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そめのすけのおそうしき


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記事:久保田めぐみ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
夜、家に帰ると、そめのすけが鳥かごの中に倒れていた。
「ああ、剥製みたいだ」
 悲しさよりも先に、悲惨な死に方ではなくてよかった、という思いが先に浮かんだ。
 胃が拡張してしまう病気になり、朝晩と投薬をしながらの3ヶ月だった。
「最期は、食べたものを吐き戻したり、血を吐いてしまったりします」
 獣医からはそんなふうに言われていた。だからなのか、もっともっと、苦しそうな亡骸を見ることになると思っていた。
 コザクラインコのそめのすけは、14年前に我が家にやってきた。
 雛の頃は、「日中留守にしている間に死んでいたらどうしよう」と、毎日考えていたが、そんな心配とは裏腹に、そめのすけはぐんぐん大きくなっていった。
「こんなに立派な体格のコザクラさん、珍しいですよ」
 立派だね、大きいね、と定期検診でよく褒められたが、太りすぎた我が子を褒められている気がして、なんだか気恥ずかしかった。
 黄みどり色の羽は、尾羽に向かって濃紺のグラデーションに溶けていく。オーストラリアン・シナモン・シーグリーンと呼ばれる色の種類だ。そめのすけを飼うようになってから、クッションや小物、部屋のありとあらゆるところに、羽と同じ黄みどり色が増えていった。
 
「そめちゃん、そめちゃん」
 呼んでも、しばらくは飛んでこない。こちらがあきらめて相手をしなくなった頃に飛んでくる。かごに戻る合図も覚えない。唯一できるのは、人間が言う「じっ」という鳴き真似だけ。想像していたのよりもはるかに、マイペースな鳥に育った。
 そめのすけを飼いはじめた20代後半から、飼い主の人生はずいぶんと紆余曲折を経た。転職もしたし、恋人とも別れたし、結婚も離婚も、進学もした。我ながら落ち着かないなと思いつつ、その人生の端っこにいつも、そめのすけがいた。
 仕事の拠点になった東京、名古屋、実家の静岡を含めると、鳥かごは3台になった。手提げ袋にそめのすけのキャリーを入れ、毎週末新幹線に乗った。いっそ、名前を「のぞみ」に改名しようと思ったくらい、何度も何度も一緒に乗車した。隣によく喋る外国人が座っていた時は、ピーピーとよく鳴いて困ったものだった。
 
 キャリーから出して、手に乗せたまま目の前でペットボトルのキャップに水を注ぐ。すると、すぐに小さなキャップに口をつけて、上を向いて飲み込むのを繰り返す。まさに「水飲み鳥」の動きである。私の母は、それを「駆けつけ一杯」と呼んだ。
 眠たいときに手を出すと、血が出るまで強い力で噛みつく。怒っているときは、目が三角に見えた。機嫌が良いと、頭をすり寄せて「なでて」とねだる。そういうときは、うっとりとした目をしていた。
「鳥って、こんな感じだっけ?」
 そめのすけと初め会う人には、よくこんな反応をされた。
感情が豊かな鳥だった。
 
 そんなそめのすけが、最期の日を迎えた。
 思ったよりも冷静に、動物専門の葬儀屋を探す自分がいた。ペットの葬儀業界は本当にピンキリで、一番手頃で、早く対応してくれる訪問業者を選んだ。
「紙のお棺は骨を汚してしまいます。花は周りに花弁を散らすくらいなら大丈夫です」
 火葬炉も、それを積んだ火葬車も見るのが初めてで、言われるがままに、そめのすけを石の台に寝かせた。ペットの移動火葬車について、色々と批判する記事も目にしていたが、担当した人はとても丁寧だった。
 同意書に、そめのすけの名前と年齢を記載して手渡すと、彼は深くお辞儀をして合掌をした。火葬前の説明は、人間の葬式で聞いたことがあるような口調だった。
「そめのすけちゃん、お疲れ様でした」
 もう一度、彼が合掌をしながらそう言った瞬間、不意に涙がこみ上げてきた。
 
 そうか、お疲れ様、なのか。
 そめのすけにとっては、精一杯生きた毎日だったのだ。
 
日曜日、鳥かごをガンガンと鳴らして、飼い主を起こしていたあの朝も。寒い日に飼い主の布団に潜り込んできたあの時も。かごに戻されたくなくて、全力で走って逃げていたあの昼下がりも。酔っ払って帰ってきた飼い主と一緒に、手の中で眠ってしまったあの夜も。
 幸せだったとか、そうでなかったとか、それは人間が決めること。そめのすけは、ただただ、与えられた人生(鳥生)を、ひたすら生きただけなのだ。その鳥生の端っこに、飼い主の私がいただけだった。
 そのけなげさに、その懸命さに、涙が止まらなかった。
 
 お骨は、とても綺麗な形で残っていた。
散骨用の器具に入れようとした時、マスクのような形のくちばしの骨が、ふわりと風で飛んだ。
マイペースで自由で、のびのびとした鳥だった。
 大さじ一杯分くらいになったお骨は、とある場所の桜の木の下に内緒で埋めることにした。桜が花開く頃には、誰もがカメラを向ける場所だ。写真を撮ろうとすると、いつもカメラ目線を向ける鳥だったから、ちょうど良い。
 桜の木の下に、えさをあげる時に使っていたスプーンで穴を掘る。すると、クリーム色をしたダンゴムシが慌てて逃げていった。
「お疲れ様でした」
 桜は、今年も見事に花を咲かせていた。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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