ジャンプ系もバトル系もあまり読んでこなかった私にとって『鬼滅の刃』の面白さはどこにあったのか?《週刊READING LIFE vol.108「面白いって、何?」》
2020/12/21/公開
記事:記事:東ゆか(READING LIFE編集部公認ライター)
今年は在宅での仕事を始めたことや、ご時世的なものもあって家で過ごす時間が格段に多かった。そうすると今や便利なもので、サブスクでアニメも映画もドラマもたくさん観ることができたし、夜が白むまで読書したりと、自宅でコンテンツに溺れることのできた1年だった。
そんな中で私が友人・知人と会ったり、電話で話す数少ない機会によく口にしていた言葉がこれだった。
「『鬼滅』とにかく面白いから! 観て! 絶対!」
『鬼滅』とは言うまでもなく『鬼滅の刃』のことである。2016年に『週刊少年ジャンプ』で連載が開始され、2019年4月〜9月にTVアニメが放映された。同年の『NHK紅白歌合戦』にはアニメーション主題歌を歌ったLiSAが紅白歌合戦に出場を果たすなど、おそらくアニメ・漫画好きな人たちからしたら2019年の段階でかなり注目された作品の一つだった。
そして2020年。外出自粛で、普段からそこまでアニメや漫画に耽溺していない人たちも、自宅でコンテンツを楽しむ時間が増え、人々の目に留まる機会が多くなった同作品は爆発的な人気を得た。
元々は『週刊少年ジャンプ』の連載で、アニメも深夜放送。小学校低学年の子達には届きづらい作品であったはずなのに、お家で配信を観る機会があるのか、小さな子どもたちも夢中になった。ママたちは、子供のために作った主人公・炭治郎と妹の禰豆子の着物の柄の手作りのマスクをインスタやFacebookにアップした。
そんな状況で迎えた10月。TVアニメの続編となり、本編でも重要なエピソードを描いた「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が公開された。
ご時世的に劇場で公開される映画作品が減ったこともあり、シネコンはいくつものシアターで時刻表並みのタイムスケジュールで同作を上映した。もともとの人気と相まって、興行収入は2001年公開の『千と千尋の神隠し』を上回る新たな記録に手が届きそうな勢いである。
そんな、今や大方の人が既に知っている『鬼滅の刃』の面白さだが、何がどう面白かったのか、私なりに分析してみたいと思う。
まず私はどんな人かというと、いわゆるジャンプ系コミックはそんなにきちんと読んでこなかった人間である。私の世代(85年生まれ)というと一番は冨樫義博の『HUNTER×HUNTER』が必読書だと思うのだが、読んでこなかった。少し遡ると『封神演義』や『るろうに剣心』も世代である。この2作に関しては読んだ。しかし物語が完結する前に途中で読むのに満足してしまう癖があったので『封神演義』の方は結末を知らないし、『るろうに剣心』は京都編が自分の中の最頂点だったので、ラストエピソードの『人誅(縁)編』は読んでいないという中途半端な読者である。
要するにジャンプ系、ひいてはバトル系漫画についての教養が低めな読者だということを、まずことわっておきたい。
その上で『鬼滅の刃』がなぜこんなに、日頃からアニメ・漫画をそこまで熱心に観ない人々の心にも刺さったのか、大人から子供までの全年齢層が夢中になったのかを、自分の中で整理したいと思う。
以下、最終巻のほのかなネタバレを含むためご注意を。
1、没入感を生む分かりやすい設定だった
物語のあらすじに書かれている数行の奇妙奇天烈・摩訶不思議な設定を読んで「何それ! 面白そう! 観てみよう! 読んでみよう!」と思える「難解な設定を楽しむ作品」というものが確かに存在する。しかし時として、設定が複雑過ぎたり入り組んでいると、ついていけなくなることももちろんある。
『鬼滅の刃』のテーマは「鬼退治」の物語であり、これは私達が幼少期から親しみのある題材のため、すんなりと入っていきやすい。
また、鬼を倒すために鬼殺隊の剣士たちが繰り出す「技」に関しても分かりやすい。バトル系漫画の中で見せ場となるのは、言わずもがな戦闘シーンだ。色々な超能力が発揮されればされるほど面白い…‥というのは分かるし、その通りだと思うのだが、バトル系漫画偏差値が高くない人(私)にとっては、それが複雑であればあるほど、目の前のバトルを楽しむというよりは、設定を理解することに労力が費やされてしまうことがある。せっかく熱中して読んでいたのに、素に戻ってしまって「なんかよく分からんけど強いんだ」ぐらいの感想に終止しかねない。
ところがそれが『鬼滅の刃』に関して言うと、とてもシンプルなのだ。鬼殺隊の剣士たちは「呼吸」という技術を剣術に上乗せし鬼を倒す。「『呼吸』ってなんぞや」と思えなくもないが、分かりやすさポイントは「呼吸」に関して全くと言っていいほど解説がされないことだ。
解説をされると理解しようと一生懸命になってしまうものだが、解説されないものについては深く突っ込むことができないし、理解しようと躍起になる必要もない。読者はただただ安心して、呼吸から繰り出される技に見入っていられるのである。
そして鬼を倒す条件も単純明快だ。条件は二つある。一つは特殊な鉱石「猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)」と「猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)」(こちらも「太陽から一番近いところで採掘した石という説明以外、一切が謎である)から作られた日輪刀を使って鬼の首を切ることである。この分かりやすい条件のもと、読者は鬼殺隊員たちが鬼の首を狙って刀を振るえているのかを夢中になって観ることができる。これが戦闘シーンで読者を引きつける一つの要因となっている。
もう一つの鬼を倒す条件は、鬼を太陽の光に当てることだ。最終決戦となる「無惨戦」ではこれが重要条件となり、夜明けまでの時間がカウントダウンされる。こちらも雑念を入れずに、純粋に炭治郎たちの戦いを応援できる一つの要素になっている。
「面白さ」というものを噛み砕くと「没入感」という状態が一つのキーワードになるはずだ。どれだけ登場人物たちに感情移入できるかが面白さの鍵となる。『鬼滅の刃』は複雑な設定を付けない、あえて語らないという手法があったからこそ、読者の没入感を引き出し夢中にさせたのではないだろうか。そして、複雑な設定や解説を付けなくても物語が破綻しなかったというのもポイントだ。
2、「ここテストに出ます!」ばりの大きな伏線が、読み進めることを楽しみにさせた。
「伏線の回収」というのは物語を楽しむ上での重要な要素である。しかし私は伏線に気が付くのが得意ではないし(漫画の場合は特に)、それが回収されたことに気が付かないこともある(2回言うけど漫画の場合は特に)。しかし『鬼滅の刃』の伏線の張り方はとても親切だった。「ここテストに出すからね!」と学校の先生が赤色のチョークで黒板をぐりぐりするぐらいに親切だった。
特に印象的だったのが、炭治郎が鬼殺隊の最高位である「柱」と呼ばれる剣士たちの前に引きずり出された「柱合会議」のシーンである。炭治郎が鬼の禰豆子を連れ歩いていることが隊律違反に当たるということで、柱と鬼殺隊の最高管理者であるお館様による裁判を受けることになったのだ。柱の存在も、どんな人物がいるのかもこのシーンが初出となる。
柱のメンツはそれぞれ個性が際立ちすぎていたため、一瞬面食らった方も多いのではないのだろうか。
しかしこの「個性が際立ちすぎている」というところが大事な伏線となっているのだ。伏線とは伏線と気が付かずに張られていることもある。回収されたときに、目ざといファンが「そういえば◯巻でこんなこと言ってた! これが回収されたのかー!」と発見し、ネット上で大騒ぎになることも多い。それはそれで楽しいのだが。やはり自分で気がつくことができれば楽しいし「これはもしや伏線なのでは?」と先のストーリーを楽しみに読むことができればもっと楽しい。
どこを見ているのか分からない目つきで、裁判の必要性を否定し、炭治郎と鬼の禰豆子を処刑することを提案する炎柱・煉獄杏寿郎。
他の柱の一挙手一投足にキュンキュンの止まらない恋柱・甘露寺蜜璃。
鬼の存在を全身全霊で否定する風柱・不死川実弥。
数珠を手に持ち、一番話せば分かってくれそうな風貌なのに「早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう」とまで言い放つ岩柱・悲鳴嶼行冥。
「我関せず」と言った態度なのに、お館様の発言を遮ることを絶対に許さない霞柱・時透無一郎。
疑り深そうでなぜか蛇を連れている蛇柱・伊黒小芭内。
派手にこだわる音柱・宇髄天元。
前編の「那田蜘蛛山編」から鬼に対して冷酷なのか優しいのか、いまいち掴めない蟲柱・胡蝶しのぶ。
なぜかみんなの輪に入ろうとしない水柱・冨岡義勇。
ここまで個性が強く「どうして?」と思わせられることで「この人達の人物設定はきっと面白いんだろうな」とこの先の登場回を絶対に見逃したくないという思いに駆られる。人物設定を色濃く反映させた一挙手一投足が「ここ回収されますからね!」と、読者に対してはっきりとした赤色のチョークで示されているのだ。
また、印象的な台詞を示し、それを丁寧に回収していくことも本作の全編にわたって繰り返されていたことである。
柱合会議のシーンで回収されたのは、第1話の印象的なあの台詞だった。まずは回収の件となった、会議中に読まれる炭治郎と冨岡義勇の育手(師匠)である鱗滝左近次からの手紙をご紹介しよう。
「——もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は 竈門炭治郎及び 鱗滝左近次 冨岡義勇が 腹を切って お詫び致します」
ここは第1話の、ひいては作品全体を通して印象的な台詞の一つでもある冨岡義勇の台詞「生殺与奪の権を 他人に握らせるな」の回収になっているのである。
第1話で突然出てきた聞き慣れない四文字熟語にびっくりした読者も多いことだろう。これは冨岡義勇が、這いつくばって頭を垂れながら命乞いをした炭治郎に向かって言い放った台詞だ。鬼と戦って生きることへの厳しさを問いた言葉でもあり、鬼に家族を殺され、妹の禰豆子が鬼化したまだ非力だったころの炭治郎に言うには酷すぎる言葉である。
しかし「もし禰豆子が人を襲えば自分たちも腹を切る」というのは、「生殺与奪の権」を完全に他人に託していることになる。それぐらいに炭治郎と禰豆子を信じる気持ちの表れであり、それが第1話の超印象的な台詞に対するアンサーによって示されているのだ。
このように、後々になって回収なりアンサーがあるという台詞について「ここ後で回収されますからね!」と印象的に示してくれることも、本作の面白さの一つだったと思う。
3、最終巻を読み終えて更に壮大なテーマに気付かされた
「鬼退治」という馴染みのあるテーマだった『鬼滅の刃』だが、最終巻・最終話の描き下ろしのページで、本作の持つもっと壮大なテーマが顕になった。それは「生きて命を繋ぐ」というテーマだ。
描き下ろしページの内容はメインキャラクターたちのモノローグになっている。最後まで生き残ったキャラクターと、戦いの中で命を落としたキャラクターたちが優しい表情で登場し、それぞれが「こうして生きてこられて良かった。だからあなたたちにも生きてほしい」という台詞が綴られている。一人ひとりの言葉が本当に素敵なので、まだ読んでいない方は是非読んでいただきたい。
最初に示された強烈な人物描写が作中で回収されるごとに、読者の思い入れが増して仕方なかったキャラクターたちだったが、残念ながら命を落としてしまう者もいた。その死がいくら鬼殺隊として入隊した彼らの本望であったとしても、思い入れがある(「いわゆる推せる」)キャラクターの死は切なく、何度読み返してもその都度胸がギュッと締め付けられるものだった。かつ作中で、彼らが生き続けることを望んでいたキャラクターのことも描かれているため、切なさは増幅する。
描き下ろしのモノローグは「それでも僕たちは生きていて幸せだった」ということがキャラクター自身の口からはっきりと語られていた。それはこれまで、戦いと共に命が失われるごとに涙を流してきた読者を安心させるものだった。「その言葉を聞くことができて救われた」と私はまた涙を流したのだった。
そしてこれらのモノローグは、退治された側の鬼の始祖・鬼舞辻無惨への大きなアンチテーゼとなっている。無惨は元は病弱な人間だったが、「死にたくない」という強すぎる生命への執着心から鬼になった。作中でも最後までその執着を持ち続けており、その執着心が強さの秘密となっている。
モノローグで語られた言葉は、ただ生きることだけが素晴らしいのではないということだ。どう生きるのか、そして何を他人に託すのか。生命とは、繋いでこそ喜ばしいことなのだということこそが、幸せなのだということを示している。
ここまで分かりやすいストーリーと、大きな伏線をていねいに回収しながら、物語を進めてきた『鬼滅の刃』だったが、最後に「人として生きるとは?」というもっと壮大なテーマがあったことに気付かされたのだった。思いがけず大きな多幸感に包まれて、この作品と出会うことができて本当に良かったと思った。
以上が私が自分自身に問うた「『鬼滅の刃』はなぜ面白いのか?」ということだ。まとめてしまうと、没入感を生み出す分かりやすい設定。先を読み進めたくなる分かりやすい伏線。そして物語全体を読み込んだときに壮大なテーマが現れたということだろうか。
「『鬼滅の刃』が面白い!」ということから、なぜ面白いのか、面白いとは何なのか、ということを考えさせられた2020年だった。もちろんこのポイントに当てはまらない面白いコンテンツや物事はたくさんあるだろう。これからも面白いものと出会ったら、なぜ面白いのかを考えることで、面白みというのがドンドン倍増されるのではないか。そんなコンテンツに対する新たな目線も与えてくれた『鬼滅の刃』はやっぱり面白かったのだった。
□ライターズプロフィール
東ゆか(READING LIFE編集部公認ライター)
湘南生まれの長野育ち。音楽大学を声楽専攻で卒業。フランスが大好き。書店アルバイト、美術館の受付、保育園の先生、ネットワークビジネスのカスタマーサポート、スタートアップ企業OL等を経て、現在はフリーライターと編集者見習い。
天狼院書店にて『新江ノ島水族館、水槽の向こう側』を連載中
http://tenro-in.com/category/enosui-over-side
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