大丈夫を乗り越えて
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記事:赤羽かなえ(ライティング実践教室)
どうも調子がおかしい……。
身体の異変に気づいたのは、7年前の帰省中だった。
だるいし、何もやる気が起きなかった。実家にいるのにかこつけて、何もしないでぐうたらして……と母はチクチク嫌味を言ったけれど、私はそれどころではなかった。
この感覚、今までにも経験したことがある。それは分かっていたけど、検査で明らかになるのが怖かった。
でも、ご飯を炊く蒸気に吐き気を感じて観念した。
実家から戻って、産婦人科に駆け込んで、私は3回目の妊娠を知った。
「こんなに放置していたら、予定日がわからないじゃないか、産む気あるのか?!」
産婦人科の先生に怒られたけれど、妊娠という事実を知りたくなかったから、そう言われても仕方がなかった。帰りは重苦しい気持ちで帰宅した。
夫も私も2人兄弟だったし、我が家も既に男の子と女の子が1人ずついて、3人目を全く想定していなかった。しかも、その当時真ん中の子が幼稚園に入ってやっと自由に動けるようになった矢先だった。また、最初からやり直しか……と思った。
神様、私は何をやり残して振り出しに戻ったんでしょうか。
そんな風に恨めし気に思ったことも何度もあった。
けれど、夫は予想外に喜んでくれた。
「今まで、ずっと出張や付き合いばかりで忙しかったから、ようやく子育てに参加できる」
2人をワンオペで育ててきたようなものだったけど、その夫の言葉を信じることにした。
でも、子どもが生まれてからは思い通りにはいかなかった。
生まれた当初、夫は、なるべく早く帰るようにしてくれていた。けれど、母が手伝いに来てくれていて、普段手伝いをしていない夫は活躍できる場がなかった。
母が、夫に手伝ってほしいことを完璧にやってしまうので、彼は手持無沙汰になってしまった。暇だからと、また付き合いに出るようになってしまったのだ。
それは母が帰ってしまったあとも続いた。
母がいる時には本当に楽だった。子ども達のお弁当作りから、掃除、洗濯まで、主婦力の高い彼女はなんでもやってくれる。だから、母がいなくなってから私の地獄のような日々が始まった。朝は5時20分に起きてお弁当を作り、6時になったら朝食と授乳。時には、子どもが遅刻しそうになって送ってあげることもある。
戻ってきたら、赤ちゃんの世話をして、洗濯機を回して干して、できたら掃除。お腹は空くから授乳しながらご飯を食べて、束の間昼寝したら、子ども達が帰宅する。おやつを出して、夕飯作って、そうしたら夫が帰ってきてそこら辺でゴロゴロしている横で洗濯物を畳む。
子ども達は宿題はやらないわ、おもちゃで散らかすわ、段ボールや折り紙を切り散らかして捨てないわで、家はいつまでも片付かない……。
夫はその様子を見ても一向に気にならないようで、結局私が全て片付けることになる。
ヘロヘロになりながら、夕飯を食べている時に、
「あ、俺、来週、3回飲み会あるけど、大丈夫?」
と夫から言われた。つい反射的に、
「大丈夫」
そう答えてしまった。
なんであの時に、大丈夫って言ってしまったのだろう?
大丈夫じゃないっていう言葉は今使わなかったらいつ使えるのか? くらいのところまで切羽詰まっているのは自覚していた。それでも、私の口は重かった。大丈夫じゃないって言ったら、私出来損ないと思われるかもしれない。私は主婦だ。夫は私が多少家事をおろそかなのも文句を言う人じゃないから、こちらも寛大にしなきゃ。義理のお母さんにも、男の人は付き合いが大事だから仕方ないわよね、と言われた……。どうにか私の大丈夫という言葉が支えられるようにありったけの言葉で自分を励ました。
きっと、そのうち、私が大変なのを察してくれるはず……。
そう思っていた。
週が変わって、夫が出る、と言った日、彼は、今までと変わらずに午前様で帰ってきた。授乳で浅い眠りから覚めてトイレに行った時、時計は午前3時を指していたのを覚えている。
夫は機嫌よく帰ってきて、私は、それを見ただけでもう半分泣きそうな気持ちだった。
「わ、まだ起きてるの? 寝なくて大丈夫?」
彼はそう言ったんじゃないかと思う、それで、私を支えているものが全部崩れた。
何から言葉を出していいかわからず、興奮だけして、私は過呼吸状態になったようだ。その場で崩れた時に、夫はようやく異変に気付いたらしい。
「大丈夫なわけ、ないじゃん」
ボロボロに泣き崩れながら、ずっとそれだけを繰り返し続けて、夫はただおろおろするばかりだった。それからしばらくひたすら泣き続けた私は、
「私のことが何もわからないのなら、しばらく同じ部屋で寝てほしい」
と頼んだ。夫は、すぐにその月に入れた付き合いを全てキャンセルしてくれた。
数日で、私の昼も夜もほとんど寝られない生活に気づいたらしい。
「全然、寝てないじゃん……」
そう言われたとき、私はもう一度泣いた。
そこから2人で話し合った。
「俺は、察してあげることはできないけど、やってほしいことを言ってくれたらちゃんとやるから、遠慮なく言って。子どもが出来た時に嬉しくてなんでも手伝うって決めたから、ちゃんと言ってくれていいから」
私は、そこから大丈夫と我慢することを少しずつ手放していった。
7年経った今、その末っ子が小学1年生になり、あの時のことを懐かしくも切なく思い出す。でも、あの時にちゃんと話をしていなかったら、私はいまだに大丈夫と言って、夫に恨みつらみを溜め込んでいただろう。
不安だった3人子育てだったけれど、あの時に妊娠して本当に良かったと今なら言える。
大丈夫を乗り越えたからこそ、今がある。
***
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