チーム天狼院

せめて、玉砕させてほしかった


記事:永井聖司(チーム天狼院)
 
「愛してる!」

すべての窓が締め切られた、暗幕も張られた薄暗く蒸し暑い体育館の中に、僕の声が響き渡った。

少しの沈黙があって、クスクスザワザワと、どこからともなく、笑い声が聞こえてきた。

そりゃそうだろう。愛だの恋だの誰が付き合った別れたでキャッキャウフフと楽しむこと真っ盛りの高校生の集団の中で、1人の、冴えない男子生徒が愛の告白をしたのだ。色めき立つのも無理はない。立場が逆なら、僕も同じ反応をするだろう。

僕は、全校生徒600人の前で、愛の告白をしたのだ。

そして僕は、聞き逃さなかった。いや、敏感になっていただけなのかもしれないけれど、いろんな笑い声が混じり合う中に、種類の違うものがあったのだ。それは主に、同学年の男子から発せられているものだった。

『あいつ告白してる……!』
『おいおい永井! 告白したその相手、誰かわかってるのかよ……!?』

そんな想いが込められた、舞台上で愛の告白をしている僕の状況を茶化し、楽しむような笑い声だった。

許されるなら、僕もその場で言い返したかった。

「こんな告白、したくなかった!」

役を脱ぎ捨て、叫びたかった。

「全校生徒の前で、絶対に叶わない愛の告白をするなんて、こんなに恥ずかしいことがあるだろうか!!!」

でもそんなことが許されるはずもなく僕は、クスクスと笑う声を存分に気にしながら、『セリフ』を続けた。愛の告白をした相手・Oさんがなんと答えたのか。正確に言えば、どんな『セリフ』を返してきたのか、今はもう、覚えていない。

ただ相手役のOさんの、汗に濡れた顔を見て、『やっぱりカワイイ』と思ったことは、今でも覚えている。少し前に見た、『その光景』が頭をよぎるのを振り払いつつ、僕は前を向き、生徒の方に向かってセリフを続けた。薄暗がりの中にぼんやりと見える客席の中、どこかに確実に座っているOさんの彼氏の顔を見てしまわないように意識して。

そして僕はまた顔を戻し、僕の妻役であるOさんと、夫婦としての会話を続けた。
クスクスと、彼氏持ちのOさんと、僕との会話を笑う声が、どこかから聞こえる。

舞台から飛び降り、笑う全員を殴り飛ばしたい気持ちにもなったけれど、そんなことが出来るはずもない。

その時僕は、体育館のステージの上で、1つの舞台を演じていたからだ。演劇部の1人として、『贋作マクベス』というタイトルの、お話だった。

そしてもしも、僕が怒り任せに僕が殴りに行ったとして、みんなが困惑するだけだろう。ただただ、冷やかす程度笑ったぐらいで、何をキレているんだと不審がられ、先生たちに捕まるのが目に見えていた。

誰もきっと、知らなかった。600人の生徒も、目の前にいるOさんも。セリフを叫びながら、心の中で僕がみじめな思いをしていること、そしてその理由についてなんて、尚更だ。

僕はOさんが、好きだった。

 
 
これまでの人生の中で、『演劇部』に所属している人と接したことがある人はイメージが出来るかもしれないけれど、『演劇部』に所属する人は、大抵が変人だ。中学から大学まで演劇部に所属した僕が、その時々の部員に聞いて得たデータであり、様々な人にも確認してみたけれど、否定されたことのない説だ。変人は変人でも、『私、変人なんです』とか『変わってるんです』とか自己申告してしまうタイプの変人で、開き直っている場合がほとんどなので、更にたちが悪い。
そういう僕も、例に漏れず中々な変人人生を送ってきた。その代表的な例の1つが、僕以外男子の所属していない演劇部に、中学校・高校と所属していたことだ。
特別運動が苦手だったわけでもない、本気で役者を目指していたわけでもない。それなのに、『好きだから』の理由だけで、思春期真っ只中にも関わらず、僕1人対、女子10人程度の空間に、平然といた。クラスでは猫を被ってそんな話は一切しないのに(バレていたとは思うけど)、演劇部に行けば、アニメや声優に関するオタク話に花を咲かせていた。女子しかいない演劇部の空間にいる方が、楽だと思う時もいっぱいあった。
だからといって、付き合う付き合わないの話になることは、一切なかった。と言うよりも、男として見られていなかった。僕が遠慮して出ていこうとするのに、他の部員が平気で服を脱ぎ始め、下着姿を見てしまったことなんて数え切れなかったのに、何も間違いが起きることはなかった。
 
そんな中で、Oさんだけは違っていた。
変人・オタクまみれの空間の中にあって、1人だけ、そういう話題に関する知識を持ち合わせていなかった。だからといって孤立することもなく、わからないながらも他の部員たちのオタク話に耳を傾け、みんなからも信頼されていた。サバサバとした性格に、若干地黒の肌にショートカット、クリクリと大きな目と健康的な顔立ちをしていた。

好きだ、と自覚したのはいつしかわからないけれど、気づいた頃には、好きだった。

告白する勇気もなく、いつかタイミングがあれば、なんて思いながら、Oさんが部長、僕が副部長という関係で、同じ部員としての時間を共有していた。

そして迎えた、高校2年の夏休み前。秋の大会、そして文化祭に行う演目を選んでいく中で決まったのが、『贋作マクベス』という作品だった。この作品は、シェイクスピアの名作、『マクベス』を上演しようとする学生たちが巻き起こす、コメディ劇だった。1つの作品の中で、別の作品を演じる『劇中劇』というスタイルで、わかりやすい例で言えば、大ヒット映画「カメラを止めるな!」の構成に似ている内容だ。
主役が男子高校生であれば、唯一の男子部員である僕がその役になるのは当然のことで、僕は舞台の中で、男子高校生の役を演じつつ、その男子高校生が演じるマクベスも演じることになった。そして、同じ演劇部員役であり、劇中劇の中でマクベス夫人を演じることになったのが、Oさんだった。
その時の部員構成から考えれば、台本が決まった時点でほとんど予測できていた配役とは言え、僕はやっぱりその配役が決まった時、心の中で小躍りしていた。
マクベスを演じているという設定があるとは言え、Oさんに対して、「愛してる!」と叫ぶのだ。まだそんなこと、誰にも言ったことのないお年頃。そんな内容を、実は好きなOさんに対して言うのだ。しかも、練習から本番まで、何度も。

練習が始まり、最初の読みあわせの時は、恥ずかしさに思わず、部員のみんなと一緒に笑ってしまった。
立ち稽古が始まり、面と向かってOさんに対して何度も叫ぶ。
「愛してる!」
体育館中に響き渡る僕の声に、ステージ下のコートで練習していたバレー部の面々が驚いたようにこちらを向き、クスクスと笑う。本当に告白しているところを見られているような恥ずかしさを覚え、最初のうちは顔を赤くしていたけれど、その内にそんな反応にも慣れてきた。
夏休みに入っても、練習は続いた。何度も何度も、Oさんに対して、「愛してる!」と叫ぶ日々が続いた。そのセリフを言っていることに対する恥ずかしさは消えたけれど、別の感情が、少しずつ湧き上がってきた。
セリフではなく、実際に、Oさんに告白したい。

Oさんと、恋愛話なんてまるでしたことはない。どう思われているかなんて、聞いたこともない。でも、同じ部員だ。1年半ぐらい一緒にやってきたのだ。嫌われているということはないだろう。脈はあるかもしれない。
夏の暑さのせいか、練習の度に「愛してる!」といい続けたせいか、僕の頭の中は少し乱れていたと、今なら思う。
 
「今日、迎えに行くよ」

母親からそんな連絡が入ったのは、夏休み中に登校していた、とある日のことだった。普段なら学校近くの駅から電車に乗って家まで帰るのだけれど、その日は偶然、母親が学校の近くまで来ているとのことだった。
待ち合わせ、車に乗り込み、学校近くの道路を、母親と何気ない会話を交わしながら進んでいた。駅のある方向とは逆方向の町並みは新鮮で、キョロキョロと周囲を見ていた。
そんな時に、歩道を歩く、青いスカートが見えた。
僕の高校の、当時の女子生徒の夏服は、白いブラウスに青いスカートという、セーラーマーキュリーみたいな格好で、よく目立つのだ。隣には、白いシャツに黒の学生ズボンの、長身の男が歩いていた。
 
誰だろう。
 
自然と、目がいった。
 
ちょっと地黒の肌に、見覚えのありすぎる横顔、クリッとしている大きな目。
Oさんだった。
隣りにいるのは、話したことはないけれど見覚えのある、Oさんと同じクラスの、サッカー部所属の男子だった。
仲良さそうだった。
夏の、快晴の日だと言うのに、仲良さそうに、歩いていた。

見たのは、一瞬のはずだった。

それなのに、本当に、スローモーションかのように、2人の仲睦まじい姿が、目に焼き付いた。ただのクラスメイトという関係ではないことは、2人から放たれるオーラを見れば、1発でわかった。

 
見なかったことにしよう。

100メートルか200メートルか車が進んだ先、前を見据えて、そう思った。母親がなにか話しかけていた気がするけれど、まるで頭には入ってこなかった。

せめて、告白しておけば良かった。玉砕した上でその光景を見ていたら、随分違っただろう。もしくは、「Oさんって彼氏いるのかな?」と、誰かに聞いておけばよかった。

でも、もう遅い。

その次の練習からは、地獄だった。

「愛してる!」

その光景を目撃したことをもちろん言うこともないまま、僕は、Oさんに対して愛の告白を続けた。
虚しすぎる。
でも、この気持をわかってくれる人は、誰もいない。部員にも、クラスメイトにも、Oさんが好きだということは、話していなかったからだ。

ついこの間の練習まで、「愛してる!」という度、心が少し温かくなるような気さえした。それが今や、凶器に変わった。叫ぶ度、僕の心をえぐってくる。クスクスと笑う運動部員たちの声に、苛立ちを覚える。

そんな、自分で自分を傷つける自傷行為を誰にも気づかれることなく続け、迎えたのが、文化祭だった。

今思えば、中々にヒドイ制度だったと思うのだけれど、僕たちの高校では文化祭の1日目に、文化部による学内発表会があった。全校生徒が集められ、普段陽の目をあまり見ない、合唱部や演劇部、軽音部などの発表を見るのだ。暗い、狭い、暑いの3重苦の中、それほど興味のない演目をみさせられる苦痛たるや、溜まったもんではないだろう。
 
そんな空間の中で、僕はそのセリフを言う前に、大きく息を吸い込んだ。

「愛してる!!」

役に入り込んでの叫びだったのか、ヤケクソだったのか、今はもう、わからない。Oさんの彼氏も確実に見ている中で、玉砕する間もなく振られた相手に向かって、僕は愛の告白をしたのだ。

舞台の上では、Oさんはその告白を受け入れてくれる。なぜなら、舞台の上では、僕たちは夫婦だからだ。

虚しい、虚しすぎる。

幕が下り、大きな拍手が、会場を包んだ。

「いやぁ〜〜、永井のマクベス、良かったなぁ〜〜!!」
先生たちは、口々に絶賛してくれた。でも僕は、苦笑いしか浮かべられななかった。

「おい永井! 『愛してる』なんて、Oの彼氏の気持ち、考えてやれよ!」

クラスメイトの男子たちは、予想通り茶化してきた。
Oの彼氏の気持ちより、僕の気持ちを考えてくれ! とは、さすがに言えなかった。だってクラスメイトたちは、僕の気持ちを知らないのだから。

部室に戻り、部員たちと、感想を言い合う。
やりきった顔を見せるOさんが、まぶしく見えた。
 
せめて、玉砕させてほしかった。

Oさんの顔を見ながら、そう思った。
そして心の中で、ため息をついた。
まだ文化祭は、1日目。明日の2日目、そしてその後の地区大会が終わるまで僕は、この地獄の中を、進み続けなければいけないのだから。


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