メディアグランプリ

愛と青春のシウマイ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:平本 智佳(ライティング・ゼミ特講コース)
 
 
「悲しいことがおこりました」
就寝前の点呼に集まった50人ほどの生徒の前で、舎監の先生がこう話し始めた。
(きたきた。誰かが何かやらかしたんだな)と身構えて話を聞く。
 
私は高校生活を寄宿舎で送った。カトリックの女子高で生徒は地元からの通学生と関東、中部地方からの寄宿生が半分ずつ。
修道院に入ったかと思うほど、さまざまな義務と規律が求められる学校だった。
 
いまなら、問題になるであろう私物の抜き打ち検査も行われていて、昼間学校に行っているうちに、個人のクローゼットや自習室の机の引き出しなど開けられ、規則違反の持ち物がないか徹底的に調べられていた。
たとえば、いまだに不思議な区分けだったと思っているのだが、持ち込んでいい雑誌は背表紙が平らな漫画雑誌だけで、ホチキス綴じの週刊誌形式の雑誌は禁止だった。たとえ中身がファッション誌でも、たわいもない動物マンガ誌でも、形がホチキス綴じならアウトである。
当時ティーン向けのホチキス綴じ雑誌が、夏になると「HOW TO SEX―ひと夏の経験特集」的な企画を組んでいて、社会的に問題視されていたことも関係しているかもしれない。
実際、クローゼットのたたんだ服の間にその雑誌を隠していたのを見つけられた寄宿生の一人は、抜き打ち検査当日の夜、突然自宅に帰らされ、翌日両親呼び出し。あわや退学か⁈ という問題に発展し、本人が学校に戻ってこられたのは1週間後であった。
 
この学校で、誰かが何かをやらかして怒られる時の決まり文句が「悲しいことがおこりました」だったのである。
先生は静かに続ける。
「先週の金曜日に自宅に帰る電車の中で、シウマイを立ったまま食べていた複数の生徒がいます。通学途中の飲食は禁止のはずです。しかも電車内で立ったまま物を食べるというのは非常に見苦しい行為です。それを偶然見かけた卒業生の方から学校に連絡をいただきました。このご注意をありがたく受け止め、今後このような行為が絶対にないように、各自気を引き締めて、本校の制服を着ているという自覚をもって行動してください。それでは心を静めて祈りましょう」
 
みんなが、「シウマイ」というところで、笑いをこらえるべくクッとなったのがわかった。私は胃がきゅっとなった。
しかし「シウマイ事件」については、このお叱りだけで終わった。つまり、目撃した卒業生も、連絡を受けた学校も何年生の誰かまでは特定できなかったということだ。
ギリギリセーフ。
そう、シウマイを食べていたのは私と友人たちである。
寄宿生は金曜日の放課後に自宅に戻る。そして週末を自宅で過ごし、日曜日の夕方に寄宿舎に戻ることになっていた。
金曜日の放課後、終礼が終わったら直ちに学校を出るのだが、寄宿生が自宅まで帰るには大体2時間はかかる。人生で一番お腹がすいている高校生である。家までもつものではない。ましてや洗濯物や宿題など旅行位の荷物を抱えての移動である。
校則違反は承知しながら、みな見つからないようにこっそりとアメやチョコレートなどは口に入れていた。もう少し大胆になるとポテトチップスなどのスナック菓子を回しあったりしているときもある。
これも風紀委員のコワい上級生に見つかると危険な行為であったが、電車の中でトイレに行くなどで、上級生グループの脇を通り過ぎる時にこちらと同じくお菓子の袋があることを確認すれば、「よっしゃ、お互い秘密にしましょう」と無言の交渉成立であった。
 
ある日のこと。時は金曜日の午後5時頃。場所は東京に向かう東海道新幹線の中である。
その日は混んでいて、私たち5人は座席をゲットすることができず、終点までの1時間をデッキで立ったままでいなければいけなかった。
車内は、ビールとおつまみを手にした出張帰りのサラリーマンでいっぱいである。そんな環境でお腹をすかした女子高生だけが品行方正に読書などしていられるわけもない。
誰ともなく「なんかお腹にたまるものが食べたいね」という話になった。
「あれ、いいよね」と誰かが一人のサラリーマンの座席の前にあるK軒のシウマイの赤い箱を指さした。「冷めてもおいしいヤツだ」「何個入りかな。分けられるよね」「次に車内販売通ったら買っちゃう?」「そうしよう!」
こういう時のまとまりは早い。
 
シウマイの赤い箱は少し湿っていて重い。ふたを開けると肉と脂のにおいがぷうんと立ち上がって、食欲を刺激する。
カラシの小袋を開けるのももどかしく、シウマイの数を数え、「1人3個ずつね」と確認するやいなや口に放りこむ。
肉の旨味が口いっぱいに広がる。あとをひく脂の香りが鼻に抜ける。
続けて2個目。あっという間に飲み込んでしまう。目が潤むのはカラシの辛さか、あまりのうまさか。
少し間をおいておもむろに最後の3個目。もう終わりだ。ゆっくり噛もう。
そして、余韻の後味を楽しむ。お菓子とは異なる確かな肉の手ごたえを受けたお腹から満足感がじわじわと湧き上がってくる。
未成年なのでビールはもちろんないし、当時お茶すらも飲まず、たった3個のシウマイだけを大事に食べた。
ふだん、お菓子を食べている女子高生が、サル山のサルのようにきゃっきゃっとしているとしたら、この時シウマイを食べていた私たちは、サバンナで三日の絶食のあとやっとシマウマを倒して群がっているライオンの群れ、みたいな迫力であっただろう。
その夢中でシウマイをむさぼり食っているところを、卒業生のお上品なおばさまに目撃されてしまったということだ。
 
これが高校生時代に犯した最大の校則違反である。
舎監の先生、学校のみなさま、当時は名乗り出ず申しわけございませんでした。
実は数年後の大学生時代、同じくK軒のシウマイ弁当を買うために、1時間に1本しかない特急電車に乗りそこなうという「シウマイ大好きすぎる」事件を起こしているのだが、その話はまたいずれ。
 
 
 
 
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2020-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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