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チーム天狼院

クリスマスにはカスミソウを


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:しんごうゆいか(チーム天狼院)
 
 

「はあ……」
彼女は、また溜息をついた。最近あまり元気がないのか、よくぼーっとした顔で溜息をつくことが多い。仕事が上手くいっていないのか、はたまた友人と喧嘩でもしたのだろうか。
こういう時、どうしたの? と聞いても返ってくる答えは「ううん、何でもないの」が相場だと決まっているが、それでも聞かなければならない。それができない奴は、女心のわからないダメ野郎だと、こちらも相場が決まっている。
 
彼女の隣に座って、労わるように寄り添う。それから、
 
「にゃあ」
-どうしたの?-
 
「……ん、心配してくれてるの? ふふ、ありがとね」
 
 
そういって彼女は僕を抱き上げて、頬ずりをした。こんな時、僕がどんなに彼女のことを想っているのか、言葉の限りに伝えたくなる。
 
こんな時、僕が猫であることがもどかしくてたまらない。
 
 
僕の名前は、つくね。飼い猫だ。
つくねという、ちょっと(?)変わった名前の由来は、飼い主である冴島依子(さえじまよりこ)の好物がつくねだから、ということらしい。
 
僕が依子に飼われるようになったのは、一年前のクリスマスの日。まだまだ子猫で、親猫とはぐれてしまった僕を、依子は見つけてくれた。
コンクリートの上、車の通りも少なくないところで一匹、丸まっていると自分の体に影が落ちた。
「……お前も一人なの? うちにおいで」
と、そっと優しく抱かれたのを覚えている。クリスマスだったのに一人でいたその時の依子は、目を赤くして、ついさっきまで泣いていたことが誰にでもわかる顔だった。それでも凍えていた僕にとって、依子の体温はたまらなく温かくて、心細かった気持ちを一緒に共有しているみたいで、僕は依子が大好きになった。
 
ねぇ依子。僕は君のことが大好きだよ。笑顔でいてほしいよ。
 
 
 
朝起きると、依子は家にいなかった。仕事かな? なんて考えながらリビングにいくとテレビがつけっぱなしになっていた。依子はドジだから、よくやるんだ。そのおかげで僕はテレビを観ることができるんだけど。
 
「今日はクリスマス! 奥さんや彼女さんにプレゼントにぴったりな花言葉特集をお送りします! 皆さんはいくつ知っていますか?」
テレビからはそんな声が聞こえてくる。花言葉なんて、猫の僕は一つも知りようがない。ちょっと面白そう。
「例えばカスミソウ。あの可愛らしい白い小さな花。あれは幸福、清らかな心といった花言葉があるんです」
……カスミソウ、なら僕にもわかる。依子に拾われたとき、近くの花壇に咲いてたやつだ。
「ちなみに、カスミソウは英名だと“愛しい人の吐息”という意味もあるんですよ」
 
すごく、綺麗だと思った。
吐息を花に例えるなんて、英国人が考えることはロマンチックだなあ。
……愛しい人の吐息、か。
最近、依子は溜息ばかりで、表情も暗い。僕にとって依子は愛しい人で、その溜息も本当はなくしてあげたい。でもその溜息は、いうなれば吐息なわけで。それは英国人にいわせれば、僕にとって“愛しい人の吐息”、つまりカスミソウなわけで。
 
依子のその溜息が、僕にとってカスミソウだって知ったら、少しは笑ってくれるかな。
 
そう思ったら、カスミソウを取りにいくことに迷いはなかった。去年、僕と依子が初めて会った場所。依子が大好きになった場所。その近くにカスミソウはある。
ちょうど今日はクリスマスだ。依子が帰ってきたら、カスミソウをプレゼントしよう。多分これが、僕が依子にできる精一杯だろうから。……笑ってくれるかな。
 
 
 
「……ただいま~。つくね~」
 
玄関から依子の声がした。依子、笑ってくれるかな。
 
「えっ、つくね、なんでこんなにドロドロなの!」
 
ごめんね依子。花壇からカスミソウ取るときに、ちょっと手間取ったんだ。怒られるかもなって思ってたけど、やっぱりかあ。
 
「も~、もしかして外に出たの? ……なにか対策しなきゃな」
 
ねぇ依子。
 
「今タオル持ってくるからね。ここでいい子で待っててね!」
 
どうして、
 
「ほんっと、おてん、ば、なんだから……」
 
去年と同じ顔してるの? なんで泣いてるの?
 
「にゃあ」
 
僕はこういう時、擦り寄って泣いてる依子の頬を舐めるしかできないんだよ。
 
「……っ、ふっ、ううう~~~」
 
依子、依子、泣かないで。ほら、カスミソウ。カスミソウだよ。依子知ってる? カスミソウの英名は“愛しい人の吐息”って意味もあるんだって。最近の依子、溜息ばっかりだったでしょう? たくさん辛いことがあったんだよね。ごめんね、でも僕にはそれはカスミソウなんだよ。小さくて白くて可愛い、カスミソウ。依子の溜息は、僕にはそう見えるんだ。おかしいよね。でも、そう思うと悪いものには見えなくなってこない? 大丈夫だよ、今日辛くても、明日はそうじゃないかもしれない。依子、だから、泣かないで。
 
「……? どうしたの、つくね。これ、どこから持ってきたの? 綺麗なカスミソウ……」
 
家の中汚しちゃってごめんね。でも、これ見て依子に笑ってほしかったんだ。今日はクリスマスだから、僕からのせめてものプレゼントをしたかったんだ。
 
「……ふふ。これ、もしかして、つくねが? ってそんなわけないか。なんであるんだろう」
 
そう言って依子は、おかしいの~、なんて言いながら笑って、僕を優しくなでながら、どうしてカスミソウがここにあるのか考え出した。
 
「ねぇ、つくね。なんでだろうねえ」
 
依子が、笑ってる。僕からのプレゼントだと気づかなくたって、依子が笑ってくれてる。僕にはそれでじゅうぶんだよ。
 
「……にゃあ」
-……メリークリスマス-
 
***

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