
自分の目的地はどこだろう。そのために必要な機材はなんだろう。燃料は、飛行のルートは?? ……飛行計画のなかに必要事項がそろっていなければ、むしろ、目的地が書いていなければ、管制官から「管制承認」はもらえない。だって旅の出発点は、管制承認なのだから。
目的地がないのはやばい……そう気づいて私は一つの目標を決めた。
「2年後にどうなっていたいか」というゴールを決めた。
そのゴールは、いまの私からみたらはるかに遠い目標で、自分で決めておいてなんだけど、とても達成できるとは信じられない。でも、目的地を決めずに、「ただ飛行している」だけを楽しいと勘違いし、最後に太平洋に墜落することだけはしたくなかった。
たとえば、あなたがテニス部で先輩から素振りを100回命じられたとする。
そのときに、その素振りをただ「めんどくさい」タスクだととらえるAさんと、「これも全国大会への一歩だ」と捉えられるBさんの違いは、「全国大会に行く」という目的地がきまっているかどうかにかかっているのだと思う。自分の中で目的地が決まっていたら、素振りの一回一回に込める魂が違うはずだ。一回一回の素振りの効果は小さくても、それが積み重なればAさんとBさんの1ヶ月後の成果ははっきりと分かれてくるだろう。
目的地を決めて、ルートや使用する航空機を決め、自分の飛行計画に管制承認を出す。
それはとても怖いことだ。だって目的地を決めてしまうと、失敗したり、達成できなかったという挫折を味わうことになるからだ。そして決めることをしなければそんな嫌な思いを味わうこともない。ある意味幸せに行きられるかもしれない。
でも、自分で自分に管制承認を出さなければ、私たちはどこにもたどりつけない。
怖いからといって目的地を決めないで、どこにもたどりつけない、最後は墜落する人生は楽しいだろうか? たとえ「今」が楽しかったとしても。
「2年後にどうなっていたいか」
私が決めた目標はとても遠い目標だとおもった。しかし同時に「できるかもしれない」とちょっとだけ希望を持っている。
私は公務員時代、受け身の仕事ばかりしてきたが、一歩先のことを考えることばかりしてきたからだ。なぜなら、5分先、10分先のことが考えられなければ航空管制はできない。いま、目の前にいる航空機の安全を担保しつつ、5分先、10分先の安全も担保する、航空管制とはそのような仕事であり、人の命を預かるというプレッシャーに日々さらされながら、そんなことを何年もずっとやってきた。
必要なものは、すべてわたしのなかにある。
あとはそれを使って目的地まで飛んでいくだけだ。
“Jibun air XXX, cleared to Destination, via……”
(自分航空XXX便、目的地までの飛行を承認します。経路は……)
では、いつものとおり、私の大好きな一節を
「ニーバーの祈り」
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
■ 伊藤千里(福岡天狼院スタッフ)
日本で唯一「峰不二子になる」と決めている書店員。1987年生まれ。同志社大学法学部卒。
大学卒業後は警察庁に入庁。警視庁での交番勤務、刑事課勤務の後、霞が関の本庁にて警部補として交通局に勤務。28歳の時「世界で最もストレスフルな仕事」と呼ばれる航空管制官に転職し、滑走路一本あたりの離着陸回数が日本一という福岡空港で3年間働いた。
2019年8月から天狼院のライティング・ゼミを受講したことがきっかけで、天狼院書店店主三浦からスカウト(?)を受け、2020年3月より福岡天狼院スタッフとして勤務。
趣味は、筋トレ、ストレッチ。健康、美容、栄養オタク。好きな言葉は、スティーブ・ジョブズの”Connecting Dots”
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