今まで「ラブレターの代筆屋」だったことを後悔してきたけれども《天狼院通信》
告白してしまうと、僕は「ラブレターの代筆屋」をしたことがある。
この歴史を、僕はこれまでいたく恥じてきた。そして、後悔してきた。
やってはならないことに、自分のライティング能力を使ってしまったと思っていた。
『スター・ウォーズ』で言えば、フォースを暗黒面で使ってしまったようなものだ。
けれども、昨日、とある人と話しているときに、もしかしてそうではなかったのかも知れないと思うようになった。
僕が「ラブレターの代筆屋」をしてしまったのは、起業してすぐの頃、半年間仕事が一件も来なくて、絶望していたときのことだった。
別に、
「ラブレターの代筆屋やります!」
なぞとHPを作っていたわけではない。
昔は人生をストーリーとして描くという事業をやっていて、そのHPを見た人が、お願いしてきたのだ。
今と違って、僕は当時、死んでしまいたいくらいに暇だった。
どれくらい暇だったかと言えば、もしかして見たことがある人も多いかも知れないが、1,000ページにもおよぶコトラー博士の『マーケティング・マネジメント』を精読して、A4版170枚にも及ぶレポートを書くくらいに暇だった。そう、天狼院に展示してある「あれ」である。
そんなとき、テレビのカメラマンをしているという人からメールをもらった。
「実はラブレターの代筆をお願いしたい。自分でまとめようとしてもどうしてもうまくいかない。何とか力になってもらえないか」
いや、ラブレターは自分で書けよ!
と、反射的に思った。それで、一度は断った。そういうサービスはしていないと。
けれども、どうしてもお願いしたい、ブログを読んで、この人なら自分の想いを伝えるラブレターが書けると思ったと食い下がってきた。
それで、僕はしぶしぶ、会うことにした。
なんだか、男二人でラブレターについて話すために会うのもあれなんで、知り合いのエステティシャンも連れて行った。
なんとか格好がつくだろうと思った。
池袋のグリーン大通りのカフェ・ド・クリエで会った。
現れたのは、大きな人だった。
たしか、ラグビーか、アメフトか、そんなスポーツをやっていたはずだった。
首が太くて、たしかに、キーボードも打ちづらいだろうなというくらいに指も太かった。
明るく、朴訥そうで、しかし、彼女の話になると、少年のように、どうすればいいかわからないと言うような。
「何度も何度も書いてみたけど、ダメで」
と、短髪の大きな頭を大きな手で撫でながら、その人は、顔を赤らめて言った。
「わかりました、僕、書きますよ」
反射的にそう言っていた。
断るつもりだと言っていたんで、エステティシャンも、「え!?」と不可解そうに僕の方を見た。
「いや、いいよ。書くよ。なんだか、力になりたくなった」
どうせ、仕事もなかったし、僕の特技といえば、書くことくらいしかなかった。
19歳の時から1日原稿用紙40枚を書き続けてきた。人よりうまく書ける自信はあった。
そのカメラマンの人は、大喜びした。快活な笑顔を見せた。
後ろめたかったけれども、なんだか、いいことをしているんじゃないかというような気になった。
受けるとなったはいいが、料金が決められなかった。
あっちは、5000円でどうかと言ってきた。
いや、それは安いだろう、お前のラブはそんなものかと思った。
10,000円でどうかと僕は言った。
「ま、じゃあ、間をとって8,000円でいいんじゃない?」
とエステティシャンは言って、その金額に決まった。
今でも、それが高かったのか、安かったのか、わからない。
けれども、そのカメラマンにしてみれば、とても安い買い物だったはずだ。
なぜなら、その恋愛は、成就してしまったからだ。
電話でその連絡を受けて、僕は思わず、
「え!? まじですか?」
と言ってしまった。
人のラブレターなんで、自分では絶対にそこまで言わないだろうというくらい攻めに攻めた。
さすがにやり過ぎたかな、とちょっと後悔していたんで、提出するとき、カメラマンに、
「ちょっと熱すぎるかも知れません。もっと軽くしたいなら、書き直しますんで」
といった。
けれども、カメラマンは、これくらいがいいです、これがいいです、と言った。
そして、僕が書いた「攻めたラブレター」を便箋に書き写して、本当に相手に渡してしまったのだ。
結果はオーライだった。
誰もが幸せな結末だった。
けれども、相手に対して、なんだか悪い気がしていた。
騙してしまったような気になった。
それだから、それ以来、僕はなんというか、酔った勢いで上司とやっちゃった過去を苦々しく思っているOLみたいな心境で、時折、苦々しくそのことを思い出した。最近ではさすがに笑い話にできるようになったけれども。
それで、とあるとてつもない美女と食事しているときに、笑い話で、
「僕、昔、ラブレターの代筆屋をやったことがあるんだよ」
と、そのときのことを笑い話として語った。後悔している黒歴史として。
けれども、とあるとてつもない美女は、その持ち前の極めて美しい目をらんと一瞬煌めかせながら、思いがけないことを言った。
「それって、彼女へのプレゼントを買うときに、女性の店員さんに相談するようなものですね」
それを聞いて、僕は、
あああああっっっっっっっ!!!!!!
と思った。
人生のシーンの見方が、180度変わる瞬間だった。
今まで黒歴史だとばかり思っていたあの記憶が、一瞬にして、輝かしいものとなった。
「そうか、そういうことか・・・・・・」
と、僕は衝撃を受けながら、そうとばかり答えた。
その極めて美しい彼女は、ほくろが印象的な口元をわずかにほころばせて微笑んだ。そして、頷いた。
そうなのだ。
そういうことだったのだ。
何も、僕がやったことは、恥じるべきことではなかったのだ。
「ラブレターの代筆を頼んだ」という事実だけにフォーカスして、どこかでカメラマンのことを見下していて、それを受けた自分を更に見下していて、物事の本質を、僕は少しも見ることがなかった。
重要だったのは、カメラマンの想いだった。
何度も何度も書いても納得がいかないくらい、彼女のことが、好きだったのだ。
Googleで代わりに書いてくれる人を探すくらい、
恥を忍んで、僕みたいな食いっぱぐれの起業家に頭を下げてお願いするくらい、
僕が「攻めすぎた」と思ったラブレターをちょうどいいと思うくらい、
彼女のことが好きで好きで仕方がなかったのだ。
そして、その想いが、彼女に伝わった。
それはちょうど、彼女が言ったように、好きな彼女が喜ぶ顔が見たいけれども、自分のセンスに自信がなくて、デパートの女性店員さんにどれがいいか聞くのと一緒のことだ。
そう、彼女を想っているからこそ、彼は僕に「ラブレターの代筆」を頼んだのだ。
「君は、天才だな」
と、僕は目の前のとてつもなく美しい女性に言った。
26歳だという彼女はふふと艶っぽく微笑んだ。
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