女子大生三宅香帆、「京都天狼院」店長に就任しました。~「太閤記・上」暗号編~《三宅のはんなり妄想記》
暗号。
世の中のロマンとミステリーを一挙に引き受けてきたそれらですが、なぜ人は暗号なんてつくるのでしょう。
秘密にしたくて、でも、伝えたくて。
そんないじらしさこそが、暗号そのものなのかも、しれません。
さて、「四六壱五参弐六参六四四参壱壱弐壱」――――――みなさん、これ、どういう意味か、わかりますか?
……っとと、話を現代に戻しましょう、お久しぶりですあるいは初めまして、私は女子大生でありながら京都天狼院の店主をしている者でございます。最近は、ちらちら降ってくる雪やひやひやと襲ってくる寒さにびゅうびゅう凍えながら、熱燗片手におこたでぬくぬく、本をじっくりまったり読む日々なのです。
さてさて、本日読んでいたのは、小瀬甫庵さま著の『太閤記』、豊臣秀吉さまの一代記でございます。ご一緒する熱燗は「秋鹿」、おやつにはこんが~り焼いたおもちにいつもよりちょっと多めのあんこを載せていただきます。はうあ~~っしあわせ。きゅうきゅう熱燗を飲み干して、しあわせな気持ちにひたり、うとうとしていたところ………
気がつくと、同じ年くらいでしょうか、少しうつむき加減にこちらをおそるおそる見るお嬢さんが座っているではありませんか。
ありゃ、私はまたタイムトリップなるものをしてしまったのでしょうか。
皆さんもうご存知かもしれないのですが、私は時々こうやって、京都の街で知らぬ間に過去へ飛ばされているときがあるのです。原理は陰陽道にありまして(詳しくは雑誌『READING LIFE』をお読みになって頂ければ……っと宣伝してしまいました、スミマセン)今回も私はこうやって過去へ来てしまったのでしょう。しかし……このお嬢さんは一体どなたなのでしょう?うーん、と私はいつもの通りぼんやりしてしまいます。
すると、ぼんやりした沈黙をやぶったのは、向こうのお嬢さんの方でした。
「あ、あ、あのう……」
か細い声で、なにかおっしゃるのですが……いまいち聞こえにくく、私はずいっとお嬢さんの方へ寄ってしまいます。
「父の、遺言が、あって」
ゆいごん。いきなり出されたその言葉を、私は思わず繰り返してしまいます。
「でも、それが、暗号、みたいなのです」
内気そうなそのお嬢さんは、真っ赤になりながら小さな声で必死に喋ろうとされます。
「どうか、この暗号を、解いて……くれませんか……?」
あんごう。またもや聞きなれない言葉に面食らった私は、目をぱちくりと、見開いてしまいました。
お話をお聞きしますと、このお嬢さんは、ちゆ乃さまというお名前で、なんと小瀬甫庵さまの娘さんだそうなのです。遺言を遺された父上というのは、そう、『太閤記』の作者・小瀬甫庵さまなのです!
ちなみに『太閤記』というのは何バージョンがありまして、豊臣秀吉の伝記そのものをまとめて『太閤記』と呼んだりします。最古と言われているものは、秀吉さまが直接書かせたらしい、大村由己さまの『天正記』。秀吉さまの没後も、太田牛一さまの『太閤様軍記の内』などたくさんの伝記が登場したのですが、現在最も有名なのは、こちらの小瀬甫庵さまの『太閤記』なのです。
この小瀬甫庵さまは、『太閤記』以外にも、『信長記』という織田信長さまの伝記も書かれておりまして。この『信長記』、実は『太閤様軍記の内』の著者である太田牛一さまの『信長公記』がもとになっているとのお話なのです。しかし太田さまの『信長公記』の方が史実に忠実で、小瀬さまの『信長記』は、小瀬さま自身の歴史観に基づいた「創作物」だと言われております。実際広く流布しているのは小瀬さまの『信長記』なのですけれど……。太田さまと小瀬さまは、同時代を生きながらも、資料として違う側面を持っているためよく比較されやすいのです。
さてさて私は、問題の暗号を拝見させていただくことになりました。暗号なんてわくわくするものをお見かけする機会、人生でそう何度あるわけではございません!ほんの少し胸をきゅんとさせて見てみると―――甫庵さんがちゆ乃さん宛てに書かれた「遺言」の最後に、こう書かれているのです。
「四六壱五参弐六参六四四参壱壱弐壱」
……………にゃんじゃこりゃ。
い、意味不明の羅列でございます。拝見させてもらったりさわさわと触ってみたりしたのですが……なんせ私は数学ふみゃぁの文系人間。お手上げヨノスケでございます。ちゆ乃さんも少し不安そうなお顔でこちらを覗かれて「これ、暗号なのでしょうか……ただの、父の落書きかも、しれないのですけれども……」とおっしゃってしまいます。
しっかし、ここで私まで不安そうな顔をするわけにはいきません!こちらは未来の本棚というハイパワーウェポンを持っております、ちょっくら未来まで行ってヒントを得、ぜひとも暗号解読を成し遂げてみましょうじゃないですか!!!
「ちゆ乃さん」
ガッツポーズをした私にいきなりぎゅいんと顔を向けられたちゆ乃さんは、びくっと竦まれてしまいました。
「私にお酒を一杯、くださいませんか」
竦まれたついでにちゆ乃さんは、きょとんともなされたのでございます。
お酒を飲んで現代の京都天狼院に戻った私は、本棚から「暗号モノ」を引っ張り出してきました。
まずはこれでしょう、王道です、サイモン・シンさん著作『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』。サイモン・シンさんの著す科学モノはどれも、文系人間でも面白く読める!というすばらしい作品ばかりです。
そして井沢元彦さん著『猿丸幻視行』も面白いですよ~!折口信夫さんを主人公として「いろは歌」の謎を絡ませるという前代未聞の歴史ミステリー本なのですが、いろは歌だの柿本人麻呂だの、日本の古典や歴史が好きなら絶対心くすぐられること間違いなし!私も大好きです。
あとは……アガサ・クリスティーさんの『茶色の服の男』なんてどうでしょう。探偵役がお馴染みのポアロやミスマープルといった方々ではなく、考古学者の娘さんなのですが、この方がはちゃめちゃに活躍してくれるのがすごく楽しくていいんですよねえ……!伏線回収も素晴らしく、ラストも必見、楽しく明るく読める暗号モノです。
あとは児童文学なのですが、はやみねかおるさんの『踊る夜光怪人‐名探偵夢水清志郎事件ノート‐』。夢水清志郎シリーズは昔大好きで全て読みましたが、私が最初に「暗号」というものに触れたのはもしかしてこれだったかも……と思うのです。大人になってから読み返してもやっぱり面白く、老若男女誰に対しても全力でおすすめ致します。
さて、これらを持ってちゆ乃さんのもとへ戻ると、書物を見るなり、ちゆ乃さんの目がそれはもうぴかぴかと輝きだしたのでございます。
「書物、お好きなのですか?」
私がお聞きすると、相も変わらずお顔を赤くされ、うつむきながら「父が、よく書物を与えてくださったんです」
とおっしゃいました。そういえば、甫庵さまは儒学者でお医者様であられたとか。
「父は、儒学のこととか、医学のこととか、いつもたくさん、教えてくださいました……」
下を向いたままながらも嬉しそうにそうおっしゃるので、私は思わずちゆ乃さんの方に身を乗り出して、「甫庵さんって、どんなお方だったんですか?」そうお聞きしてしまいました。
すると、うつむいていたのが、恥ずかしそうに少しだけ顔を上げ、ちゆ乃さんはゆっくりと話し出されました。
「母が早くに亡くなって、ほとんど父一人で私を育ててくれたようなものですから……いろんなことを教えてくれて……。儒学や医学はもちろん、自分の仕えていた方や戦った方のお話……織田信長さま、豊臣秀吉さま、上杉謙信さまなどたくさんの方の武勇伝を波乱万丈に聞かせてくれました……!」
そんな風におっしゃった後、だけど、とちゆ乃さんはまたうつむいてしまいました。
「私はお嫁にも行きそびれましたし、家でやってることも父がいいと思うようなものではありませんでしたから……」
家でやってること?と私が聞くと、いえ、何でもないのですが、とちゆ乃さんはふるふる首を振られます。
「父が亡くなったのも、ほんの先日なんですけれど、風邪をこじらせたかと思ったらいきなりで……私のことを最期まで心配してました」
そうおっしゃったちゆ乃さんの目には、じんわりと涙が浮かんでいたのです。その涙にあわてた私は、
「な、なら余計にお父上の暗号を解かなくてはいけませんよ!!!」
そう言って、書物をぐいっと差し出しました。ちゆ乃さんも、こくん、と頷いて、書物を読み始めました。
ちゆ乃さんが書物を読むあいだ、私もうにゃうにゃ唸りながら、暗号というものを整理してみました。
そーーんなわけで、突然ですが私の整理のため、ちょっくら天狼院☆暗号ワンポイント講座をひらいてみたいと思いますっぱふぱふ。きょ、興味のない方はさくっと読み飛ばしていただけたら幸いです……!
さてはて、ひとくちに暗号と申しましても、国家機密を扱うものから殺人ダイイングメッセージまで多種多様でして。
古くはどうやら紀元前までさかのぼり、現存する最古のものは、紀元前三千年頃の石碑に刻まれた、古代エジプトで使われていた文字であるヒエログリフであると言われています。その後も、古代ギリシャやら古代ローマやらを経て、現代のアルゴリズムに至るまで、暗号というのは世界各国そこらじゅうでロマンと秘密のたねを撒いているのです。
ちなみに推理小説的に暗号を分類しますと、
①代用法(ほかの文字への置き換え):シーザー暗号、ヴィジュネル暗号など
②置換法(文を逆向きや横向きなどに並べ替える):スキュタレー暗号、回転グリルなど
③挿入法(関係のない文字や言葉を挟む):サンプラー法など
の3つがメジャーだと言われています。
あまりネタバレをしてはいけませんが、日本だと江戸川乱歩先生や小栗虫太郎先生、海外だとコナン=ドイル先生などたくさんの方が面白い暗号小説を書かれているので、詳しく知りたい方はそちらを読んでみてくださいな。おんもしろいですよおお。
……しかしここまで読んでくださったみなさん。この小瀬甫庵さんの暗号、解けました?
解けた方もそうでない方も、ちょっくらこのまま、この後をお楽しみいいただけたらと思います……それではそのまま後半戦、「太閤記」解答編もどうぞっ!
ペ、ページを閉じずにそのまま読んでいただけたら大変幸いでございます~~~。
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