チーム天狼院

40歳、まだ思春期を抜け出せない。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松下広美(チーム天狼院)

「最後にひとつだけ」

そんな前置きをしてから、

「そんなに無理しなくて、いいんじゃないかな」

と、伝えた。

私がそんなふうにかけた言葉に、

「ありがとうございます」

と、同僚は答えた。


この言葉で、よかったのかな。

最後にひとつだけ、と前置きしたにも関わらず、たいして、いい言葉じゃない気がした。

頭からシャワーを浴び、目を閉じ、この言葉でよかったのかと自分に問いかける。



仕事の帰り道。

同僚と家まで歩いていた。

夜の池袋。

都会なのに、ひっそりとした空気。

転職して1ヶ月が経とうとしている私。

そして、2ヶ月が経とうとしている同僚。

どちらも転職をしたばかりで、次から次へと溢れてくる、目の前にある仕事を片付けていくだけで精一杯だ。

その上、二人とも、もともと住んでいた場所から離れて、シェアして住んでいる。

慣れない生活で、ちょっとだけ疲れているのかもしれない。

ふたりで、そんな夜の池袋の空気の中を歩いていると、ちょっと飲み込まれそうになる。

飲み込まれないように、二人で言葉を繋ぐ。

けれど、口から出てくる言葉は、つい、夜をまとってしまう。


「ちょっとミスをしちゃって」

同僚のそんな話から、沈んだ言葉が出てきた。

そうやって投げかけてくる言葉に

「うんうん、そうだよね。私もそう思ってる」

って、うなずいて、ちょっと元気の出る言葉を伝えて、

「明日もがんばろっか」

って言えたなら、簡単だったのかもしれない。

「最後にひとつだけ……」

なんて言わなかったのかもしれない。

シャワーを浴びながら「よかったのかな」なんて、思わなかった。


きっと、24歳の私なら「そうだよね」って同意できたんだと思う。

毎日大変だよね。

ほんと、そうだよね。

疲れたよー。

って、素直に言えた。


でも、今の私は……。

前職で、18年在籍していた会社は、医療関係の会社。

その業界ではトップ企業だった。

収入も安定していたし、休日も十分すぎるほどあった。

先頭ではなかったけれど、出世街道も歩いていたと思う。

社運を背負っているプロジェクトに関わっていたし、次の新しい場所を任せようと思っているとも言われていた。

人間関係も、直属の上司をはじめ、上の人にはよくしてもらっていたし、同僚とも仲が良かった。

たぶん、会社員としては恵まれすぎるほど恵まれていた。

なのに、なぜ辞めようと思ったんだっけ。

前の会社には、新卒で入社した。

入社試験も、ギリギリ滑り込みだった。卒業まで1ヶ月を切っていたのに、就職先が決まっていなかった。偶然、欠員が出たところがあると、大学の先生から声がかかった。

ちゃんと大学で勉強していなかったから、専門知識は薄っぺらかったけれど、できることを積み上げて、それなりに戦力になっていった。

会社に入った当時は、そんなに大きい会社じゃなかったけれど、吸収合併が知らないうちに進んでいて、気がついたら大きい企業の社員になっていた。

研修やプレゼンのような、差し出されるチャンスはつかんで、少しでも上に行こうとした。

人員が少なくてバタバタしたり、部下ができる立場になってトラブルを抱えたり、大変な時期はあったけれど、それなりにくぐり抜けてきた。

同僚の関係を超える、仲間や親友も社内にはいた。


そう、会社員として恵まれていた。

傍目から見ても、自分自身も、充実していた。

辞める理由は見つからない。

でも……。

会社という枠から放り出されてしまったら、何もない。

国家資格を持っていても、ただのお飾りでしかない。

書くこと、撮ること、料理……いろいろなことに手を出して、充実した生活をしているように見えるけれど、なにか形になっているわけではない。

なにかないのか、と探しても見つからない。

自分自身を見つめるたびに、なにかがぽろぽろ剥がれて落ちていく。

仕事は楽しいし、自分も認められてるし、と表面上は繕っていたけれど、いつ、仮面が剥がされるか、内心ビクビクしていた。

ほんとうは、自分になにかが欲しくて、手に入れたくて、ずっとずっとあがいていた。

40歳にもなって、自分探しをしているなんて、ものすごくみっともない。

だから目を背けていた。

でも、そのままの私で、簡単に剥がれ落ちる鎧を着ている私では、いたくなかった。


「最後にひとつだけ」

なんて前置きをして、話した言葉が「よかったのかな」って思っていたのは、私がそんなことを言えるような立場じゃないって、どこかで思ってしまったからなんだ。

同僚よりも16歳も年上で、社会人経験も多くて、優位に立っているような気に、勝手になってた。

まだ天狼院では何もできなくて、能力があるわけでもなくて、「無理しなくてもいいよ」なんて言葉言える立場じゃない。

それなのに、虚勢を張って、鎧を身につけていたんじゃ、前と一緒だ。

そうなりたくなかったから、今、ここにいるのに。



「ただひとつ言えること」

ごめん、そんな偉そうなこと、言えないわ。

でも大丈夫。

40歳にもなって、こんなこじらせている、かっこ悪いやつもいる。

それでも、こんな私でよければ、いつでも話を聞くから。

***

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