チーム天狼院

私たちは、京都に騙されている。《三宅のはんなり京だより》


鴨川の橋を自転車で渡って、ふっと不思議に思うときがある。
私たちは、なんでこんなに京都が好きなんやろう。

 

―――いや、「私たち」なんて逃げちゃいけない。「私」は、だ。

 

京都が好きだ。
京都の歴史が好きだ。街並みが好きだ。食べ物が好きだ。
京都という街の雰囲気そのものが大好きだ。

私の好きな作家さんは、「京都は面白い街だ。――少なくとも何かを幻視しようする者にとっては」とエッセイに書いていたことがある。
そう言いたくなるのはわかる。
だって京都はいつも思わせぶりなのだ。
「なんかここであったんやろうな」って思わせるような景色に満ちている。その石畳の隙間に、木の柱の裏に、川に架かる橋の下に、きっとここには何かあったんだなって予感が隠れる。

実際、よく目を凝らしてみると「ああ○○って戦いがあったところなのか」なんて分かったりして。
そして私は微笑む。
やっぱり京都。なんかあったんやん、って。

 

だけど、だけどだ。よく考えてみて欲しい。
そもそも、そこに歴史のない街なんて存在しないのだ。
東京だって大阪だって、場所があって人がいたら、そこには歴史がある。
ただその差は、物語として後世に語られ続けるかどうかだけで。

ただなぜか、私たちは、京都だけを「歴史のある街」として、憧れる。

やっぱり京都には何かある、って微笑む。

 

―――もしかしたら、私たちは、京都に騙されてるんじゃないか。
この思わせぶりな横顔に、くらっと幻視させられてるだけではないのか。

 

いや、そんなはずはない。
わたしは少しぐらっとした目の前を立て直す。

だって京都には千年前から残る建物があって、文化があって、碁盤の目の通りがあって……。

 

だけど、本当はそれらも少しずつ変化を遂げながら「生き残ってる」ことをわたしは知ってる。
少しずつ歴史の影響を受けながら、今の形の京都になったということも。

奈良や東京といった、ほかの街と同じように。

 

じゃあ、なんだろう。
何がこんなに、京都の何が私を惹きつけるのだろう。

 

――東京に行った友達が言う。
「鴨川見るだけでなんか泣けるわ」と。

 

わかる。私も京都の中で鴨川が一番好きだ。
友達と花火をしたり、飲み会をしたり、一人でぼーっと考え事をしたり、たくさんのやさしさが鴨川を包んでる。
鴨川のほとりで自転車をこぐとき、一番四季を感じる。

鴨川は、ただの川じゃない、って思う。
京都の真ん中を流れる川。京都の何かを保っている川。

 

ふっと、私は「方丈記」の冒頭を思い出す。

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。

 

――ああそうか、川なんだ。

私は橋の上から、ふっと鴨川を見る。
水はずっとずっと流れ続けながらも、川であることは変わらない。
そこで過ごす人は変わり続けながらも、鴨川はずっと京都の真ん中を流れる。

きっと京都は、そういうふうに、私たちを騙し続けているのだ。

京都には何かある。京都には歴史がある。京都には、何かが、いる……。
京都が「特別」であり続けるのは、そこにいる人や文化が変わり続けながらも、「鴨川」のようなシンボルをずっと変えないことにあるのだ。
鴨川、金閣寺、清水寺、碁盤の目。
京都は記号にあふれている。

 

川はいつだってそこにある。

だから私たちは、いつも安心して、「ああ京都には何かある」と言える。

 

そして私は、京都を好きになる。
「なんでこんなに京都が好きなんだろう」って言いながら。

 

その本当は、いつだって謎に包まれている。

 

 

京都は本当の姿を見せない。
ぼやぼやとその姿を煙に巻いている。

それでいいのだ。
それで私たちは京都の謎に惹きつけられ続ける。

そして時々、シンボルを見返して、ああ京都っていいなぁってやっぱり安心する。

そうやって私たちは、ずっとずっと京都に騙され続ける。

だから、私は京都が好きなのだ。

 

京都に天狼院ができる。
また、京都に謎が増える。

私は少し微笑んで、鴨川を背に自転車を漕ぎ始めた。

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