READING LIFE

パートナーと別れたくなったら、1ヶ月だけ待ってほしい。「人生を変える」雑誌『READING LIFE』予約受付開始!《2017年6月17日(土)発売/東京・福岡・京都店舗予約・通販申し込みページ》


記事:高橋和之

「だから、健人はそんなつまらない彼女と別れて私と付き合えばいいのよ」
「あはは、どうしようかな」

女友達の里美とBarで飲んでいる。
大学のサークルからの古い友人だ。
昔話をしていたら、ふと僕の彼女の話になった。
彼女の未来(みき)と付き合い始めて1年、このところ関係は良くなかった。
マンネリに陥ってるかと思い、新しいデートコースやレストランなどに連れて行ってみたが、あまりよい反応がない。どうやら仕事がうまくいってないせいで、プライベートも面白くないと思っているようだった。
僕なりに励ましてはいるのだが、効果は出ていなかった。

「仕事で落ち込んでいるとはいえ、それを引きずって健人と関係が悪いのはおかしいよ。ずいぶん冷めた関係よね。離婚前の夫婦みたい」
「うーん、このままだとうまくいく自信がないなぁ、楽しくないんだよね」
「じゃあ、私と付き合おうよ。毎日楽しいよ。それに、いろいろと相手のことを考えている素敵な健人に塩対応をする彼女はひどいよ」
「ありがとう、慰めてくれて嬉しいよ」
「本気なんだけど」
「ははは」
里美も人を慰めるのがうまいな、僕がモテるということでフォローしてくれてるのだろう。
別れることも視野に入れるとしてもいきなりはどうだろう、もう少しだけ様子見をしよう。
「もう1ヶ月、何の変化もなかったら本当に別れるよ」
「今すぐでいいじゃん。でもまぁいいよ、1ヶ月後にここでまた飲みましょう、楽しみ!」
そう言って、里美はグラスに入っているウイスキーを飲みほした。
カラン、と氷の音が響き、グラスの中は透明になった。
里美の顔は真っ赤だった。
「慰めるのうまいよね、ありがとう」
酔っぱらった里美に礼を言いつつ、Barを出ることにした。
里美はそのまま飲み続けるとのことだったので、またね、と挨拶をしてBarを出た。

「さて、まずは来週のデートかな、どこに行こうか」
のんびり息抜きできる場所に行ってみようか。

 

1週間後、未来とのデートの日。
昼から日暮里駅で待ち合わせることにした。
目的地は谷根千。
谷根千とは、谷中、根津、千駄木、のそれぞれの頭文字をとった略称である。
日暮里駅から南側のエリアに存在するこのエリアは、のんびりデートをするには最適の場所だ。

「健人、お待たせ。待った?」
未来が声をかけてきた、心なしかいつもより表情が明るい。
「大丈夫だよ。日暮里の駅迷わなかった?」
「少しだけ。結構広い駅だね、初めて来たよ」
いつものように可愛らしい服装で現れた未来だが、よく見ると首に黒いものをぶら下げていた。
「どうしたのそれ?」
「それ? あ、カメラのことかな?」
「そうそう、買ったの?」
「うん、思い切って買ったの。」

未来はカメラを始めたようだ。
どうやらソニー製らしい。
「どうしてカメラを始めようと思ったの?」
「うーん、ナイショ」
未来は嬉しそうな顔をしていた。
「なんかね、このエリア。猫さんがいるらしいの。ほら、私猫好きでしょ。可愛い猫さん撮れたらいいなって」
取り繕うように、猫好きをアピールしてきた。
「なるほど、出会えるといいね」
他にも理由がありそうだが、深くは聞かないでおこう。
それに、今日は機嫌がよさそうだから、水を差す必要もない。
「じゃあ行こうか、駅から南側にある、やなか銀座に行くよ」
「うん」
「やなか銀座の入り口のすぐ近くにかき氷屋があるよ」
「本当に、行こう行こう!」

「いらっしゃいませー!」
かき氷屋の店内へ入ると、威勢のよい声が聞こえる。
メニューを見ると意外と豊富だった。
イチゴ、パイナップル、桜やパンプキンなんてものまである。
かき氷は一つ900円、結構いいお値段だ。
店員が注文を取りに来たので、僕はパンプキンを、未来はイチゴミルクを頼んだ。

店の奥では別の店員が、機械を使って山盛りのかき氷を作っている。
器の上には、いまにもこぼれ落ちそうなくらいの山盛りのかき氷が乗っている。
山盛りのかき氷の上に、大量のシロップがかけられた。
威勢のよい掛け声といい、かき氷の作り方といい豪快である。
かき氷を作る様子を、未来は夢中になって撮影している。
撮影許可はさっき取ったらしい。

「お待たせしましたー!」
威勢のよい掛け声と、ドンッと置かれる器の音が響く。
豪快に置かれたせいか、かき氷が器から2割くらい崩壊した、軽く泣きそうだ。
「豪快にもほどがあるよね」
「そうね、それも撮影させて」
「どうぞ。僕もスマホで撮影するよ」

二人で写真撮影に夢中になっていたが、溶ける前に食べることにした。
僕はパンプキンのクリームがかかったかき氷をスプーンですくう。
「美味しい!」
氷の爽やかさと、パンプキンの濃厚な味わいが非常にマッチしていた。
パンプキンの甘さが程よかったのだ。
「こっちも美味しいよ、食べてみて」
お互いの器を交換する。
「美味しい!!」
イチゴミルクもパンプキンもどちらも味付けが全く違うが美味しかった。
器を元に戻した後は、二人とも会話もせずに夢中になって食べていた。

「美味しかったね」
「そうだな、あっという間だったな。余韻に浸りたいけどそろそろ行こうか」
「うん」
「「ごちそうさまでした」」
二人の声が重なる。
「ありがとうございましたー!」
最後まで威勢のよい声に見送られ、店を出た。

「わ、すごい行列」
店を出ると外には大行列が、40人は並んでいそうだった。
「タイミングよかったみたいだね」
「えへへ、ツイてるツイてる」
嬉しそうに先を歩く未来。

やなか銀座へ戻る、休日なせいか、細い通りは結構混んでいた。
未来の手をつなごうと、右手をつかんだら
「シャッター押せないから、左手がいい」
「うん」
ちょっとだけ切なくなった。
「私と仕事、どっちが大事なの」
と言いたくなる主婦の気持ちが分かった気がした。

未来の左側に移動して手をつなぐ。
未来はカメラに夢中でファインダー越しに、やなか銀座を覗いている。
うまく誘導しないと未来が人とぶつかりそうだ。
僕の右手はゲームのコントローラーのようになっていた。
しょうがないなぁ、と思いながらまんざらでもないのでニヤニヤと未来を見ていたら

「チャーンス!」

彼女は笑いながら僕に向けてシャッターを切り始めた。
「わっ、いきなり何するの?」
「ビックリしたかな、不意の表情を撮ってみたかったの。でも、いい絵が撮れたよー」
彼女はカメラの画面を僕に向けてくる。
そこには僕が見たことがない僕の笑顔の写真が写っていた。
「へー、こんな笑顔もするんだね」
「自分の知らない一面が見られてよかったでしょう、感謝してよね」
「はいはい、ありがとね」
「えへへ」
未来はとても楽しそうだ。
今日はいつもと違ってよく笑う。
なんというか、纏っていた暗さ、面白くないオーラが消えた気がする。
それにしても、なぜ未来はカメラを始めたのだろう。
ナイショなのが気になる。

その後、やなか銀座を抜け、根津神社へ。
一緒にお参りをして、新緑と鳥居が連なる小径を楽しんだ。
そして、散歩がてら通りすがりのカフェに寄った。
カフェの中には猫店員がいて接客してくれた。
接客といっても、ただ店内を歩いているだけだが。
未来が猫とカメラに夢中になっていた。
僕との会話はない。

「僕とカメラと猫、どれが一番大事なの」
と言いそうになったがやめた。
絶対に3番目だろうから。
楽しそうだからいい、ちょっと切ないのは気のせいに違いない。

猫店員に見送られながらカフェを出て、そのまま上野方面へ散歩をする。
未来はその間もずっとカメラを右手から離さなかったから、よほどカメラを気に入ったのだろう。
良い趣味を見つけてよかったね、心の中で祝福した。

上野駅へ到着したころには、日も暮れていた。
「今日はありがとう、とっても楽しかったよ」
未来は輝くような笑顔でお礼を言った。
「こちらこそ、とても楽しかったよ」
「またね、次はいつ会える?」
「来週か再来週かな、またメールするよ」
久しぶりな気がする、デートって楽しいなって思ったのは。
次に未来と会うのが待ち遠しくなった。

結局、2週間後に僕の家に泊まりに来ることになった。
お互いに仕事が忙しく日程が合わなかったからだ。
会えなくて残念だな、と思ったのが結構久しぶりだったことに気づいた。

 

 
 
2週間後、未来が家に遊びに来る日になった。

「ただいまー」
「おかえりなさい」
お邪魔します、でないのがちょっと嬉しい。

どうやら、今日もいい笑顔だ。
そして、カメラはやっぱりぶら下げていた。
心なしか、前よりもレンズが大きくなったような気になって質問してみた。
「ねぇ、レンズが大きくなってない?」
「今成長期だからしょうがないよ」
部屋に上がりながら答える未来。
レンズが成長することを初めて知った。

「未来、いくら使ったの? 正直に話しなさい」
「被害額はナイショです」
口元に左手の人差し指を当てて、笑顔でこっちを見つめる。
完全にごまかすときの笑顔だった。
何で被害額なのか、あとで問い詰めよう。

「まぁとにかく、リビングにおいでよ。なんか飲むかい? お茶もアルコールもあるよ」
「ありがとう、とりあえずビール。でも、その前にシャワー浴びたい。暑くて汗かいちゃった」
「わかった、バスタオル用意するよ」
「ありがと」
未来はバッグを開けて、ごそごそと大き目のカバンをいじり、お風呂用の道具を取り出した。
「お風呂、お風呂~♪」
バスタオルを受け取って、ご機嫌なままシャワーを浴びに行った。
「仕事の問題が解決したのかな」
そんなことを思いながら、台所へ行き、ビールとつまみの準備をする。
準備を終えてリビングに戻ると、テーブルの周りに未来のカバンの中身が散らかっているのが見えた。
見なかったことにしておこうと思ったが、よく見ると裏向きに置いてある雑誌があった。
付箋が貼ってあるのが気になる。
「うーん、勝手に見ると怒られそうだけど……」

ちょっとだけね。

手に雑誌を取り、付箋の貼ってあるページを少し覗き込んだ。

「何々、おっぱいは最強の……」
「ちょっと、何見てるのよ」

おっぱいは最強の、何!?
何この気になるフレーズ!

続きがとても気になったが、僕を睨んでいる人と対峙しないといけなかった。
「ちょっと、人の雑誌を何勝手に見てるのよ」
未来がバスタオルを巻いて風呂から上がってきていた。
長い髪の毛は濡れたままである。
「は、早かったね」
「雑誌、返して」
慌てて雑誌をつかみ取ろうとこちらに向かってくる。
「何の雑誌なの、これ?」
「いいから返して!!」
雑誌を奪い取られる、いや未来の物だけど。

激しく動いたせいか、未来のバスタオルがはだけていた。
「最強のものが見えてるからバスタオル直したら」
「えっ! もうっ」
照れながら慌ててバスタオルを巻き直す。

 

 

「全く、全く、全く。人の物を見るなって教わらなかったの」
未来は怒っているというよりは拗ねているようだった。
「ごめんごめん、付箋が気になってね。何の雑誌なの?」
「ふーんだ、ナイショ」
「えーっ、いいじゃん。ケチ」
未来が笑顔で僕の左手をつかんだ。
「あっ、痛い痛い、悪かった悪かった」
思いっきりつねられた。

バスタオル姿のまま、未来はドライヤーを持ってきた。
「髪の毛乾かすの手伝って」
「うん、いいよ」
未来は後ろを向く。
僕は、長い髪にドライヤーの熱風を当てながら、こりずに質問をしてみた。
「さっきの雑誌はカメラの雑誌?」
「違うよ、少し載っているだけ」
「おっぱいは最強の何なの?」
「ナイショ、今日は覗き見した罰として雑誌のことはナイショにします」
「うー。じゃあ、最近明るくなったことは?」
「うーん、こっちもナイショ」
「これもナイショなの」
「冗談よ、ちょっと言うのが恥ずかしいだけ」
沈黙が続き、ドライヤーの音だけが鳴り続ける。
言うのをためらっているようだ。

未来はやっと口を開いた。
「ここ最近、前から話していたけど、仕事がうまくいってないんだよね。そのせいで落ち込みやすくなっていて。健人とのデートでもあまり元気がない時があったでしょう。それで、なおさら健人にも申し訳ないなって、自己嫌悪になっちゃって」
少し頭をうなだれた。
表情は分からない。
「いろいろデートコースを考えて、楽しませようとしてくれていたよね」
「いいよ、僕がやりたかったことだから」
「ありがとう」
「痛いよ、離して」
感謝されたのに、なぜか左手はつねられた。

「それで、なんとかしないといけないって思って、いろいろ視野を広げてみたの。健人に振られる前に」
ドキッとして、ドライヤーを思わず止めてしまった。
里美と話したことは知る由もないだろうが、心を見透かされたような気がしたからだ。

「それで、さっき覗き見された雑誌を偶然見つけて、読んだら新しいことをしてみたいなって気持ちになったの。カメラを始めたのもこれの影響。こんなにハマるとは思わなかったけどね」
未来は笑っていた、少し恥ずかしさもあったのだろう。
「そっか、カメラを始めたのはそういうことだったんだね。カメラで撮影している未来はとても楽しそうだったよ。カメラに嫉妬する日が来るとは思わなかったけど」
「あはは、ごめんね。ついつい夢中になってね」
髪はまだ乾いていないけど、ドライヤーは止めたまま。
「仕事の調子は相変わらずよくなってないけど、カメラを始めて見方が変わったんだ」
「見方?」
「そう、例えばね、今の健人を上から撮るのと、横から撮るのとでは、写真が全然変わるよね」
「そうだね、全然違う」
「仕事の悩みもね、いろいろな見方で見直してみたの。そうしたら、現状は変わってないけども、前向きに考えられるようになって。落ち込んでるのがばからしくなっちゃったの。今は仕事もとても楽しいよ」
未来は満面の笑みを僕に向けてくれた、うーん、可愛い。
「よかったね、カメラを始めて」
ドライヤーを付け直して髪を乾かし始めたら、未来は僕にもたれかかってきた。
「うん。本当によかった。色々ごめんね。あと、見守っていてくれてありがとう」
「うん」
未来が元気になった喜びと、ちょっとの罪悪感と、少し複雑な気持ちになる。
でも、もう迷う必要はないな。

まだ髪はまだ乾いていないけど、未来は腕に絡んで甘えてきた。
そんなに大きくはないが、最強のものの感触が腕に当たって心地よい。
「というわけで、今日は色々と新しいことを試してみましょうか」
「えっと、何の話?」
頭の中を煩悩が支配していたがとぼけることにした。
「ナンでしょうねー」
未来はニヤニヤしている。

本当に変わった、というか未来は前よりも明るくなった。
雑誌には、感謝よりも嫉妬の気持ちが心を支配していた。
僕ができなかったことをしてくれたのだから。

幸せな夜を過ごした翌朝、未来が帰った後に、里美に対してメールを打った。

「1ヶ月経ったね。どう、別れて私と付き合う気になったかな?」
Barで合流し、乾杯するや否や、いきなり質問をしてきた。
「結局、付き合い続けることにしたよ。なんかここ最近急に変わってね。以前よりも魅力的になった気がする」
「えっ! 明らかに別れる直前だったじゃない。なにかあったの?」
「よくわからないけど、いい出会いをしたみたい」
「何それ? 別れないの? せっかく健人と付き合って、幸せな人生を歩む計画を立ててたのに」
里美がグラスに入ったウイスキーを一気に飲み干す。
「あーあ、そんな雑誌、世の中になければよかったのに」
「ははは、里美ならすぐにいい男見つかるよ」
「振った人間が言わないでよ。絶対別れると思ったのに。今日はもう帰る。幸せなんだから、ここはおごりでよろしく」
会って間もないのに里美は席を立った。
「そうそう、気が変わって別れたら連絡頂戴ね。じゃあね」
里美が店を去った。

一人でカウンターに座り、この1ヶ月を振り返った。
人の未来(みらい)を変えるものは、ちょっとした出会いなのだろう。
それは人かもしれないし、旅先の風景かもしれない。
今回はたまたま雑誌だった。
そして、人が変わると、周りの人間にも影響は出る。
現に未来が変わって、僕も未来をより愛おしく感じたし、新しいことを始めてみようと思った。

カメラを一緒に始めてもいいだろうが、未来がもっとうまくなった時に教えてもらえばいい。それよりも、料理を始めて美味しいものを作って喜ばせようか。

「そういえば、あいつアボカド好きだったよな。アボカド料理の本とかあるかな」
鼻歌を歌いたくなるような気持ちのまま、本屋へ行くことにした。

きっと、今の僕をすれ違った人が見たら、
「何この人ニヤけてるの、怖い」
と思うのだろう。
それでもかまわない、それくらい幸せな気分なのだ。

 

そうだ、本屋に着く前に未来にメールをしておかないと。
「未来、あの雑誌のタイトルそろそろ教えてよ」

 

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いつもありがとうございます。雑誌『READING LIFE』副編集長の川代でございます。
『READING LIFE』は3,000部作りますが、発売日にお渡しできる分の数に限りがございます。確実に手に入れたい方はご予約をおすすめ致します。初回限定特典として、ご予約先着順にて、雑誌『READING LIFE創刊号』(2160円相当)を差し上げます。この創刊号のお渡しは、なくなり次第終了となります。ご了承ください。
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 雑誌『READING LIFE2017夏号』2,000円+税
6月17日(土)19時から東京天狼院、福岡天狼院、京都天狼院各店にて発売開始・予約順のお渡し

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