【まるで青春漫画の一コマだった】転校生と私の10か月≪こじなつレポート≫
日光と聞くと、思い出す子がいる。
中学3年生の5月、彼女は少し遅めの転校生だった。髪型や持ち物は少し派手だけど、それとは裏腹に彼女はクラス全員の視線にさらされて少しびびっているようだった。ずっと下を向いて、自己紹介をしている間も教室全体を見渡そうとしない。彼女は、アカリと名乗った。
転校生がやってきたということで、私はかなりわくわくしていた。非日常的な出来事は、いつだって楽しい。できれば彼女と仲良くなりたかった。だけど何と言って話しかけたらいいんだろう。うまいこと、初対面の人とも楽しくおしゃべりができる方法を私は知らない。真っ先に転校生に話しかけるようなキャラでもないし……。学級委員や規律委員を務めるような、明るくて人気者の子たちが、きっと彼女が打ち解けられるように配慮してくれるんだろう。私の出る幕はなさそうだなと勝手にあきらめることにした。
案の定、朝の会が終わると大勢の女子たちが彼女の机の周りを囲んでおしゃべりを始めた。彼女は少し戸惑ったようだったけど、それでも笑顔でたくさんの質問に答えている。よかった、とりあえずはあの子、クラスになじめそうだ。本当はあの輪に入りたいけど……と、きゃっきゃわいわいする女子を横目に見ながら本をカバンから取り出す。まあ、いつか機会があったら話しかけることにしよう。とりあえずは、これだ。読みかけの「海の底」の続きを読んじゃおう。
窓際の一番後ろ、私の席は日あたりがよかった。五月の日差しは眩しすぎないから、本を読むのにちょうどいい。ひたすら読みふけっていると、ふと本に影を落とした誰かがいた。顔をあげると、彼女が窓辺に座ってこっちを見ている。
「ここ、いいかな?」
あ、あれ?さっきまでみんなと談笑してなかったか?いいけど……なんで私に話かけてきたんだ?日向ぼっこでもしたかったのか?若干混乱しつつ、い、いいよ、としどろもどろになりながら答える。
「ありがとう」
それがきっかけになって、アカリと私はよくつるむようになった。教室にいるときはもちろん、彼女の家に遊びに行って夕飯をごちそうになったりもしたし、私の通っていた塾を紹介して同じ塾に通ったりもした。当時私はバレーボールと本を読むことにしか興味がなかったけど、アカリはお化粧やファッションが大好きな子で、雑誌を貸してくれたり化粧品を分けてくれたりした。中学生のお小遣いでも買えるような激安アパレル店に二人で出かけて買い物をしたこともあった。
いつかさあ、世界一周してみたいんだよね、と言ってみると、アカリは目を輝かせた。
「でも、お金かかるじゃん。それに、日本もいいところいっぱいありそうだし。だから、手始めに日光なんてどうかなーと思ってるんだ。日光から始めて日本を一周してさ。そのあとで世界一周するんだ」
「それ、すごくいいね!私も一緒に世界一周したい!私も日光行ってもいい?」
「おお!じゃあ一緒に行こうか。東照宮とか戦場ヶ原とか。温泉もあるしねえ」
「東照宮ってなんだっけ?」
「あれだよ、家康のお墓があるとこだよ。三猿とか」
「あー!なんか習ったね。楽しみ!じゃあ高校卒業したら、2人で日光旅行ね!」
アカリにとっては、毎日学校に通うことは少し難しいことのようだった。不自然な体調不良が続くこともたまにあった。でも彼女は彼女なりに頑張って学校に通い、新しい環境で中学校生活を楽しもうとしていたのはよく知っている。修学旅行の一週間前、髪を茶髪にして学校に現れて先生たちを仰天させても、当日にはきちんとスプレーで髪を黒くしてやってきたし、合唱コンクールで指揮者を勤めた私に迷惑をかけないようにと真面目に歌の練習もこなしていた。同じ塾に通う同級生とも仲良くなって、休み時間には軽口をたたき合うような仲にもなっていた。
それでもやっぱり、そんな生活の中でも、思うところがあったんだろう。それが積み重なって我慢できなくなってしまったのかもしれない。卒業が近づくにつれて、彼女が学校に姿を見せる機会はだんだんと減っていった。
「卒業式には出ない」
年が明けて高校受験もひと段落すると、アカリはそう言ってはばからなくなった。その頃の私は、説得してなだめすかしたりはしなかったように思う。アカリの好きにすればいいと思った。しんどいなら、別に無理をすることはない。どうせ卒業証書は式に出なくてももらえるんだから。ただ、この学校に来て過ごした一年弱が、アカリにとってつらい思い出で終わってしまうのは……嫌かもしれないとぼんやりと思っていた。
「そういえばさあ、ずっと聞きたかったんだけど」
「何?」
「あのときさあ、転校してきた日。なんで話しかけてきたの?すごいびっくりしたんだけど。日向ぼっこでもしたかったの?」
「日向ぼっこ?なにそれうける。違うよ。なんか、なっちゃんは、ほかの子とちょっと違うように見えたからさ。1人で本読んでてめんどくさくなさそうだったし」
「へ、へえ……。まんざらでもないな……ってオイ」
アカリは結局、きちんと卒業式に出席した気がする。でもどんな言葉を交わしたか、そもそも言葉を交わしたかすら覚えていない。中学最後の一年、なんだかんだありつつもお互い進路を見つけて、3年2組の教室をあとにした。
それから、彼女とは会っていない。
なんか、ちょっとした青春ものの小説みたいなできごとだったなあと、黄色い帽子の小学生にまじって三猿を眺めながら思う。いつのまにか、みんなは先に移動してしまったらしい。ていうか、出来すぎててちょっとウケる。何のことはない、人とのしがらみにお疲れ気味だった彼女が、教室の隅っこで本を読んでる変わり者に目をとめて、一匹オオカミかなんかと勘違いしただけだ。いかにも、思春期あるあるという感じ。
ちなみに、彼女死んだのか?!と誤解を与えそうだから一応言っておくと、彼女は生きている。それどころか、いつでも連絡は取れる。連絡先こそスマホには残っていないけど、このご時世SNSを駆使すれば、連絡先を特定するのはたやすいはずだ。
それでも私がアカリに連絡を取ろうとしないのは、相変わらず私がほかの人とのコミュニケーションのしかたがわからないからというのもあるし、アカリが中三の時のことを思い出したくないんじゃないかという懸念があるから、というのもある。現に、彼女のほうから連絡をよこすことは今までなかった。
アカリと私には、今考えると共通点があまりなかった。お互い好きなものも進路も違ったし、たまにアカリは私には到底理解できない行動をとることもあった。アカリからしても、私を理解できない点は多かれ少なかれあったんじゃないかと思う。仮に今の私たちが会ったとしても、話がかみ合うかどうかわからない。
それでも、アカリと過ごした時間のことはけっこう鮮明に覚えているし、こうやって折に触れて思い出すくらいには、アカリのことが好きだったんだと思う。要するに、元気でやっているのなら私はすごく嬉しいし、私のことを忘れないでいてくれるともっといい。私にとってアカリと過ごした10か月は、楽しかった。
「アカリのアは、アルファベットでも五十音でも一番最初なんだ」と、自慢げに語っていたアカリ。万が一これを読んでて、内容が身に覚えがあると思ったら、連絡をくれるとうれしいんだけどなあ。
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