げみさんの絵本『檸檬』は、私が監禁されていた部屋から脱出する鍵だった。
届け物のダンボールを開いた瞬間、鳥肌がぶわっと立ち尽くした。
中身を開き、並べているうちに、 「これはとんでもないものが届いてしまったぞ」と、歴史的な瞬間に立ち会っているような気さえしていた。
並べられたイラストを眺めながら、まだ鳥肌は収まりそうになかった。
そしてそれは、私が監禁されていた部屋から脱出するための鍵でもあったのだ。
今、私は京都・祇園にある「京都天狼院」にいる。河原町駅から、徒歩ですぐ。祇園四条駅からは、徒歩3分程度で着いてしまう。
京都天狼院がオープンした、2017年1月から京都に住みはじめた。
高校生のとき修学旅行で来てからというもの、京都の象徴として憧れつづけている四条大橋も、通勤路の風景のひとつになった。
京都最古の禅寺・建仁寺さんももう目の前の距離という、観光地のどまんなかに、私はいる。
7月の京都は、祇園祭のために、休憩時間に外を歩いていると、なんども行列に遭遇した。
ちょっと夜ご飯の買い物に出ているあいだにも、炎が燃えさかる松明を持った男たちが、掛け声をあげながら行列をつくるところに鉢合わせた。
神輿がお店の前を通るタイミングを、窓から眺めていた。
NHKが祭りのようすを生中継放送しているのを横目に、出勤のためその側を自転車で通り過ぎた。
ここは、まさに観光地どまんなかなのだということを、ひしひしと感じる日々。
だが、それが悩みになるだろうなんて、考えてもいなかった。
あまりに観光地にいるからゆえに、逆に外に出て行かなくなってしまったのだ。
そういえば東北の実家に住んでいたころ、市内の観光地によくバスが大勢止まっているのを「どうやらここは観光地らしい」と、ぼんやりと見ているだけだった。その建物に入ったのは、ようやく高校生になるくらいのときが初めてだった。
住んでいると、あまりにも地元すぎて、逆に観光地といわれる場所には行かなくなるらしい。
その現象が、同じように京都でも起こってしまっているのだった。
「いつでも行けるだろう」と、忙しさを言い訳にする日々。
早くやること終わらせて、隙間時間にぶらりと外に出るほうが、気分転換にもなるし新しいインプットも入る。そっちのほうが効率が良いことは分かりきっている。だけれど、出て行くことがいつのまにか億劫になっていた。家と職場の往復の日々が続いてしまっていた。
はじめての京都の夏。じっとりとへばりつくような夏の暑さに、気分がなかなか優れない。
グレーな気持ちが、ぼんやりと続いていたところだった。
私は開いてしまったのだ。あのダンボールを。
そこに入っていたのは、げみさんの『檸檬』だった。
梶井基次郎の名作『檸檬』に合わせ、イラストレーターげみさんがイラストをすべて描き下ろした絵本である。
げみさんは、昨年作品集を出版された際に、展示やサイン本など、大きく展開をさせていただいた。
そのげみさんの次回作が出ると聞くと、なんと文学作品とのコラボレーションという。
実をいうと、梶井基次郎の『檸檬』は、それまでなんとなくパラパラと流し読みをした程度だった。主人公は檸檬を爆弾だと想像し、それを丸善に置いてくる、という大まかな記憶しか、残っていなかった。
だから、絵本『檸檬』が出ると聞いて、あらためて久しぶりに、梶井基次郎の『檸檬』をしっかりと読んでみた。
そして、絵本が発売前にもかかわらず、私は興奮が抑えられなくなってしまった。
これ以上の最高の組み合わせはない、と確信してしまったからである。
そして案の定、その興奮は現実のものとなった。
私は、ついに届いた『檸檬』を手に、いても立ってもいられなくなってしまった。
『檸檬』を持って、自転車を走らせた。走り出さずには、いられなかった。胸のワクワクに、ほとんど衝動をつき動かされた形だった。
まずは上がって、祇園白川へ。
さらに上がって、二条まで行った。
途中、わざと裏道を通って行った。昔からあるであろう家のそばを通って、洗濯物がはためいていないか、のぞきこんだ。
そして、2回移転したという、丸善の歴史の場所に、想いを馳せた。
げみさんのイラストによって仕上げられた『檸檬』を見て思わず、この舞台へ繰り出したくて仕方なくなってしまったのだ。
絵本を読む前にも、梶井基次郎の『檸檬』の良さを知っていた。
さらに、げみさんのイラストが加わることで、世界は何倍にも広がった。
書体や、行間のテンポと、挿絵の加減が心地よく、映画を見ているように現実の時が止まり、一瞬で物語にトリップできた。
どこか影のある退廃的な雰囲気と、カラフルなオードコロンや香水の瓶、オレンジのランプ。
相反する2つの組み合わせが最高に美しく、今度は自分の目で確かめようと、主人公の歩いた道を、たどってみたくなる。
ここのところ篭りがちだった私は、この絵本の美しさに、突き動かされた。
京都の一角に、監禁されたようなものだった私が、外へと脱出する鍵こそが、げみさんの『檸檬』だった。
京都に来るときは、こてこてのガイドブックを共にするもいいけれど。
この絵本の美しさに動かされるまま、京都の街を歩いてみるという、とっておきの秘密コースがあるということを、ここだけでコッソリ、教えておきたいと思う。
(記事:天狼院スタッフ山本)
・イラストレーターげみ×梶井基次郎『檸檬』(立東舎)は、天狼院書店・各店(東京/福岡/京都)で、お買い求めいただけます。数量限定サイン本もご用意しておりますが、こちらは先着順となりますのでお早めにお買い求めください!
・お取り置きはこちらの お問い合せフォーム から、タイトル【げみ『檸檬』取り置き】、名前、メールアドレス、取り置き希望店舗をご記入の上メッセージをお送りください。
・京都天狼院では、7/30(日)までパネル展を実施しております。この機会に、ぜひご来店くださいませ。
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