効き目がありすぎて寝食も忘れるほどヤル気がみなぎるので「ここぞ!」という時以外、この本を読まないでください。《リーディング・ハイ》
天狼院スタッフの山本です。
「最近、なーんか、足りないんですよね」
あまりにも脈略なく口にしたので、隣にいた上司が、え? という顔をした。
「なんだか、火が消えちゃったような気がするんですよ。情熱、というか、脇目もふらず、一心不乱にガーッと突き進む気持ちというか……」
おいおいどうしたんだ、と、上司が眉をひそめる。
なぜいきなりこんなことを言い出したかというと、めっきり、私は、悩み込んでしまっていたのだ。
もっともっと仕事のスキルを磨きたくて、もっともっと成果を上げられるようになりたくって。
けれど、現実はなかなか追いついてこなかった。どうしたらいい企画のアイデアが出てくるのか、面白いと思ってもらえるようなことができるのだろうか……頭をひねってもひねっても、抜け感のある思い付きができないでいた。
描け、描け、描け、描け。
東村アキコの漫画『かくかくしかじか』を思い出す。絵の道を志す主人公に対して、画塾の先生は、ただひたすらそうアドバイスをしていた。プロになりたければ、その道で食って生きたければ、ひたすら手を動かせ、と。
ヒットを次々に飛ばす小説家の先生のお話を聞くことがあったときも、「小説家になるには、とにかく書くこと。それが大事」と、まさに同じようなことを言っていた。
どの分野でも、その道を極めるに、近道なんてない。ただひたすらに、手を動かして、やってみて、失敗して……それから道は見えてくるものなのだ。
そう分かっているのだけれど、一心不乱に続けるエネルギーが出ずに、悩んでいた。重い腰は、なかなか上がらなかった。
ああ、こんなとき昔はもっと……
ふと、我にかえる。
何言ってるんだ、私。
本当は、そんなこと言いたくないのに。
「昔はよかった」なんて、そんな懐古厨みたいな考え、絶対にしたくないっていつも思っているはずだったのにーーー
あーあ、行き詰ってるんだな、私。
私が思い出していたのは、まだ10代だったころ、寝ることも食べることも後回しにして、あることばかりをやっていた時期のことだった。
中学生だった私には、誰にも言えない秘密があった。
パソコンで、風景の絵を描くことに、夢中になっていたのだ。
けれど当時は、学校の友達には誰にもそのことを言っていなかった。部活は運動部で、表ではひたすら走っているキャラだったにもかかわらず、誰も私が家に帰るとパソコンの画面とじーっとにらめっこしていたなんて、まさか思いもしなかっただろう。
私の生まれた街は、海と山に囲まれた、とても自然の多い土地だった。
学校帰り、沈む夕日があまりにも綺麗すぎて何度も泣きそうになったし、どこまでも続く稲穂の向こうにそびえる山と空のコントラストに目が離せなくて立ち尽くすことも、死ぬほど経験した。
その美しさを、どうしても1枚の絵に封じ込めたい!
自分で表現できるようになりたい!!
あまりにも美しい風景を見ると、どうしようもない衝動が湧き上がってきた。
家に帰ると、寝る時間ギリギリまで、パソコンにかじりついていた。休日は、朝6時台から起き出して、朝ごはんを食べるよりも前にまず画面をにらむような日を送っていた。
あまりにもパソコンから離れないので親にも心配されるくらいだったが、そんな注意にも耳を貸さず、ひたすら理想の絵を描き出そうと必死にかじりついている日々だった。
あの、美しい光景を、再現することができたらーーー
たった一つ、その強い思いだけに突き動かされていたのだ。
けれど、いつしか、その情熱は真っ白に失われていた。
高校生になるころには、「勉強が忙しいから」とパソコンに触れる機会は自然となくなっていった。
それから、あんな熱情に動かされる経験はなかった。
あんなに、少しのことにでも感動して、心動かされて、衝動に体が突き動かされてーーーなんて経験、近ごろまったく、していなかった。
「それはさー、きっと大人になったっていうことだよ」
上司が、あっけらかんという。
そうか、そういうものなんですかねえ。
あんなに昔は、少しのことでも、感動して、体に火花が駆け巡っていたのになあ。
そうかあ、それが「大人になった」ということなのかあ。
納得できたようで、どこか釈然としなかった。
たとえそれが「大人になった」ということだったとして、じゃあ、今の私には、もうあの情熱の火を心に灯すことはできないのだろうか?
寝ることも食べることも忘れて、何か一つのことに、熱中すること。
私の意志が弱いから?
覚悟がないから?
本当にやりたいことじゃないから?
じゃあ、本当にやりたいことが見つかるまで何にも私は熱中できないの?
本当は、昔は良かっただなんて、絶対に言いたくなかった。
けれども、そのときの私は、どうしても昔に戻りたくして仕方ないと思ってしまうほど、何かに熱中して離れないあの「熱」というものを、なんとしてでも取り戻したかった。
ひとつのことに「熱」を込めて、自分だけの武器を手に入れたかった。仕事のスキルだって、面白いことをもっともっと実現できるような人にだって、どうしてもどうしても、なりたかった。「自分とは」という問いに即座に答えられる肩書きを、自分のものにしたかった。
そんなときである。
その本との出合いは、まさに奇跡のように舞い込んできた。
これまでの漫画の概念をぶち壊すくらいに、衝撃的なものだった。
正直、私はその本を舐めきっていた。
こんなふうになるなんて、まったく、読む前は、思いもしなかったことだった。
全11巻のその漫画は、1巻を開いてしまったらもう、後戻りすることができなかった。
どんどん加速していって、引き込まれて。
まるで私は中毒症状になってしまったかのように、次のページ、次のページと、止まることなく展開を欲していた。
どんどん残りの巻が少なくなっていき、終わりよ、どうか来るな、来るな、と思いながらもページをめくる手は止まらなかった。
そして最終話、それは起こった。
最後の見開きのページを開いたとき、私の目からは、滝のような涙が、溢れて止まらなくなってしまったのだ。
こんなにも泣いたのは、本当に久々だった。
まだ私の中にも、こんなにも涙のストックがあったんだ。まだ、こんなに感動できる感情の機微が残っていたんだ。
泣いている自分自身に、いちばん驚いていた。
涙は、しばらく止まらず、読み終わっても、数時間は涙を流し続けた。
これから人に会う予定があるのに、ちょっとどうしよう、これは困るなと頭を抱えてしまった。
私の中の水分がきっとほとんど出てしまったのだろう、しばらくすると、喉がからっからに乾いてきて、水が飲みたくて仕方なくなった。
私がそれだけ涙を流したのは、ここに、私に欠けていたものが詰まっていたからだ。
それは、今を全力で生きる美しさだった。
私が手に取った漫画、それは、
『四月は君の嘘』
だ。
どうして早くこれを読んでおかなかったのだろう。
いや、悩んでいたあの時期に読めたからこそ、よかったのかもしれない。
主人公は、ピアノが弾けなくなった少年。
そこから、ある人との出会いによって、どんどん、表現することへの喜びを取り戻していく。
ひとつのことに熱中することが、こんなにも美しいことだなんて。
登場人物の、ひたむきさ。
全力で、今できることに、全身全霊をかける姿。
ふだんの私だったら、
「こんなの青春時代だけの特権でしょ?」
と思っていただろう。
けれど、この漫画のキャラクターたちは、「自分とはかけ離れた存在」なんていう印象は微塵も起こらなかった。
登場人物たちが、ピアノの鍵盤を叩くたびに、私の心が直接揺さぶられるようだった。
それくらい、この漫画からは、紙面を飛び出して、音が直接聞こえてくるのだ。登場人物たちの魂の震えが、まさに音となって脳天を全力で揺さぶらしてきた。
滝のような涙を拭い、ごくごくと水を補給し終えた私の中には、もう、とんでもないエネルギーが満ち溢れていた。
今できることを全力でやろう。
とにかく、手を動かそう。
どんなに汗とか涙でぐしゃぐしゃになっても、ただただ、指を動かし続けよう。
中学生のころ、どうしようもない衝動で、寝る間も惜しんで、ひたすら画面と向き合い続けていた、あのころの情熱が、心に宿っていた。
ーーーよし。
私はまだまだやれる。
自分の中にまだ、こんな熱情が残っていただなんて、この漫画を読まなければ、気づかなかったかもしれなかった。
登場人物の、葛藤、強さ、弱さ。
すべてが、心を貫いてくる。
もし、何か上の空の日々を過ごしていたとしたら。
やらなければならないのは分かっているのに、どうしてもやる気が出ない時期に陥っていたら。
この漫画に打ちのめされればいい。
この漫画に、滝のような涙を流せばいい。
そして、何かをしたくてしたくてたまらない、10代のころのような衝動を思い出せばいい。
頭をゲンコツでぶん殴られるような衝動を覚えるかもしれない。
それでも。
これ以上、凛として、美しい物語を、私は見たことがない。
必要以上に、私はこの本を読まない。
大事な試合の前におこなうルーティンのように、ここぞというときに本を開く、大事なお守りになっている。それくらい、特別な本だ。
私は、この漫画に出合って、その瞬間瞬間に全身全霊をかけることの意味を知ることができた。
何かにくじけそうなとき、どうしてもやる気が出ないとき、人生の大きな壁にぶち当たったとき。
これからもこの漫画が、優しく、けれど力強く、私の背中を押してくれると、信じて疑わない。
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