痛いものは痛かった
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記事:あこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「痛かったらちゃんと、痛いって言いなさい!」
そんな声が聞こえたが、私の喉からは何の音も出なかった。ただ、あまりの痛みに
床に倒れ込んだ。看護師さんが駆け寄ってきた。痛すぎて声も出なかった。
心配そうに見つめる、母の顔をうっすら覚えている。
それは中学二年の夏だった。私の左手の中指に、大きなこぶのようなものができた。
痛くもなんともないのだが、なんとも見た目は不格好である。
母に言うと、念のために検査してもらう事になった。検査の結果は、ただの脂肪の塊なので取っても取らなくてもいいとの事だった。指はなにかと目につくところだから、私は取るという選択をした。
手術は難しいものではなく簡単に終わった。が、そのあとに試練が待ち構えているとは夢にも思わなかったのである。
指は動かさないと固まってしまうとのことで、毎日指を握ったり、開いたりしなければならなかった。しかし、これが想像以上に痛みを伴う。私は家でのリハビリを次第にさぼるようになった。
そんな日が続いたある日、私は病院で定期検査のさいに医師に、リハビリ用の器具をつけられ思いっきり指を伸ばされた。あまりの痛みに前出のように、私の顔は苦悶の表情になる。しかし、医師は私がストップをかけない為か、無表情のまま、リハビリ用の器具で指をどんどん伸ばしていく。「その一ミリ一ミリがどれだけ痛いか、わかってやってるのか!」と叫びたい気持ちだった。
だが、なぜか私は痛いと言えない子だった。ただひたすら耐え忍んだ。そして床に倒れ込んだのである。
思い返せば、小さい頃から痛みを我慢する癖がついていた。痛いと言うと周りを心配させる気がしていたのだ。
これは子供の一方的な思い込みであると、今ならわかるのだが小さい頃はわからなかったのだ。
道で思い切り転んで、膝から下が血だらけになっても、すっくと立ちあがり、何事もなかったかに様に歩いて帰るような子だった。恐らく近くで見ていた人は、あんなに派手に転んで足から血を流しているのに、何食わぬ顔で歩き出すとはどうなっているのかと不思議に思っていただろう。もちろん、心の中では大泣きなのである。
ところが、そんな私の価値観を変える人がいた。
同じ職場のひとつ上の先輩だ。いつも、きびきびして仕事には厳しくて、ちょっと怖い先輩だ。
その先輩とお昼休みにお弁当を買いに行った帰り道のこと。青信号がもうすぐ赤に変わりそうだった。私と先輩は社内で履いているサンダルのまま、急いで渡ろうと弁当を片手に走り出した。よりによって先輩は、スープまで買っていた為に走りずらそうだった。
もう少しで横断歩道を渡り切れると、ほっとしかけた時に後ろから「痛いっ!!」と声が聞こえた。
振り返ると先輩が、あともう少しという所で派手に転んでいた。スープは無残にも道に流れ出しているのが見てとれた。しかし、それよりも先輩は右足首を抑えてうずくまっている。急いで駆けより先輩に声を掛けた。「先輩だいじょうぶですか?」
すると先輩は「痛った~、やばい右足首が痛いよ」と言ったまま動けないようだった。
お昼時のビジネス街の横断歩道は沢山の人達が往来しており、3~4人の人が心配そうに集まってきてお弁当の袋を拾ってくれたり、先輩を一緒に歩道まで移動するのを手伝ってくれた。
ひとまず、歩道に移動すると私は手伝ってくれた人にお礼を言った。
みんな忙しいのだろう、さっといなくなった。先輩は顔をしかめたまま足首をさすっていた。
2~3分すると先輩はゆっくりと、たちあがり歩き始めた。わたしは先輩のお弁当を持って後ろからついて歩いた。
「先輩、もう歩けるんですか?」と聞くと「うん、もう大丈夫、治った治った」と言って「お弁当持ってくれてありがと! スープもったいなかったな」と言って笑った。
私は何とも言えない違和感を感じていた。なんでだろう?
そうか、私だったらあの時、火事場のバカ力並みの精神力を出して、すっくと起き上がって歩いていただろう。おの大勢の人ごみの中で、人に心配をかけるわけにはいかないと思うはずだった。
だけど、先輩は数分後には笑って歩けるくらいの痛みを、少々大袈裟にさえ感じるほどあっさりと表現していた。でも、周りは親切に駈け寄ってくれたし、別に心配かけるなよと怒る人もいない。私は、なんで今まで痛いときに我慢してたんだろう?と逆に自分を不思議に思った。
その日の午後、私は開始時間の迫る会議に資料を届ける為、全速力で階段を下りていた。
そんな時は、大抵決まったように階段から落ちるものだ。例に漏れず私も階段から落ちた。
当たり前だが、床にぶつけた足が痛い。とっさに、誰か来たらどうしよう! 早く立たなきゃ! と思った。だが、昼間の先輩の事を、ふと思い出した。まあ、いっか少しくらい遅れても……。
しばらくそのままの体制で、痛みが引くまで足をさすった。すると、「大丈夫ですか?」と後ろから声がした。
「あっ、やばい心配かけちゃう」と思いつつ急いで立ち上がろうとした。手を貸してくれ、落ちた資料を拾ってくれたのは、密かにかっこいいなと思っていた先輩だった。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」とお礼を言うと、先輩は「派手に落っこちたね。痛かったら冷やした方がいいよ」と言って、かっこよく片手をあげて去っていった。
私はその後姿を見つめながら、なんだか今まで痛みを我慢して損してたかも、なんて不謹慎な事を思っていた。
会議の開始時間には間に合いそうになかった。でも、今の私は少々にらまれても笑顔で返せそうだった。
***
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