週刊READING LIFE vol.143

私が自分自身の存在を確かめる方法《週刊READING LIFE Vol.143 もしも世界から「文章」がなくなったとしたら》


2021/09/13/公開
記事:武田かおる(READING LIFE 編集部 公認ライター)
 
 
あなたは「自分とは何者なのか」「自分の存在は何なのか」という問について考えたことはありますか?
 
私は物心ついた頃からこの問を考え続けていました。
おそらく今思えば、私が幼稚園の時、前日まで元気だった祖母が急死したことがきっかけだったと思います。当時祖母はまだ50代で、私の母が働いていたこともあり、同居していた祖母が家事を切り盛りし私を育ててくれていました。亡くなる前日もいつもと同じように、祖母は台所に立って晩ごはんの支度をしていました。
 
同じ頃、玄関先にござをひろげて寝転んで空を眺めていたときに、さっきまであった雲の形が変わったときに驚きました。そこにあった大きな雲は形を変え、次の瞬間になくなっていたのです。当時雲はずっと同じ形で同じ場所にあるものだと思い込んでいて、形を変えたりなくなることを知らなかった私は衝撃を受け、と同時に自分も祖母のようにいつかは消えてなくなってしまうのだということを再確認し、寂しい気持ちになり心臓が激しく鼓動したことを今でも覚えています。
 
人の命は余りにも儚くて、亡くなってしまった後は何も残らない。人の幼児期は守られた存在であり、これから多くの人と出会っていろいろな経験をする希望の塊とも言える時期から、こんなふうに私は自分の存在が空虚なもに思えてなりませんでした。にもかかわらず、なぜ生まれてきたのか、何のために生きているのか、折りに触れ答えのない問を考え続けていました。
 
大人になり、哲学の本を読んだこともあります。でも小難しいばかりで、理解力が乏しい私を納得させる答えを見つけることはできませんでした。
 
周りの友人たちは人生を謳歌しているように見えて、私が問い続けているようなことを考えたりしているのか気になりましたが、暗い話題になってしまいそうで、あえてこのことについて知人に話すことはありませんでした。

 

 

 

その後、社会人になり結婚し、ヨーガのインストラクターの資格を取り講師として教えるようになりました。生徒さんを募集するために広告を作成したり、ブログやSNSで発信する機会が増えましたが、自分の思うことを文字にすることの難しさを痛感しました。
 
特に私は12年前にアメリカに移住したため、日本に住んでいたころよりも日本語の文章を書く機会が激減しました。かといって、英語で自分自身を100%表現できるわけではありません。英語も十分ではないのに、母国語である日本語で自分の考えを文章に表すことができなくなっていることに焦りを感じました。母国語が危うくなっていることで、日本人であるというアイデンティティまで失ってしまいそうな気持ちになり不安になりました。
 
このまま、日本語も英語も中途半端で、歳を重ねるごとにもっと言葉も忘れていったとしたら、自分自身をどうやって表現すればいいのか……。
 
焦りが募る中、今から2年前、フェイスブックの広告で天狼院書店のライティング・ゼミのことを知りました。それは講義を受け、毎週課題である記事を提出するという内容でした。課題提出は任意ですが、記事についてフィードバックをいただけて、自分の文章の改善点がわかるので毎週記事を提出し続けました。
 
記事が合格した日もあるし、不合格の週のときもありましたが、思いを言葉にする訓練を続けました。
 
そして、編集の方から合格をいただいた記事を個人のSNSなどで発信しましたところ、記事の内容に共感してくださる方や、「気づきをいただいた」とおっしゃってくださる方も出てきました。自分の経験や思考など正直誰も興味がないだろうと思っていましたが、心の中を文章で形にすることで、人々から感想をいただけることは、自分の存在を再確認する手段になるということに気が付きました。
 
また、祖母に続いて、数年後に父方の祖父がなくなり、その数年後母方の祖母、そして私の父が亡くなりました。その度に故人がどういう思いで生きていたのか、どんな生涯を送ってきたのかもっと聞いておけばよかったと後悔しました。
 
戦争中を生き延びた明治や大正生まれの祖父母のことももちろん知りたいですが、私自身が出産して親になり、親の気持ちが分かるようになった今、戦争を経験し、貧しい家庭の中で育ち、家計を支えるために働き詰めに働いていた父は何を思っていたのか、また、子供である私や弟に対してどういう思いがあったのか。父は血管の手術後、大量出血で急死したので、その時父が何を思っていたのか知りたいと思うようになったのです。
 
ライティング・ゼミで文章を書くということを学び、完璧ではなくても祖母や祖父、父のことを文章として残しておけたらよかったと強く思いましたが、亡くなった今ではそれは叶いません。
 
その後悔は私の中に残りました。なぜなら、私の祖父母も父も母もいずれが欠けても私が存在しなかったことになります。彼らのことを知り、書き残しておくことが、私の存在を確認することの一つにつながることだと気がついたからです。
 
自分も50歳になり、祖母が亡くなった年に近づき、死について以前よりより意識するようになりました。
 
50歳の今の私が何を考えていたのか、私がそうであるように、子どもたちが私の思いに興味を持つことがあるかどうかはわかりませんが、万が一私のことを知りたいと思った時に、私の記事があれば少しでもなにかの役に立つかもしれないと思って今できる限り自分の思いを文章に残しています。

 

 

 

文章を書くことが自分の存在を形にすることだという事に気が付き、引き続き私はライティング・ゼミの上級コースで学び、天狼院書店のReading Lifeの公認ライターになりました。
 
文章とは、自分が見たことや身の回りに起こった出来事、自分の感情を文字という手段を使って表現することです。同じ事件や史実でも異なる文献が見られるように、一つの文章で真実を100%伝えることは不可能です。
 
また、文章を書くようにになり、「言葉には表すことができない」ものや、
「感情」という言葉を超えたものが実際に存在していることを再認識し、それをライターは文章という手段でなんとか表現しようと日々努力しているという事に改めて気が付きました。
 
このように、文章を書くという行為はもともと不完全なものとわかりながらも、私は言葉を選んで、自分の中の真実をできるだけそのまま再現するために努力しながら書き続けています。
 
そして、私の文章を読み、周りの人が何かを感じてくれたなら、私の存在がその人の中で形となっていく気がします。また読者の感想を聞くことができたら、それは私自身を形付ける一つになると思います。
 
文章がそうであるように、私自身も言うまでもなく不完全なものであるということが文章を書くことで浮き彫りになってきます。
 
もし、あのとき、天狼院書店のライティング・ゼミに出会ってなかったら……。自分が誰であるのかの問い以前に、日本語の文章が書けなくなって、そして年を重ねてどんどん日本語自体も忘れ、日本人であることさえもあやふやになっていたでしょう。
 
今でも恥ずかしいことですが、書いているとわからなくなって筆が止まってしまうこともよくあります。それは、やはり書く文章の量が足りないからだと思います。
 
ちょうど、子供が歩きはじめに転びながらも諦めずに歩くことに挑戦している状態に似ているかもしれません。子供が繰り返し歩くことに挑戦し続けることで、自然になんの努力もなく歩けるようになっているように、きっともっともっと繰り返し文章を書くことで、より思いを早く自然にわかりやすく文章にできるようになるのではないかなと思っています。
 
人が寝たきりになると、いろいろな器官が衰えると言われていますが、同様に、今文章を書くことをやめると、私自身の存在もぼやけて不確かになっていくような気がしてなりません。
 
だから私は死ぬまで文章を書き続けていきたいと思っています。
いつ消えてしまってもおかしくない私の存在を、少しでも形付けていくために。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE 編集部 公認ライター)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語をキープするために2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得。

WEB READING LIFEにて、「国際結婚ギャップ解消サバイバル」連載中。
http://tenro-in.com/international-marriage-gap/153851

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2021-09-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.143

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