外国人留学生に、目の前で英語で悪口を言われたので、思わず反撃した《川代ノート》
先日のことである。
私の大学には留学生がたくさんいる。すれ違う五人に一人は英語をしゃべっているような感覚だ。欧米系からアジア系からアフリカ系からアラビア系まで、ありとあらゆる人種が揃う。だからときどき、ここは本当に日本なのかと思うことすらある。私はそのとき、次の授業に向かうべくエスカレーターに乗っていた。授業五分前には、踊り場はかなり混雑する。我先にエスカレーターに乗ろうと、次から次へと人が溢れてきた。
私は考え事をしながらぼーっとして人の流れにまかせてエスカレーターに乗ったのだが、ふとこんな言葉が耳に入ってきた。
Hey, Who is this girl? (なあ、この女の子誰?)
ん?と思って顔をあげると、前に立つ留学生らしき男の子が、私のうしろにいる友達に話しかけているようす。
どうやら私は、ぼんやり人混みに入っていったせいで、友達同士、外国人留学生二人組の間に紛れ込んでしまったようだった。まあ混雑しているエスカレーターにのるときにはよくあることだが。
問題はそこじゃなくて。
I don’t know.(知らねー)
ふたりは私を挟んで、平気で会話を始めた。英語だからわからないとでも思ったのだろう、「なんか間にたってるんですけど」「なにこの女」「気づいてないんじゃね?」「うける」みたいな会話を(全部はききとれなかったけど)私がいる目の前で堂々と話し始めたのだ!
彼らが私を馬鹿にしていることには気が付いていたけれど、私は気まずくてずっと下を向いてスマホをいじっていたのだが、やっぱりかちんときてしまった。こんなことで腹が立つなんて、自分小さいなあとも思ったのだけれど。
当たり前のことだが、もし日本語であれば彼らは絶対に「なあ、この女の子誰?」なんて言わなかっただろう。そんなことを言えば私は気が付いて顔をあげ、「え?私のことですか?な、なんかすいません」となるかもしれないし、常識的に考えても本人の目の前で本人を馬鹿にしたようなことを言うのはおかしい。今会ったばかりの赤の他人なのに。
そもそも彼が「この女の子誰?」と言ったのだって、純粋に「この女の子はどこからきたどんな子なのかしら」という意味で聞いたわけでは無く、「間に入ってきたよ、なにこの子(笑)」という意味できいてきたのである。その証拠に、英語で話す彼らは、単純に知らない女がうっかり間に入ってきたというだけで私を挟んで大爆笑。前に立つ男なんて、わざとらしく首をひねってうしろの男に話しかけている。
すごくイライラしたので、私は
「おい、お前らきこえてんぞ!!!」
と言ってやりたかったのだが、内心
あれ?そういうの言う時って
I can hear you! でいいの?
それとも
I hear you!が正しいのかしら?
それか
I heard that!もきいたことあるけど・・・。
ヤバイ、正解がわからん。
なんて考え出すと、
言い返すのに英語が間違ってたらかっこわるい!!
みたいないらない英語コンプレックスが出て来てしまって、ああもうだからこんな馬鹿にされるんだよー!!とパッと英語で言い返せない自分が嫌になってしまった。仮にも留学していたのに、なさけない。
まあ私がそれくらいのことで腹をたてたのも、結局その英語コンプレックスを刺激されたからなのだ。
日本に留学にきている私の友人のほとんどはとても気のいい人たちで、私が英語ができなくてもゆっくり待ってくれるし、逆に私も相手の子の日本語がたどたどしくてもなんとも思わない。お互い様だからだ。
でももちろん、日本人のなかにも人の悪口を栄養にして生きる人がいるように、日本人を馬鹿にするのが楽しい留学生だっている。そういう人たちをいちいち相手にしていたらきりがない。けれど、もし「どうせ日本人は英語わかんないだろう」と見くびられたことに私がひどく腹を立てたのなら、もっと平気で返せるくらいに英語を勉強するべきだと思ったし、それほど愛国心もないのにそこまで怒る資格もないかもなあ、と自己完結して、とりあえず言い返すのはやめようと思ったのだった。同じように怒るのはみっともないし…。
やめようと思った。
思った…のだが。
言い返す資格はないとか怒っても仕方ないとか理屈では納得していても、この胸のもやもやは収まらない。なんとかして反撃してやりたい。
というどす黒い醜い感情がどうしても消えなかったので、やっぱり言ってやることにした。
エスカレーターが次の階につくかつかないかのところ、まだ私越しにわざとらしく大声で楽しそうに話している。あきらかに私を馬鹿にしているであろうことが会話からわかる。
そこで、私は攻撃をしかけた。
「あっ…やだあ、あたしったらぼうっとしてて、ふたりの間にたっちゃって。お友達って気が付かなくて…本当にごめんなさい、お話の途中だったんでしょう?」
いつもよりも2オクターブくらい高い声、仕草は思いっきり女の子らしく、顔のすぐそばで手をふり、出来る限り申し訳なさそうな顔を作ってうしろを振り向き、話しかけた。相手が日本語わかるかどうかなんて知らんこっちゃない。こっちは「英語がわからない」という設定なんだから、それにのっかってやろうじゃないか。そのかわり、めちゃくちゃ感じよく、「人のよさそうな可憐な女の子」という演技をして相手に大声で話しかけた。
すると相手、まさか私に話しかけられるとは思わなかったようで、流暢な日本語で
「い、いや…。全然、ぜぜぜんぜんぜんぜんぜんぜんだいじょうぶです。す、すいません」とどもりながらもなぜか謝ってきた。まさか私に話しかけられるとは思ってもいなかったのだろう。
その後エレベーターから乗り終えた彼らは、私を少しちらりと見ながらそそくさとふたりで、今度はなんと彼らの母国語で話していった。さすがにもう私には何を言っているのかりんぷんかんぷんだったが、とりあえず「きこえてましたよ」とほがらかにサインを出すことはできたし、馬鹿にしていた女のめちゃくちゃ感じのいい反応に彼らも動揺していたみたいなので、結構すっきりした。
しかし今度は母国語で話すとは、どれだけ日本人にきかれたくなかったのだろうか。そんなに私の目の前で悪口を言いたかったのだろうか。というか、それならはじめから英語じゃなくて母国語で話していればよかったのに。逆に私はききたい。三か国語もぺらぺら話せるのに彼らは何をしに留学にきているのかと。わざわざ本人の目の前で馬鹿にしたいほどの国に、何のために留学しにきているんですかと。それとも無理やり日本に来させられたのがいやでいやで仕方ないんだろうか。だから腹いせに私をいじってきたんだろうか。
でも案外こういうことって気が付かないうちにやってしまうものかもしれない。「どうせわかんないだろう」という優越感と、本人がいる目の前で悪いことをできている背徳感でぞくぞくしてしまうような。本人にきこえるようにちらちら見ながら悪口言うとか。女子会で「絶対にこいつ処女だろう」と目星をつけた子の前でわざと経験豊富アピールしたり。でもそうやって見くびっていた相手が実はすんごいモテる女だった、とか、自分の予想を超える反応をされると過剰にびびっちゃって、急に萎縮したりもするんだけど。やっぱり、そんな風に人を馬鹿にするのはみっともない。
嫌なことをされても同じように反撃するのもちょっとなあ、と思う時は、「めちゃくちゃ感じよくする戦略」は結構有効である。悪口を言われようと、馬鹿にされようと、いじめられようと、にこにこ。怖いくらいに感じよくする。自分は女優だと思い込む。腹が立って仕方なくても、とりあえず表面上だけでも、無理やりにでもにこにこしておく。相手に優しい言葉をかける。形からでもそうふるまっておけば、だんだん本当に相手を愛おしく思えるようになる。
かわいいなあもう、こいつ!と本気で思えるようになって、しかも相手が「こいつ不気味!」と思ってもう何もする気がおきないくらいに感じよくできれば、もはや勝利は我の手にあり。いや、別に勝負じゃないんだけどね。自分自身に勝つってことで。
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